正しい終焉の迎え方 | ナノ



 ラボ宛てに一通のメールが届いた。
 差出人はラボからあまり離れていないとある病院からで、慰問ライブをしてほしいとの願いの内容で、断る理由のないラボはすぐに了承メールを送る。その日からKAITOはラボの中にある第一レッスン室で、MEIKOは第二レッスン室で、マスターと一対一のレッスンをしていた。今回慰問ライブに行くのはKAITOとMEIKOの二名で、ミクはリンと共にラボに留守番となっている。
 KAITOやMEIKOはミクに比べると知名度が低いため、ミクなしのライブは喜ばれないのでは、と考えていたが、今回訪問する病院の患者たちはKAITOとMEIKOのファンが大半を占めているため、その考えは杞憂だとマスターに告げられた。
「KAITO、リンの様子はどう?」
「少しずつですが、感情も現れてきてます。本来の性格が出るまであともう少しじゃないですかね」
 リンのプログラムの中にある性格を構成するデータが身体に馴染み、少しずつ表に出ようとしていることは順調であることを示しており、リンは今後エラーが出ることはないだろうと結論づける。
 本来VOCALOIDに性格や人格といったものは存在しない。彼らはデータだけの存在であり、音声プログラムだったのでそういったものを作る必要はなく、人間の声だけを元に作られた。昔はパソコンソフトだったので問題はなかったが、今は現実の世界に存在し、その歌声を響かせている。
 性格や人格がなければ彼らは歌うだけのロボットでしかなく、ただその場に存在するだけのモノとなってしまう。それを防ぐために彼らに性格を与え、結果より人間らしくなり人々に受け入れてもらえた。
「KAITO。リンのことしっかり面倒見てね。レンができるまでは不安定だと思うから」
「わかりました」
「慰問ライブについてはまたあとで詳細を話すわ。じゃあ、レッスンの続きをしましょうか」

 KAITOとMEIKOがレッスンに行き、手持ち無沙汰になったミクは、リンを連れてラボの中を案内していた。ラボが広いことは知っていたので、リンが迷子にならないように手をしっかり繋いで部屋の紹介をしながら廊下を歩く。
「この部屋は楽器が置いてあるんだよ。私たちもたまに楽器を弾いたりするんだ」
「楽器を弾くの?」
「曲によっては歌いながら弾いたりするよ。リンちゃんの曲でたとえるなら、孤独の果てとか月光ステージだね」
 他にも挙げればまだまだあるだろうが、リンの曲を全て把握していないのでこれ以上の例は挙げられなかった。昔に作られた曲は膨大で、ミクは自分のために作られた曲を全て把握できていない。
「よし、ここまできたらあとは案内できるとこはないから戻ろうか」
「あっちは何があるの?」
 まだ廊下は続いているのに、どうして引き返すのか。向こうには何があるのか。その疑問の答えを得るべく紡いだ言葉にミクは微苦笑を浮かべる。
「あっちはVOCALOIDを作っているところがあるんだ。私たちは基本行かない場所なんだけど……あ、でも立ち入り禁止ってわけじゃないんだよ!」
 普段行かない場所だから無意識のうちに除外していたが、リンが興味を示している以上、案内しないという選択肢はミクの中には存在しなかった。
「行ってみようか!」
 今生産されているのはおそらくリンの片割れとなる鏡音レンだろう。レンの存在はマスターから聞かされていて、リンは彼のことを気にしている節があった。早く会わせても問題はないだろうと考え、リンの手を引いて廊下の先へと向かった。
 廊下の突き当たりにある扉を開けば、大量に生産された鏡音レンの身体が並べられてあり、異様ともいえる光景にリンは思わず足をとめた。
「なに、これ……?」
「あ、そっか。リンちゃんは知らないんだっけ。私たちは大量に作られて、その中から特に優れているものが選ばれているんだよ」
 大量に身体を造り、一体一体にマザープログラムを射出して性能を確かめる。その中から特に優れていたものがVOCALOIDとなり、表で活動することができる。
「つまり私たちは選ばれた存在なんだよ」
「選ばれなかったものは、どうなるの……?」
「破棄されるんだよ。だって私たちがいるのにこれ以上いたって仕方ないじゃない。出来損ないなんて誰もいらないでしょう?」
 当たり前のように告げるミクにリンはココロが冷えていくのを感じた。鏡音リンとして自分がここにいるということは、たくさんの【リン】が破棄されたことになる。たくさんの【リン】を犠牲にここにいる真実はあまりにも残酷で、もうそれ以上は何も考えたくなくて、リンは強制的にプログラムをシャットダウンした。
 思考をとめた身体は力を失い床に崩れ倒れて行く。いきなりのシャットダウンに驚いたミクが慌てて倒れる身体を支え、リンに懸命に呼びかけるが返事はなかった。

 たくさんの犠牲の上に成り立っていることを誇らしげに、その犠牲を嘲笑するミクが異常なのか。それとも犠牲の上に成り立っていることに悲しみ、誇らしげに語るミクを怖いと思った自分が異常なのだろうか。
――ごめんなさい、ごめんなさい。
 プログラムをシャットダウンしたリンは身体の中に閉じ込めたプログラムの中で、ひたすらたくさんの【リン】に謝り続けた。



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