深い深い緑の森の中に、小さな小さな一軒家があった。
森には綺麗な小川が流れていて、川のほとりやそこかしこに華奢な淡い色の花が群れをなしている。
――ただ、そこに聞こえる「命の音」は、限りなく少なかった。
「カナデ」
瞳を見開くように鮮やかな青のワンピースをはためかせて軽い足音で駆け寄った女性は、ふわりと笑う。
「今日は何を弾くの?」
澄んだその声に、女性と同じくらいの背丈の青年はそっと顔を上げた。
艶やかな黒のグランドピアノが一台、板張りの広い部屋にぽつんと置かれている。
ピアノ同様の黒と、深みのあるボルドー色で織りなされた椅子に腰かけた青年の両手は、広い鍵盤の中央付近にそえられていた。
「わからない、何だろうね」
「でも、カナデの手は弾く曲が解っているみたい」
「ふふ、そうだね。変わり映えしないけれど」
ポーン……
透明な一音が響いたのをきっかけに、数多の音が紡がれてゆく。
優しい雫がこぼれるように始まるその曲は、「青い鳥の歌」。