愛し愛されるってどんな感覚?

自分の半身のように寄り添って、心の奥底まで分かり合えて。

そして、お互いの温もりを求め合って。

 


 


きっと、私には一生わからない。

 

 
 

 

 

 

 

 

みんなが寝静まって日付が変わる頃、アクアリウムバーにはルフィと私の二人きりで静かな時間を過ごしていた。そこに甘い雰囲気は決してない。


赤ワインは渋いから苦手だと、いつもは口にしないのに珍しくルフィもグラスが進んでいる。
肉だメシだと騒ぐことも無く。

会話は特に無いけれどこの空気感が好き。グラスを傾けながら隣の男の横顔を盗み見る。

手を伸ばせば簡単に触れられる距離。
 

「ん?何だ?」
「柔らかそうだなと思って。」 

触れた頬は想像通りの柔らかさで、つまんだり引っ張ったりしながら答える。

「やめろって。飲みづれーよ。」
「ふふ、柔らかい。」
「だからやめろって。」

つついていた手を取られる。
取られた拍子によろめくと、ルフィの顔が思いのほか近くて息を呑む。


こんな風にじゃれ合うのはいつものことだけど、今日は何だかいつもと違っていて。

子供みたいにバカ騒ぎするだけのルフィが、今日は何だか静かで。

 
私は、少し酔っていた。



触れたい。


鼻先数センチの距離で見つめ合って、吸い寄せられるように近付く。


唇が触れる寸前でルフィが顔を逸らした。


「何だよ?」
「何って、キス。」
「やめろ。」

不機嫌そうな声色には気付かないふりをした。

「いいじゃない。減るものでもないんだし。」
 
ルフィの首に腕を巻きつけて、もう一度顔を寄せる。

「やめろ。」
「何でよ?いいじゃない。」

頑なに抵抗してくるから、少しムキになった。
私を引き剥がそうと腕を掴む手が男の力で、全然敵わない。けれど、ルフィからしたら相当手加減してるのがわかるから、それが何故か腹が立つ。


やめろ、やめないを繰り返している内にルフィの顔色が変わっているのにも気付かなかった。
 

「いい加減にしろ。」
 

一段と低い声に、動きが止まる。


「な、何よ!そんなムキになっちゃって!」

冷静すぎる態度が癇に障る。

「キスぐらいどうってことないでしょ!そんな勿体つけちゃってバッカみたい!」
 

そのままの勢いで音を立ててイスから立ち上がる。


「おい、ナミ。」
「アンタと飲んでてもつまんない。飲みなおして来るっ!!」


ルフィが何か言っているのを途中で遮ってその場を後にした。
船を下りてひとり、港から街へ向かう。





街に入ってすぐの酒場が並ぶ通りは、深夜をまわっても人で賑わっていた。

別に本当に飲み直すつもりでもなかったけれど、この時間帯に空いてるお店なんて酒場ぐらいしかなくて、最初に目についたバーに取り敢えず入ることにした。

扉を開けた瞬間に一気に視線が集まるのを感じる。
女ひとりでこんな時間に入ってきたら目立つに決まってる。

入り口からバーカウンターまでの短い距離を歩いているだけで、周りの酔っ払い達から口笛やら囃し立てる声が聞こえる。
だいぶ気分が悪いけど、お店を出るのも酔っ払い達に怯んだみたいで逃げたくない。

雑音には耳を閉ざして、席に着く。
着くと同時に頼んでもいないのにお酒が出てきた。怪訝な顔でバーテンダーを見ると、クイっと首を傾けてカウンターの端を指す。

顔を向けると若い男が、こちらを見ていた。

「ひとり?こんな時間にどうしたの?」


心臓が止まるかと思った。


声が、似ている。

声だけじゃない。店内の照明が暗いせいもあるけど、雰囲気も少しだけ。ボサボサな黒髪にイタズラっぽい目。


「俺の顔に何かついてる?」
「………別に。」


慌てて目を背けたけれど、男が席を移動して私の隣に移ってきた。

「俺もひとりなんだ。お喋りしようよ。」


声は似ているのだけど、アイツが死んでも言わなそうな台詞に思わず笑ってしまった。
勘違いした男が気を良くして勝手に話し出す。


内容なんて、右から左で何も入ってこないけど、声が心地好い。
カウンターで隣に並んで、顔を見ていないと尚更。




…バカみたい。

似たような声に、甘い言葉を囁かれて、妄想してる。

アイツと私の間に何かが起こることなんてあるわけ無いのに。


いつか、好きな人が出来て、恋に落ちて、結ばれて。
そんな並みの幸せを夢見ることはとうの昔に捨てた。


私はアイツの航海士として生きていく。この船に乗った時、そう決めた。

これから先もその関係性が変わることは永遠にない。


どんなに願っても叶わないことも、どんなに欲しがっても手に入らないものがあることも、嫌というほど知っている。




何杯ぐらい飲んだだろう。
流石に眠気も合わさって頭が重くなってきた。瞼が勝手に落ちてくる。


そろそろ帰らないと。
でも、体が重い。


そんな私に気付いたのか、男が大袈裟に心配そうに声を掛けてくる。

「大丈夫?具合悪いの?」

話すのも億劫で何とか首を横に振って答える。

「寝るなら他行こうか?」


そう言って肩に回された手に、一気に鳥肌が立つ。

汗ばんでいるのに、体温の低い冷たい手が不快。子供みたいに体温の高いアイツとは大違い。嫌だ、気持ち悪い。

振り払いたいのに体が思うように動かない。

「ほら、無理しないで。寄り掛かって良いよ。」


無理矢理抱き寄せられて男の顔が近くなる。
アルコールと混ざった男の匂いに吐き気がする。


似てるなんて、どうかしてた。

似ても似つかない。嫌だ。怖い。気持ち悪い。


こんな男、いつもだったらぶん殴って逃げてやるのに、バカみたいに飲み過ぎた。武器も船に置いてきたし、どうしようもない。


嫌だ。

誰か助けて。


助けて、ル…



「そいつに触るな。」


低い静かな声が店内に響いて、静まり返る。


ああ、やっぱり。
全然違う。

何で似てるなんて思ったんだろう。



一瞬静かになった店内がすぐにまたざわめき出す。

「麦わらのルフィだ。」「何でこんなところに。」「一体、何しに…。」


随分と有名になったものね。
私も一応賞金首なのに、女だからと舐められたものだわ。


ペタペタとサンダルを引き摺って歩く足音が近付く。

「そいつから離れろ。」
「ひっ…!」

たった一言で、男は飛び跳ねて逃げて行った。
あんなダサい男にどうかされそうになってた自分が悔しい。


「帰るぞ。」
「嫌っ!」

そんなつもりは無かったのに、強引に掴まれた腕を反射的に振り払ってしまった。


「何言ってんだ、お前。帰るぞ。」
「ひとりで帰れる。ほっといてよ。」
「ほっとける訳ねぇだろ。」
「私が何しようとアンタには関係な…ちょっ…!」
「黙れ、酔っ払い。」
「やだ!降ろしてよっ!!」

ルフィの肩に担ぎ上げられて、私の抵抗は最早意味は無かった。









情けない。

つれない態度にひとり機嫌を損ねて悪酔いして、知らない男に引っ掛けられそうになって、結局ルフィに助けられて。
何をやってるんだか。


肩越しの高めの体温が心地好くて、ルフィの乱暴な優しさが、今は苦しい。







船に戻って、てっきり女部屋に戻されると思っていたのに、連れてこられたのはさっきまで二人で飲んでいたアクアリウムバー。
ソファの上にドサッと落とされる。

「痛っ。」

起き上がって非難の声を上げようとした口はルフィによって塞がれた。

一瞬何が起こったのか理解が出来なくて思考が停止する。

唇と唇がぶつかっただけの感情の無い行為。


「これで満足か?」

唇が離れた後の吐き捨てるような言葉に、酔いが覚める。

「……違う…。」
「あ?」
「こんなのじゃ、ない。」

こんなことをしたかったんじゃない。


キスは、きっと、もっと心が震えて。
甘く蕩けるような………なんて、何を夢見ていたんだろう。


ソファに寝転がったまま、無表情のルフィを見上げる。


「私は……アンタのことが、…好き。」


言葉を伝えるのは思っていたより遥かに簡単だった。
気持ちを伝えたら関係が壊れてしまうかもなんて思っていたけど、私の言葉ひとつで揺れ動くような男じゃなかった。



「俺は、ダメだ。」

声のトーンを変えずにルフィが静かに答える。


どうしてそんな冷静なの?
どうしてそんな冷たいキスが出来るの?


「私のこと……好きなくせに…。」
「でもダメだ。」


そばに居れば、ルフィがどれだけ私のことを大切に想ってるかなんて、肌で感じるようにわかる。

なのに、私のものにはならない。


「お前は俺の大切な仲間だ。」
「何それ…意味わかんない。アンタなんか大っ嫌いよ…。」
「でも、離さない。」
「卑怯者。」
「そうだ。」


私はルフィのものだけど、ルフィは誰のものにもならない。

それは、ルフィの選んだ孤独。


愛し合えなくても、抱き合えなくても、隣にいると決めた。


それは、私の選んだ孤独。




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