アイツは私にとって、不思議な存在。


仲間で、この船の船長で。
すごく頼りにしてるし、感謝もしてる。



たまに弟みたいで、ペットみたいで、可愛くもあるんだけど、本気でムカつくこともある。



そばにいると温かくて幸せ。



でも、時々、たまらなく苦しくなる。






何考えてるか全然わからなくて、掴み所が無くて、思い通りにならない。




そんなの、当たり前なのに、苛立ちが募る。


すごく、厄介。





愛しいのと、憎らしいのが、同居してる。






今日も呑気に甲板で昼寝しているアイツを見つけた。


すやすやと眠るその様子を見てたら、無性に抱き着きたくなってどうしようもなくて。


持て余した想いと抑えきれない衝動で、思いっきり蹴っ飛ばしてやった。





* * * * * *




最近の俺、おかしいんだ。

ずっと頭の中をグルグル回ってることがある。
それが何かは、自分でもよくわからねェけど。


ただ、たまに意味もなくイライラしたり、心臓の奥の方がチクッて痛くなったりする。


最初は悪い病気にかかっちまったんじゃねェかって思ったんだけど、元気はあるし、メシもたくさん食える。
念のため、チョッパーに診てもらったけど、何ともねェって言われたし。
とりあえず病気ではないみたいだ。


じゃあ、何なんだろう?


…だんだん考えるのも面倒臭くなってきた。





今日は天気がいいし、やることもねェし昼寝でもするか。








芝生の甲板は最高だ。


ベッドみたいにフカフカするし葉っぱのイイ匂いもする。
麦わら帽子を顔の上に乗っけて目を閉じた。



漸くウトウトしてきた頃、ゴツンと頭の横に何かが当たって、眠りに落ちる瞬間を邪魔される。


犯人に文句を言ってやろうと麦わら帽子を除けると、ニッコリ笑ったナミがいた。


「何だよ?」


俺は昼寝を邪魔されて怒ってるんだぞ。

睨み付けても、ナミは全然謝りもしねェし、人の頭を蹴っ飛ばしたことを悪いとも思ってねェみたいだ。


それどころか命令までしてくる。


「みかんの収穫するから手伝って。」と。


「…みかん、くれるのか?」
「そんなわけないでしょ。収穫するだけ。」
「じゃあ、やらん!」
「あっそ。最後までちゃんと手伝ってくれたら、少しぐらい食べさせてあげ無いこともないんだけどなー。」
「何!本当か!?」
「でもやりたくないなら良いわ。無理に付き合わせるのも悪いし…。」
「やる!やるぞ!俺、手伝う!」






昼寝を邪魔されたことなんて、俺の頭の中からはすっかり消えていた。













「ちょっと!そんな乱暴にしたら、みかんがダメになっちゃうでしょ!」
「うるせーなー。どうやろうと変わんねェだろー。」
「変わるの!あんたと違ってデリケートなんだから。あっほら!そんな強く引っ張ったら枝が折れちゃう!」


働いてるのは俺なのに、脚立の下から、あーしろこーしろ、ナミはいちいち煩い。


「じゃあ、お前の手本見せてくれよ。」
「ちゃんと見て覚えなさいよね。」


脚立の上と下を交代して、今度は俺が脚立を支える。

文句を言うだけあって、ナミはかなり慣れた手付きでテキパキ作業を進めていく。
流石だなと感心しながら見てら、白い肩に目が止まった。


「あ、ナミ。」
「何よ?」
「お前、肩んとこ…なんか付いてる。」
「えっ、えっ!何?何が?」
「蜂だ。」
「嘘!やだやだやだ!早くとって!やだっ!」
「わっ、ばか!上で暴れん、っな!」


止めるのも遅く、大きくバランスを崩した脚立の上からナミが降ってきた。







間一髪。俺は両手でナミをナイスキャッチ。



ただ、カッコ悪く尻餅ついちまったけど。



「イタタ…。ありがと、ルフィ。大丈夫?」


俺の膝の上で小さくなったナミが心配そうに上目遣いで聞いてきた。

さっきまで、あんな偉そうにしてたのに。いきなり、しおらしくなったりする。


そんな目で見られたら、怒ってやろうと思ったのに言いづれーじゃねェか。

どうしたものかと、まじまじとナミの顔を見てたら、ふいに鼻先を掠める、空気。


「…ルフィ?」

「ん?…あ、ああ、俺は大丈夫だ。」



前から思ってたけど、ナミからは何かイイ匂いがすんだよな。

みかんでもない。俺の大好きな肉でもない。何だろう…甘くて、うまそうな匂い。




俺はその正体を確かめるべく、匂いの出所はどこだろうとナミの首筋のあたりに鼻先を埋ずめた。



次の瞬間、ナミはものすごい勢いで俺の上から飛び退いた。顔を真っ赤にして口をパクパクさせてる。

俺、何か変なことしたか?

「どうしたんだ?お前、変な顔して。」
「どうしたって…、あんたが…。」
「俺が?」
「…ッ何でもない。」


あ…まただ。
また頭の中が何かグルグル回ってきた…。何だ、これ…?


ナミは立ち上がって服に付いた土を払うと、俺に背中を向けてまた作業を始めちまった。

忙しそうに動く細い背中。

ギュッてしてェなぁ…。


ナミのことギュッてしたら、この頭ん中のグルグルも、わけのわかんねェイライラも無くなる気がするんだ。
















約束通り、俺はちゃんと働いたご褒美としてみかんをもらった。
こんな小っちぇーの一口でペロリなんだけど、味わって食べろとナミが煩いから俺はちびちび一粒ずつ口に運ぶ。


「ねぇ、美味しい?美味しいでしょ?」
「ああ、うまいな。みかんの味がする。」
「当たり前じゃない。他に言うことないの?」
「んー…甘い!」
「でしょ!ベルメールさんのみかんは最高なんだから!」
「お前、本当にみかん好きだな。」
「うん、大好き!」



そう言ったナミは、本当に嬉しそうに、キラキラ笑う。

やっばり、ナミは笑ってるのが一番いい。




なのに、何でだろう?


いつもナミの笑った顔を見てるだけで俺も嬉しくなってたのに、またグルグルとイライラがどっかから沸き上がる。



何か気にくわねェ。








だから、聞いたんだ。










「俺より?」





* * * * * *




ルフィの理解不能の言動は今に始まったことじゃないけれど。


今日ほどビックリしたことはない。


私の聞き間違えかと思った。


「………え?」



「俺とみかん、どっちの方が好きなんだ?」



何を言っているんだろう…?



「何言ってるのよ…。そんなの…比べるようなことじゃないでしょ?」
「答えろよ。」


ルフィはいつもみたいにふざけてる調子じゃない。突き刺さる視線が痛い。


「『好き』の種類が全然違うわ。」
「同じだろ?」
「同じじゃないわよ。」


籠いっぱいに積み重なった採りたてのみかんを見つめながら答えた。



みかんとルフィ、どっちが好き?




そんなおかしな質問聞いたことない。




やっぱり、コイツの考えてることってわかんない。








「俺は、ナミのことが、好きだぞ。」




もう一つ食べようと伸ばした手から、ボトッと音を立てて、みかんが土の上に落ちる。


よかった。土がクッション代わりになったみたい。


みかんを拾い上げて、傷んでないか確認していると、その手首をいきなり掴まれた。


「痛っ、」


怪物並みの馬鹿力なんだから、もっと手加減することを覚えてほしい。


「ルフィ、離し…」


言葉はルフィに届く前に口の中で消えた。

今まで見たことのない顔で、知らない男の子みたいで、少し怖かった。







「ナミは、俺のこと、好きか?」
「ルフィの言ってる『好き』は、仲間の『好き』でしょ?」
「何か違うのか?」
「違うわよ。『みかんが好き』も『仲間が好き』も特別な『好き』も、全然違うの。」
「特別な『好き』って何だよ?」
「そ、それは…、」
「それは?」




私に聞かれても困る。

私は、この18年間生きてきて恋愛経験はゼロなわけで。自慢にもならないけど、ずっと泥棒をやってきたんだから。


恋愛なんて、小説で読んだ知識でしかない。





ルフィのことは、好き。



でも、毎日一緒にいすぎて、よくわかんない。
多分、これは、家族に対するそれと同じ。




「特別な『好き』って言うのは、…うーんと例えば…」
「例えば?」
「…キスしたり、ギュッて抱き締めたり、したいって…思うんじゃない?」



掴まれたままの手首が痛い。


逃げ出したくなるような緊張感に口の中はカラカラに渇いて、もう泣きそうだった。



ルフィは離してくれない。




「だったら、俺は、ナミと、したい。」





ルフィの顔が近付く。
息がかかる、距離。


心臓が沸騰したみたいにドクドク騒がしい。



「ナミは、嫌か?」
「…わかんない。」
「嫌じゃないなら、する。」
「ま、待って!…待って。ルフィは、私のこと、特別な『好き』なの?」
「わかんねェ。でもキスしたら、わかるかも。」



ルフィの手が、頬に触れる。



心臓の音がドキンドキンと頭の中いっぱいに鳴り響いて、もう何も考えられない。




「でも、私…」



…心臓止まっちゃう、かも。



「ナミ、…大丈夫だから。」


らしくないルフィのセリフに少し笑える。



もう片方の手も頬に添えられて、ルフィの大きな掌にすっぽり包まれた。


ルフィの言葉と、見つめる瞳と、包む体温。



全てに任せて、瞳を閉じた。

















心臓は、止まらなかった。






まだルフィの熱が残る唇を、指でなぞって確かめる。


「俺、やっぱり、ナミが好きだ。」


「…私も、ルフィのことが、好き。」





不思議。




一秒前と、世界の色が全然違う。




頭の中で、靄がかかったみたいに渦巻いていたことが、今はこんなにもクリアで答えはナチュラル。


笑っちゃうぐらいに簡単なことだね。



ルフィのことが好き。




「それって、特別な『好き』か?」
「うん、すっごい特別。」
「そっか。俺もだ!」





しししっ、といつものように笑うルフィ。




ああ、何か…すごく愛しい。



今度は私から唇を寄せてみた。ルフィは少し驚いて、大きな瞳をぱちくりさせてる。


弟みたいで、ペットみたいで、本当に可愛いヤツ。


負けず嫌いなコイツは、私を抱き寄せると「仕返し。」と言って、頬にキスをする。


そして、とびきり甘い声で囁くのだ。



「俺とみかん、どっちが好き?」



迂闊にも、私の心臓はそれだけで飛び上がる。



「んー、それは秘密。」
「何だよ、それー!」




悔しいから、甘い言葉はまだまだルフィには言ってあげない。




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