「あ。今日、俺の誕生日だ。」

いつものように甲板のデッキチェアーに座りながらカモメ便で届いた新聞を読んでいたら上から声が降ってきた。

つい今しがた夢中になっていた記事から目線を声の主へ移すと「冬島行ったり空島行ったりしてっと“キセツカン”ってヤツがねぇよなー。」などと頷きながらルフィが新聞を覗き込んでいた。

“季節感”なんて、ルフィにしては難しい言葉をよく知ってると、失礼な感心をしながら返事をする。

「そうね。海の上の生活じゃ、新聞でも読まない限り日付なんて気にしないものね………って、今あんた何て言った!?」

さらっと大事なことを聞き流した気がする。

「今日、俺の誕生日だ。ナミは『誕生日』知らねぇのか?」

「いや、そういうことを言ってるんじゃなくて…」


今日がルフィの誕生日…?

確かに今まで仲間内で誕生日の話をしたことがなかった。みんな、誕生日なんて有って無いようなものだし、お互いの生い立ちについては触れないのが暗黙の了解のようになっていた。

何よりも、謎の多いルフィが自分の誕生日を把握しているのが少し意外だった。

「『誕生日』って何の日か知ってるか?」

私が驚いている理由を勘違いしたルフィが得意げに聞いてくる。もしかしたら、ルフィのことだから誕生日を何か違う日と履き違えているのかもしれないと思い「さあ?」というように首を傾げて曖昧に反応を示すとルフィがエッヘンとわざとらしく咳払いをして続ける。


「『誕生日』っていうのはな、生んでくれた父ちゃんと母ちゃんに感謝する日なんだぞ!」
マキノに聞いたんだ、と付け加ええる。


マキノ…そういえばルフィの故郷にお世話になった女の人がいるっていう話を聞いた気がすると、ぼんやり思い出しながら「あ、そ。」と、気のない返事をする。
ルフィにしてはすごく良いことを言ったのだけど、産みの親の記憶がない私には何だか他人事のように聞こえた。

「何だよー。ナミは生んでくれた母ちゃんに感謝しねぇのか?」
私の素っ気ない反応がお気に召さなかったらしく、ルフィは抗議をする。

「だって、私のお母さんはベルメールさんだけだもの。ましてや顔も知らない相手に感謝なんてできないわ。」
「そうか?」
「そうよ。」

ルフィの口が見る見るうちに、への字に曲がる。

「俺は感謝してるぞ。ナミを育ててくれたベルメールさんにも、ナミを生んでくれた母ちゃんにも。」
「何であんたが感謝するのよ?」

話の脈絡が見えなくて、チラリとルフィを睨むと、ルフィはさも当然だというように堂々と答える。

「何でって、ナミの母ちゃんがナミを生んでくれなかったらナミは今ここに居ないんだぞ?俺はナミが仲間で、ナミが居てくれてスゲー嬉しい。だから感謝してる!」

一瞬で頬が熱くなった。

「あんたってヤツは…。」

…よくもまぁ、そんなセリフを恥ずかしげも無く…。
ルフィに他意が無いことはわかっているけれど、それでも、こんな真っ直ぐに「居てくれて嬉しい」だなんて何だか照れてしまう。
それを悟られたくなくて顔を背けた。

「何言ってんだか。」
自分でも驚くほど可愛くない態度。

「俺はマジメに言ってるんだぞー。」

口を尖らすルフィを横目に、素直じゃない自分がつくづく嫌になる。


新聞に目を戻して記事を読んでいるふりをしていても頭の中ではルフィの言葉を反芻していた。

ルフィのストレート過ぎる優しさにくすぐったさを感じながら改めて感動していた。

私を必要としてくれている。

―生まれてきてくれて、
ありがとう―


そう、言われた気がした。

喉の奥がツンと痛い。


「なっ何で泣いてんだよ?」
「…え?」

ルフィに言われてから初めて自分が泣いていることに気付く。

「お、お、お、お俺、何かマズイこと言ったか?」
「違うわよ!目にゴミが入っただけ!」

バレバレの嘘を吐いて、慌てて新聞で顔を隠す。

ルフィに出会うまで自分がこんなに泣き虫だとは思わなかった。涙はあの8年前に封印したはずなのに。


「参ったな。泣き止んでくれよ、ナミぃ。」

慣れない手つきで、小さな子供がそうするからのようにガシガシと頭を撫でられる。
ぎこちないその手が心地よくて、また余計に涙が止まらない。


私に「自由」をくれた。
私に「居場所」を与えてくれた。
私に「生きる意味」を教えてくれた。

いつも貰ってばかりの私が、あんたに何をあげられるんだろう。


「ルフィ。」


その前に、まずは伝えなきゃいけないことがある。

「ん?何だ?」
「誕生日、おめでとう。…私も感謝してる。あんたを生んでくれたお父さんとお母さんに。」


言いたいことの半分も伝わってないのだろうけど、ルフィが嬉しそうに笑ってくれるからこれでいいのかなって思った。




「ねぇ、ルフィ。次の島に着いたら、一緒に誕生日プレゼントを買いに行こっか?」



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