最近の航海はすごく順調だ。穏やかな晴天と心地よい追い風で、予定よりも早く次の島に着けるかもしれない。
そう思ったらナミは肩の荷が一気に降りた。
書きかけの航海日誌を閉じてみかん畑の手入れをしようとナミが鼻歌混じりに足を踏み入れた瞬間。
足元に転がる何か大きなものに躓いて、派手な音を立てて転んだ。
「いったぁ…。何なのよ、もう!」
悪態づきながら起き上がって、躓いたそれに目をやるとこの船の船長がスヤスヤと気持ち良さそうに寝ていた。
手にはみかんを握りしめていて、周りには結構な量のみかんの皮が転がっている。
みかんを盗み食いしているうちに空腹が満たされてそのまま居眠りしてしまいましたという証拠を残しすぎているみかん泥棒にナミは起こる気力も失せて溜め息をついた。
「まったく…気持ち良さそうに寝ちゃって。お腹いっぱいになったら寝るなんて子供と一緒よ。いいえ、子供以下ね。まるで動物!」
起きる気配の無い相手に向かってナミは話しかける。もちろん返答は期待していない。
頬をつまんでみても「うぅ」などと寝言をもらすだけでピクリともしない。
「こんな油断しきっちゃって、船長としての自覚あるのかしら?今、敵が襲ってきたらどうするのよ。」
そう文句を言いながらも、ナミはこの船長が誰よりも船長として仲間のことを考えていることを知っている。何度もその腕に守られてきた。
「戦ってる時とは大違いね。」
この寝顔を見た誰が三億円の賞金首だと信じるのだろう。
ナミの目の前で安心しきって昼寝を続ける彼は、ただの17歳の少年だった。
日焼けした肌、整えていない眉、閉じていてもわかる大きな瞳、その下にあるかなり昔にできた古い傷、小さいけれどスッと通った鼻筋、ナミは順番に人差し指でなぞっていく。
そしてその人差し指はある一点で止まる。
少しかさついた唇を右から左に優しく辿る。
「…ねぇ、本当に起きないの?」
ナミはルフィの顔を覗き込むようにして徐々に距離を縮める。
ルフィとナミの影が完全に重なろうとしたその時、
「おーい!メシの時間だぞぉ!」
遠くで仲間を呼ぶウソップの声がした。
「もっ、もうお昼!?」
ナミは大袈裟に驚いて立ち上がり辺りを見回す。誰もいないことを確認してからバタバタと足音を立ててその場から逃げるように走り去った。
赤く染まる頬を誤魔化そうと、両手でピシャリと叩く。
一瞬だけれども、確かに唇が触れ合ったのは誰にも言えない彼女の秘密。
「…あいつ、今何してった?」
ナミがみかん畑に来てからずっと狸寝入りをしていたルフィが、大好きな食事の時間も忘れて真っ赤な顔をしてみかん畑から動けずにいたのは、誰にも言えない彼だけの秘密。