正しい終焉の迎え方 | ナノ



 鏡音リンと鏡音レンのマザープログラムは滞りなく完成し、作られた身体にマザープログラムをインストールされる作業に移行した。その作業を経て鏡音リンと鏡音レンが完成するのだが、たくさん作った中から特にできがいい物を選定してようやく完成と言えるのだ。
「そっちの様子はどう?」
『至って順調。これなら今週中には完成するんじゃないか?』
「滞りなくできたなら、ね」
 マザープログラムをインストールしていく鏡音リンを見詰めながら少女は小さく呟くと、側に置いていたキーボードを慣れた手つきで叩き、画面に現在の鏡音リンたちの状態を表示する。どれも標準値には達しているが、現時点で特に抜き出ている物はなく、他の鏡音リンがどうなるかを見る必要がある。
 身体は全部で五十体ほど用意したが、その中で最高傑作といえる鏡音リンができるかどうかは、少女にもわからなかった。この中でそれができれば、鏡音レンと同調させて完成になるのだが、ことがそう簡単に運ぶ保証はどこにもない。
 初音ミクやKAITO、MEIKOといったVOCALOIDには同調というものは必要ないのだが、鏡音リンと鏡音レンは他のVOCALOIDより少し特殊なため、同調は絶対に欠かすことのできないもので、それをしなければ本当の鏡音リンと鏡音レンは完成しない。
「にしても、同時進行して本当によかったのかしら」
『仕方ないだろ。鏡音にそんなに時間避けないんだからさ。世間は早く次のVOCALOIDを出せってうるさいし』
「私たち二人だけであとはやれって酷すぎると思う」
 人選の理由がわかっているから納得はしているが、どう考えても残りの作業のことを考えると理不尽に思えてしまう。他のメンバーは巡音ルカの製作ともう一つの作業に取り掛かっており、少女も鏡音が完成次第そのどちらかに着くことになっている。
 作業を考えると巡音ルカを作るよりももう一つの方がいいのだが、配属を決めるのは最年長者であるあの二人で、その決定に逆らうことは許されなかった。
『俺たち、いつか過労死してもおかしくないよな』
「縁起の悪いことを言わないで」
 少女も一度は思ったことはあるが、それを口にすれば本当になりそうな気がして、言葉にすることだけは避けていたのに、モニター越しの少年はその言葉を言うことを躊躇う様子も見せず、まるで世間話のように切り出してきた。
 肩まである髪を弄りながら少女は、言葉を軽視している少年に対し溜め息を一つ漏らす。
 モニターに映る少年を盗み見ると少女にとって憧れとも言えるストレートの髪が目に入り、思わず自分の髪と比べては嫌悪感に陥る。サラサラとは言い難い癖っ毛に、どんなにワックスをかけても時間が経てば再び跳ねる髪は、どう頑張っても好きになれないもので、少年は少女が憧れ続けている髪を持っていて、神様はなんて理不尽なんだと思った。
「――ずるい……」
『? 何が?』
「なんでもないっ!」
 小さく呟いた声は少年の耳に入ったらしく、訊き返されたが自分のコンプレックスのことなど言えるはずもなく、少女は誤魔化しながらモニターの画面を切った。切る瞬間に何か少年が言っていたような気がしたが、少女は気のせいにしてそのまま机に突っ伏した。



 それから数時間後、鏡音リンが完成した。
 五十体の中から選ばれたのは二十七番目で、標準値を上回る数値を出したことで迷うことなく選ばれ、鏡音リンの名を与えられることとなった。少女と少年の前に立ち、瞼を閉じているリンはまだスリープ状態のままで起動するまでにはしばらく時間がかかる。
「あとは鏡音レンだけか」
「鏡音リンができたんだから、鏡音レンもすぐにできるだろ」
「だといいんだけどねー。今まで順調だったから、そろそろトラブルが起きてもおかしくない気がするんだ」
「それこそ縁起が悪い発言だろ」
 少女の発言こそ縁起が悪いと思ったが少年自身そう思っている節があり、強く否定することはできない――否定しなければ最年長の彼らに怒られる気がして、とりあえず否定はしておいたが、少女の言うことが起こっても不思議ではない。
 そんな会話を繰り広げていると、リンの固く閉ざされていた瞼がゆっくりと開き、紺碧の瞳が現れる。瞳は目の前に立つ少女と少年を見据え、口がゆっくりと開く。
「あなたたちが私のマスターですか?」
「そうだよ。おはよう、リン」
「これから俺たちと、他のVOCALOIDと一緒に歌を世間に響かせるんだ」
 少年の言葉にリンは自分の作られた意味を理解して、小さく頷く。VOCALOIDの使命は今も昔も変わらない歌を歌うことで、それがこの世に生み出されたリンの存在する意味だった。
「あなたの片割れはもうすぐ完成するから、それまでは先輩にいろいろ教えてもらったらいいよ」
「片割れ……?」
「鏡音は二人で一つなの。一人は鏡音リン。もう一人は鏡音レン」
「もう一人の自分って思っていたらいいんじゃないかな。性別は男だけど、リンの半身であることには間違いないし」
 半身、片割れと表現される鏡音レンとは一体どんな存在なのか、リンのココロの中にレンというまだ見ぬ存在が刻み込まれ、早く会いたいという思いが生まれた。それは片割れを求めるプログラムからなのか、それともリン自身のココロがそれを望んでいるからなのかは、リン自身にもわからなかった。



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