嗚呼、これは夢だな。




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 ふと隣へと視線を写すと、香鈴さんが僕に寄りかかって微笑んでいた。僕は少し驚いた。
「香鈴さん…?」
 半信半疑の己の声はとても小さくて、おまけに震えていたので彼女に届いたのかちょっとよくわからなかった。でも、香鈴さんは僕の声に気付いて、「はい?」と小さく返事をしてくれた。
「え…っと?香鈴さんはいつから僕の隣にいらしゃったんでしょう?」
 馬鹿な質問をしている自覚はあった。でも、覚えていないのだ、、、、、、、、。これほど近くに人の気配が――しかも、好いた相手の気配ならば、すぐにわかるはずだ。でも、彼女は気がついたら己の傍にいて。
 香鈴さんは己を不思議そうにじっと見つめる。そこで、僕は激しい違和感に襲われたが、何が違うのかわからなかった。少し考えればわかりそうなのに、頭に靄がかかったみたいに、思考がゆっくりとしか動いていないように思う。
 そして、香鈴さんが、微笑んで、、、、、僕は違和感に気付いた。
「ずっといましたわ」
 僕は、先程自ら『馬鹿な質問をしている』と自覚した。香鈴さんは、そういう類の質問を絶対に許さない。『私が隣にいることを忘れたんですの!!?信じられませんわ!!』ぐらいのことは言われると思う。
 じゃぁ、、、彼女は誰?、、、、、
 そして、僕は気付く。
「…嗚呼」
 これは夢だな―――――。
 香鈴さんにずっと傍にいて欲しい、そう、影月の望み。
「でも、僕と共にいると貴女は幸せにはなれません」
 影月は、隣でずっと微笑んでいる香鈴に向かって、そう言った。そして、彼女の細められた瞳に映る、己の姿を見て瞠目した。
「この夢は、僕の『夢』。貴女に傍にいて欲しい、そして―――貴女にずっと笑っていて欲しい」
 顔をくしゃくしゃに歪めて、影月は泣き笑いを彼女へと向ける。
「ねぇ、香鈴さん。僕と一緒にいたいですか?」
 彼女は微笑みながら、迷うことなく頷いた。何故なら、影月が頷いて欲しかったからだ。どうして、気付いてしまったんだろう―――気付かなかったら幸せだったのに。でも、あくまで、己だけ、だ。
「――駄目です」
 彼女はただ微笑む。己が望むから。
「――――貴女は僕に幸せを与えるけど、僕は貴女から何もかも奪ってしまう」
 気付かなければ良かった、己の利己的な願いに。
「だから、駄目です。貴女は僕から離れるべきだ」
 影月は、香鈴の肩を軽く押した。明白な拒絶の意にも、彼女は微笑んだまま。
「笑ってください、僕のため以外に」
 ぼやけた視界の端で、香鈴の唇が歪む。音のない、唇の動きに、影月は目を見開いた。


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コ レ ハ ゲ ン ジ ツ デ ス ワ ヨ




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「香鈴さん!!」
 体が激しく痙攣して、両掌に激痛が走った。予想外の痛みに、軽く呻く。
 寝起きのぼんやりした頭で、現在の状況を理解する。
 そういえば、邪仙教に捕らわれていたのだった。いつの間にか意識を失っていたらしい。ふと俯くと端が切れて血のこびり付いた唇が微かに動いた。
「………僕の、『夢』…」
 空しい。
 願っても願っても叶えられないのに、まざまざと目の前に見せつけられて。
 本当は喉から手が出るほど、欲しいのに。

 
 影月は笑った。



 泣きそうだったから。





手が届くと思ったのに、やはり空しく空を切って
(でも、やはり叶わない夢を見てしまうのは止められなかった。君が僕の傍で僕の為に笑い続けてくれたらいいのに、なんて)
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