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綾部と別れたあたしは、とにかく土井先生を見つけるために走り出した。
もちろん走る必要なんかなかったけど、はやる鼓動があたしを急かすんだから仕方ない。
急げ、急げ、と胸が鳴る。
今すぐ先生に会いたかった。
あの優しい笑顔を今すぐ見たい。本当はずっとあの大きな手であたしに触れてほしかった。触れたい。見つめ合って、お互いの体温を感じることができたなら。
声を交わして、ああ、それだけでもずっと幸せだったのに、いつからこんなに欲張りになったんだろう。
「土井先生…っ」
忍術学園に入学してから土井先生を初めてみた時、あたしはただただ土井先生に恩を返したい、とかそんな純粋な考えしかなかったように思う。
なんて…いや、嘘。
最初からずっと、あたしは土井先生が好きだった。
出会いはそれこそ幸せなものではなくて、きっと土井先生はあたしのことなんてすぐに忘れただろうけど、あたしはずっと、あの人のあの綺麗な目が忘れられないでいた。
ずっと、あの瞳に映っていたいと思っていた。
先生は知らないだろうけど、考えもしなかったんだろけど。
「…ーっ、ちがう!いける!」
落ち込みそうになる自分を叱責する。
さっきはあたしの言い方が悪かっただけ!もっと分かりやすく言わなきゃいけなかったのよ!
今度こそ、ちゃんと伝えるんだから。
「土井先生ー!」
日が落ちると急に空気が冷たくなった。
だからだろうか。走って先生を探す中で、息が切れることはあっても、汗をかいたりはしなかった。綾部の化粧が落ちなくてちょうどいいと、思う。
ただ、月もまだ出ないこの夕暮れ時は、中途半端に足元が暗くて走りづらかった。林のように木の生い茂る学園内には、木の根や誰かが張った罠がいたるところにある。
そりゃあ、あたしだって一応くのいちの端くれなわけだから、木の根や落とし穴ぐらいは楽によけれた。
ふふ、あたしってなんて優秀なくのたまなの!
と、少し1人で得意になった時だった。
「うえっ!?」
何か弾力のあるものを踏み、あたしの足首がぐねった。
ヒヤリと首筋から汗が流れる。
「こ、こんなとこで怪我してなるものかぁあ!」
と、傾いた方に体重を寄せ、足首への衝撃を免れた。
一瞬嫌な予感が胸一杯に広がったけれど、バランスを取るために踏み出した足はちゃんと地面を踏みしめた。
よし、大丈夫、どこも痛くない。
「あ…ぶなかった!」
ここで足を怪我したら、確実に土井先生を探しに行けなくなるところだった。
けど、何につまずいたのだろう。あの踏んだ時の感触、大きさ、あたしの勘だと木の根なんかじゃなくて…
「いたたたたた…」
「…え」
聞こえた声に胸がざわめく。
声は確実に、たった今あたしの足元から聞こえた。
聞き覚えのある、響く声。
ああ、まさか。
あたしの勘がヤバいと叫ぶ。
今一番会いたくなかった。
「おらぁ、誰だ!オレの足をふんだのは!」
飛び起きた黒い陰に、あたしはとっさに逃げることも叶わず立ちすくんだ。
見事な3頭身、いや2頭身?
つぶれた目と鼻に、ボサボサに結われた髪、腰に帯刀しているのが嫌でも目に入る。
「あ、あなたは…」
「あん?俺かあ?」
薄暗くても間違えやしない。
「天下の剣豪、花房牧ノ助様を踏みつけるとはいい度胸だなあ!」
あたしが踏んだのは花房牧ノ助だった。
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