オーブンから漂う甘い香り。焼き上がりを告げるベル。


サンジ君が慣れた手付きで天板を取り出す。エプロンとミトンも様になっていて、今更だけどプロの料理人なんだと実感する。


サンジ君がテーブルの上に置いてくれたその中にはお世辞にも美味しそうに見えない不恰好なクッキーが並んでいる。初めから上手くいくとは思っていなかったけれど、それなりに出来るつもりだった自分への期待は裏切られた。

ちらりとダイニングテーブルに目をやると、コーヒーを飲みながら本を読むロビンも、飲み干したグラスを行儀悪くテーブルの上でコロコロ転がすルフィも、こちらに興味を示してはいない。
 

「…クッキーの成形って思ってたより難しいのね。」
「いやいや!初めてとは思えないぐらい上手ですよ、ナミさん!それに、これに関しては慣れだから回数こなしていくうちにコツも掴んでくるし。」
「コツかぁ…。ねえねえ、味見してみて。」
「えっ!おっ俺が!?良いんですかっ!?」
「うん。食べて。」
 
サンジ君が一つとって口へ運ぶのを見守る。噛んだ時のサクッという音はなかなか良い。

「ど…どう?」 

恐る恐る聞いてみると、サンジ君の横顔が固まっている。

「うっ…!」
「うっ?」
「うまいっ!!!」
「本当に?やったー!…って、サンジ君のレシピ通りに作っただけなんだけどね。」
「いや、ナミさん!料理にはレシピよりも大事なものがある。それは…愛情ですっ!!ああ…ナミさんの愛を感じる…。ナミさんの手作りを食べられるなんて、こんな幸せなことが起こっていいのだろうか…。」

今にも空へ飛んでいきそうなほど舞い上がっているサンジ君のシャツを掴んで引き戻す。 

「で、次は何を教えてくれるの?」
「次はプリンにしようかな。シンプルだけど、意外と難しいんだ。」
「わーい、サンジ君のプリン大好きっ!」
「…俺達、こうして二人でキッチンに並んでると新婚さんみたいだね。」
「はいはい。いいから早く教えて。」

デレっとした顔のサンジ君のおでこを軽く指で弾く。

「あっ!今の!…良いっ!夫婦って感じ!!ナミさん、もう一回…!」
「もー…バカなこと言ってないで…あっ、そうだ。」
 
少し冷めてきたクッキーをいくつかお皿に乗っけてテーブルに運ぶと、近付いた私に気付いてロビンが顔を上げる。

「ロビンも食べみて。見た目は悪いけど、味はサンジ君の保証付きだから。」
「あら、ありがとう。」

本をテーブルに伏して、ロビンがクッキーを口にする。

「どう…かな?」
「うん、とっても美味しいわ。」
「本当にっ!?」
「ええ、本当に。」
「嬉しー!まあ…サンジ君の教え方が上手いんだけど…。」

「腹が減ってりゃ何でもうまい。」
「え…?」

声の主は何故か不機嫌そうなルフィ。
テーブルの上に顎を乗っけて、つまらなそうにしている。

「何よ、その言い方。」
「そうだぞ、ルフィ。ナミさんに何つう失礼なこと言うんだ。」
「そんなもん誰が作ったって同じだろ?腹の中に入っちまえば一緒だ。」
「なっ…そんな言い方するならアンタにはあげないから!」
「いらねー。」

ガタッと音を立ててイスから立ち上がると、ルフィはそのままダイニングルームから出て行ってしまった。

「おうおう、出てけ出てけ。お前にはナミさんが割った卵の殻すら食べさせねぇ!」
「何なのアイツ。感じ悪っ!」
 
立ち去ったルフィに文句を言う私達を余所に、ロビンはくすくすと楽しそうに笑っている。

「何よ…。」
「ルフィにも可愛いところあるのね。」
「はぁ!?アイツのどこが?何が気に入らないのか知らないけど、一人で怒って態度悪いったらないわ。」
「私に言わせれば、二人ともお互い様ってところかしら。」
「何でよ?私は悪くないわ。」
「悪いなんて言ってないわ。ただ…。」
「ただ?」

ロビンが上目遣いでこちらをチラリと見る。 

「ナミが何で突然お菓子作りを覚えたいなんて言ったのか、ルフィは知ってるのかしら?」
「…ロビンのそういうとこ、ちょっと嫌いよ。」
「それは残念。私はナミのそういうところ、とっても好きよ。」
「…もうっ!ロビンなんて知らないっ!!」
「あ、あれ?今度はナミさんとロビンちゃんがケンカ?ど、どうしたの…?」
「何でもないわ!サンジ君、早く教えてっ!」
「あ…は、はい!」
 

…何よ、ルフィったら。

そりゃ、サンジ君の言うとおりに作れば誰だって出来るかもしれないけど。そんな言い方しなくたって…。

ていうか、何でアイツが怒ってるの?怒りたいのはこっちよ!
人の気も知らないで本当に腹立つ…!!

「あ、あの…ナミさん?卵を混ぜるときは泡立てないように優しく…。や、優しく…。」 

泡だて器とボウルのぶつかるガチャガチャという音が余計に苛立つ。
愛情で料理が美味しくなるなら、その反対なら不味くなるとでも?

バッカみたい。そんなので味なんか変わるわけない。
どうせ誰が作ったって同じなんだから。 

 

 

 

 

 

 


「…私、やっぱりお菓子作りの才能無いのかも…。」

焼き上がったプリンは、案の定空気が入って穴ぼこだらけ。
プリンというより最早別物。

「まあ、これも慣れというか…その内コツを掴めますよ。」
「いいの。大丈夫よ、フォローしてくれなくて。」

サンジ君の慰めの言葉すら情けない。 

スプーンでつつくとプルンと揺れる。
優しい甘さと、底のカラメルソースが混ざり合う。

焦がしてしまったソースが、とっても苦い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、どうしたものか。

部屋の片隅のお宝の山。いつも私が質の良い宝だけを厳選して残りは倉庫に保管をしているのだけど、倉庫に自分で運べるわけもなくルフィに頼んでいた。

けれど、今日は昼間のことがあったからルフィには頼みたくない。
アイツが謝ってきたら許してやってもいいけど、あんな風に一人で怒ってるところに頼みに行くなんて、まるで私が折れてるみたいで。

理由もわからないのに、こっちから折れるなんてバカバカしい。

誰か手伝ってくれる人を探しにと甲板に出ると、すぐに見つかった。

バカみたいに重りのたくさんついた棒を素振りをしている後ろ姿。

「あ、ちょうど良かった。ゾロー!ちょっと手伝って欲しいんだけど、今ヒマ?」

私が近付いていくと、ゾロは素振りをピタリと止める。一瞥すると、また刀を振り上げた。

「見りゃわかんだろ?ヒマじゃねぇ。」
「何よ。重り振り回してるだけなんだからヒマでしょ?手伝ってよ!」
「お前な…。」 

溜め息交じりに重りを床においてこちらに向き直る。

「何を手伝えばいいんだ?」
「優しー!さっすがゾロ!私の部屋の宝箱を倉庫に運んで欲しいの。」
「ったく、てめェで運べねぇほど欲張るんじゃ……ウグッ!!」

どこから沸いて出たのか、シュルルと腕が伸びてきたと思ったら次の瞬間飛んできたルフィがゾロに巻きついて羽交い絞めにする。

「ゾロはダメだぞ。今から俺と修行するから忙しいんだ。」
「修行って、お前この船でそんなことしたことねぇだろ!?」

ゾロが何とかルフィを振り払おうとするものの、しっかりと巻き付いた腕は全く離れようとしない。

「ちょっと!私が先に頼んだんだから、ゾロ貸してよ。」
「ダメだ。ゾロは忙しいんだ。諦めろ。」
「忙しいってアンタの遊び相手でしょ?ウソップかチョッパーと遊んでなさいよ!」
「今日はゾロと修行するって決めたんだ。だからダメだ。」
「何よ!ケチ!!」
「ケチって言ったほうがケチなんだ!」
「だー!お前ら耳元で喚くな!ケンカなら他でやれっ!!」

一瞬怯んだルフィの腕が緩んだ隙をついて、ゾロが投げ飛ばす。 

「…お前らのケンカに俺を巻き込むな。」

いつもより一段と低いドスのきいた声でそう言い残して去っていってしまった。
あれは本気で怒り出す寸前。

「見なさいよ。ゾロ怒っちゃったじゃない?もー…折角運んでもらおうと思ったのに。」
「何をだ?」

ゾロに投げ飛ばされたまま、大の字に寝転がったルフィが私を見上げる。

「…アンタには関係ないっ。」

ルフィが謝らない限り絶対許してあげないんだから。
ブーブー文句言っているのを背中にして部屋に戻った。


取り敢えず今日のところは、ロビンに申し訳ないけど女部屋に宝が積み上がったままで我慢するしかなさそう。


ドレッサーのテーブルには、昼間に焼いたクッキー。袋に入れて可愛らしくリボンなんか付けちゃったりして。
一応味は悪くないし、捨てるのも勿体無いし。ただそれだけ。

ラッピングしたのを自分で開けて食べるのも空しい気もするし。

「これ、どうしよう…。」













夕飯が済んでお風呂から上がった後も、変わらずドレッサーの上にはクッキーがある。
鏡の中の自分とクッキーを交互に見比べる。


「仕方ない。ウソップにでもあげるか。」

ちょうど髪も伸び過ぎて鬱陶しくなっていたし。

部屋を出て、花壇に向かうと予想通りウソップがいた。言っちゃ悪いけど、見た目の不気味な植物を熱心に育てている。

「ねえ、ウソップ。髪切ってくれない?」
「あ、今か?」

視線は植物のままウソップが答える。

「そう、ちょっと伸びすぎちゃって。でも、タダとは言わないわ。じゃーん!」
「………。」

私が差し出した袋を訝しげな目で見て、受け取ろうとしない。

「別に変なものじゃないわよ。クッキー焼いたの。」
「ナミが…クッキー……?ま、まさか毒入り!?」
「失礼ねっ!サンジ君に教わってちゃんと作ったんだから!」
「いや…お前がお菓子作りって、どういう風の吹き回しだ?」
「もう良いわよ。ふんっ。」
「冗談だって!ありがたく頂きます。」
「…わかれば宜しい。じゃ、髪切ってくれる?」
「ああ、今準備するから待ってろ。」

ウソップにクッキーを渡そうとした瞬間、身体が宙に浮く。
いつの間にか後ろに来ていたルフィの肩に担がれていた。

「な、何よっ!いきなり…。」
「ウソップ、コイツ借りてくぞ。」
「…あ?ああ…。」
「ちょっと!降ろしてよ!ねえ、聞いてるの!?降ろしてっ!」

どんなに暴れても、ルフィは物ともせずに突き進む。

「力技なんてずるいわよ!横暴よ!人拐いっ!ウソップ!アンタ、何爽やかな笑顔で手振ってんのよ!助けなさいよ!」


一人で喚いてるだけでは何の抵抗にもならず、あっという間に裏切り者のウソップが見えなくなった。
そのまま私を担いで、ルフィが見張り台に登る。一番上に到着したところで、やっと肩から降ろされた。

足が着いた途端に、ルフィに噛みつくように文句をぶつける。

「何なのよ!昼間からずーっと態度悪いし、人の邪魔ばっかして!」
「お、お前が悪いんだ!」
「私が!?何でよ!意味わかんない!」
「お前がサンジサンジって、サンジにべったりするから悪いんだ。」
「………は?」


予想外の言葉に思わず言葉が詰まる。

「その後だって、ゾローって甘えた声出すしよ。髪だってウソップじゃなくても良いだろ。俺だって切れるぞ!」
「や、アンタじゃ危なくて髪なんて任せられないし………。」

話しながらも、頭の中ではルフィの言葉を反芻している。

「ていうか、そんなことで怒ってたの……?」


それって、つまり………。


「何で笑ってるんだよ。俺は怒ってるんだぞ!」

子供みたいにプイとそっぽを向くのも、何だか可愛く見えてきた。

「ま、待って。」

緩む口元を何とか抑えて咳払いをする。

「あの、つまり、私が…。」

多分勘違いではないのだろうけど、何て言えば良いのか。

「お前が、俺以外のやつの名前呼ぶのが腹立つんだ。」
「…アンタ、自分が何言ってるのかわかってる?」
「何がだよ。」


どうしよう。顔が、ほころぶ。


「アンタはヤキモチ焼いてるの。」
「ヤキモチ?何だそれ。」
「だーかーらー…。」

腕を引っ張ってバランスを崩したルフィの耳元で囁く。


「私のことが好きで好きでたまらないってこと!」


ポカンと口の空いた間抜けな横顔が、ゆっくりと私の方を向く。

「そうなのか?」
「うんっ、そういうこと。」
「そうか。」

笑顔になりかけたルフィが首を傾げて何か考えた後、口をへの字に曲げてみたりと表情が七変化をする。


「どうしたの?」
「お前、何でサンジにお菓子なんて教えてもらってたんだ?」
「えっ…そ、それは…。」
「それは?」

ここで誤魔化したって意味はない。

ゴクリと生唾を飲んでから、聞き取れないぐらい一気に早口で捲し立てる。

「だ、だって…ルフィがいつもサンジ君のご飯美味しそうに食べるんだもん!食べてる時が一番幸せだって!だから私もお菓子ぐらいなら作れると思ったの!!」

言い切ってから、自分の顔を見なくても赤くなってるのがわかるぐらい頬が熱い。


「俺に作ってたのか?」

ルフィが大きな目をパチパチ瞬きをして覗き込んでくる。

「そ、そういうこと。」
「何で?」
「何で!?」

そんな不思議そうに見つめられると、困る。
子供みたいな純粋な目に耐えられなくて、目線を反らせた。


何なのコイツ、ここまで言ったのにわかんないの?
本当に鈍感…。

と思って、また見たルフィは口を横に広げてニヤーっと勝ち誇ったような顔。


「…このっ、卑怯者っ!!わかってて聞くな!」
「痛っ!」

右手のクッキー袋を、思いっきりルフィの顔面に押し付けた。

「それ、アンタのだから。ちゃんと全部食べてよね!!」

縄はしごをそそくさと降りて逃げようとしたら、上から伸びてきた腕に捕まって、また元に戻される。

「もー…何よ?」
「食ってる間、お前も一緒に居ろよ。」
「はあ?」

ルフィはそう言うと柱を背凭れに胡座をかいて、左腕は私に巻き付いたまま、口と右手で袋を開ける。

「アンタ、お行儀悪いわよ。」
「堅ぇこと言うなって。」

取り出したクッキー一枚をまじまじと観察している。

「…形は悪いから、あんまり見ないでよ。」
「うん、うまい!」

口に放り込むと、ニッコリとご機嫌な様子。
ルフィにクッキーなんてお腹にたまる訳もなく、ほぼ飲み込むように袋の中をあっという間に完食。

もう少し味わって欲しかったような気もするけど、気持ち良いぐらいの食べっぷり。

「また作ってくれ!」
「そんなに気に入った?」
「おう!」
「じゃあ、またサンジ君に教えてもらうけど良い?」
「そ、そうか。…うーん……。」

眉間に皺を寄せて悩む横顔が真剣そのもの。
ルフィが考え込む時によく出る額の青筋。人差し指で何となく撫でてみる。


ふふっと思わず漏れてしまった笑いに、ルフィが難しい顔で睨んでくる。

「何がおかしいんだ?」
「おかしくないわ。嬉しいの。」
「変なやつだな。」
「アンタもね。」


悩むルフィが嬉しくて、どうしようもなくて、ニヤける顔が抑えられない。

失敗しちゃったプリンもまた焼いてみようかな。


ルフィは相変わらずむずかしい顔でうんうん唸り続けてる。


「ま、せいぜい悩んで悩んで、悩むといいわ。」












----------------------

リク内容は「ナミさんにルフィがヤキモチを。海賊設定で。」でした!


船長が子供っぽくなってしまったー!
そして、前半だけ読んでるとルサン、ルゾロっぽいですね←

ルナミは両想いのくせしてヤキモチやきっこしてれば良いと思います。

素敵なリクエストありがとうございましたー!(*´∀`)ノ

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -