人の気持ちが目に見えればいいのに。
私がアイツを想う気持ちと、アイツが私を想う気持ち。どちらが大きいのかなんて量りようもないし、仮に量れたとしてもそんなのはまるで意味のないことだ。
私のことをいつも一番に考えて、とかそんな浅はかな女みたいなことは死んでも言いたくない。
アイツに愛が無いだとか、気持ちを疑っているだとか、そういうことを言っているわけではない。
“そういう時”は惜しみ無く愛情を注いでくれるし、限界を知らない愛され方に私の体が悲鳴を上げることもあるぐらいだ。
それはそれでどうかとも思うけれど。
その時以外のルフィは驚くほど淡白なのだ。
例えば今日みたいな夜。
夜中に何故か目が覚めてしまって、夜風にあたりに甲板に出ると既に先客がいた。
芝生の上にゴロンと仰向けに寝転がって鼻唄を歌いながら空を眺めている。
「ルフィ、随分ご機嫌ね。」
「おう、ナミ。お前どうしたんだ?こんな夜中に。」
ルフィが顔だけこちらに向ける。
「ちょっと眠れなくてね。アンタこそ何やってるのよ。」
「月、見てたんだ。今日は真ん丸だろ?」
「へぇ、ルフィにもそんな風情が…」
「うまそーだよなぁ。」
「…月にそういう感想を持つのはアンタぐらいよ。」
「そうか?」
ロマンチストの欠片もありゃしないわね、呟いて私もルフィの隣に腰を下ろした。
ふたりの間にこれといった会話はなく、ただのんびりした空気が流れていく。
雲ひとつない満天の星空。
誰にも邪魔されないふたりっきりの空間。
恋人達にはおあつらえ向きのシチュエーション。
それなのにアイツときたら、隣で“うまそー”な月を眺めながら即興のとんちんかんな歌を歌ってご機嫌な様子。
お子さま、なのよね…。
横顔を盗み見ていたら、ふいにこちらを向いたルフィと視線がかち合う。
横顔からは予想できなかった「男」の顔。
吸い込まれそうな真っ黒な瞳に息が詰まる。私は何も言えなくて、ルフィも何も言わなくて沈黙が流れる。
ふいにルフィの顔が近付く。顔に影のかかる距離感に今更ながら動揺して声が上擦る。
「な、何?」
「何でもねぇ。」
ルフィはそう言い捨てると、また体勢を元に戻した。
しないんだ……キス。
今、すごく良い雰囲気だと思ったのは私だけ?
ルフィの考えていることなんて、やっぱりわかんない。
私ひとりで盛り上がって、ひとりで落ち込んで。
いつまで経っても私の片想いみたいだ。
他人の私達が心の奥までわかり合えるなんてことは無理なのかな。
…違う。
そんなんじゃなくて。
私が、今、ルフィに甘えたいだけ。
キスしたい。
キスして、いつもみたいにぎゅうって抱き締められて、ふたりで一緒に暖かくなりたい。
ルフィの肩にもたれて、わざとらしく胸を押し付けるように、ルフィの腕にしがみつく。
「ナミ、したくなったのか?」
「本っ当にアンタって…」
言い方を考えてよね。
睨み付けて、そう文句を言おうと開きかけた唇は、ルフィによって塞がれた。
「お前が悪いんだぞ。」
「何がよ?」
「誘ったのはお前だからな。」
言い終わるのと同時に噛み付くようにされたキスは、さっきよりも深い。
ルフィのキスはまるで魔法。
頭の芯から痺れたみたいに体が動かなくなる。
私の方が「好き」の気持ちが大きいだとか、そんなことはもうどうでもいい。
だってルフィも、隣でとんちんかんな歌を歌ってる間も本当はずっと私とキスしたかったんでしょ?
したくてしたくて、たまらなかったんでしょ?
こんなキスされたらすぐわかる。
いつもより長い長いキスは私を解放してくれず、角度を変えながら深く浅く、ゆっくりとルフィに支配されていく。
時折、私の頬に添えられているルフィの手が、私の髪を掬って耳の裏から顎のラインをなぞるように優しく撫でる。
くすぐったいような、ゾクゾクする甘い痺れ。
私がそうされるのを好きって知ってるのかしら?
もし、わかっててやってるんだったら、この男、中々侮れないわね。
背中に伝わる冷たい草の感触で、自分が押し倒されていることに漸く気が付いた。
「ちょっと、ルフィ!」
「待ったは無しだぞ。お前が誘ってきたんだからな。」
「で、でも!誰か起きてきちゃうかも…。」
「大丈夫だ。誰も起きて来ねぇよ。」
何の根拠があって、そんな自信たっぷりに言い切れるのかが謎だけど、ルフィにそう言われると本当にそんな気がしてくるから不思議だ。
「ねぇ、ルフィ。」
「んん?」
「どうして?」
どうして今日は中々キスしてくれなかったの?
月が逆光でルフィの顔がよく見えないけど、
「たまにはナミから誘わせてみたかったから。」
っていう声が、腹が立つほど嬉しそうで意地悪く笑ってるんだろうなってわかった。
「ねぇ、ルフィ。」
「今度は何だよ?」
「アンタって、もしかして魔法使えるの?」
きっと、
今夜は月が綺麗に見えるのも、私からルフィを誘うなんてことも、他のみんなをぐっすり眠らせてしまったのも、
ルフィの魔法に違いない。
「…どうだろな。」
生意気な魔法使いは鼻で笑うと、私のキャミソールをずらして鎖骨の下のところ、ちょうど心臓のあたりにチュッと音を立てながらキスを落とした。
そうしてルフィの魔法にかけられた私は、今日も彼の腕の中で可愛い可愛い女の子に変身する。
そんな月の綺麗な夜。