走る度に水溜まりがパシャパシャと跳ねて、スニーカーの中まで水が入ってくる。
もうつま先はびしょ濡れだ。
かなり気持ち悪いけど、今の俺はそんなことを気にしてる場合じゃない。
とにかく目的地に向かって更に足を早めた。
学校も休みでバイトもない、明日は完全オフの日。
ウソップから借りっぱなしのゲームにやっと手をつけられる。
まだ終わってないのかとバカにされるのは悔しいから1日で攻略してやる!
そう意気込んでたら、ナミからメールが来た。
『明日ヒマならどっか行かない?』
彼女らしい端的な文章で。
ナミは俺の1コ上の彼女で大学1年生。
同じ高校で俺のサッカー部のマネージャーだった。
ナミの卒業をきっかけに付き合い始めた。
この間まではただの先輩後輩で、学校でしか会わないし、ましてや休みの日に連絡を取り合うことなんて無かったのに、付き合い始めてからは割りとマメに連絡を取り合って予定が会えば会うようにしている。
何だか変な感じだ。
この前もナミからデートの誘いが来たけど、ゾロと遊ぶ約束してたから、そっちを優先したらエラいめに遭った。
機嫌を損ねた彼女と音信不通になり3週間。流石に心配になって家まで様子を見に行ったら、ストーカーだと警察に通報されるまでの騒ぎになった。
それ以来、ナミの誘いはどんなことがあっても断らないようにしている。
今回のデートはその挽回でもある。
なのに。
ちょっとだけ、と寝る前にゲームに手をつけたのが間違いだった。
あとちょっと、あとちょっとを繰り返してテレビの上のデジタル時計が3時半を過ぎたのまでは覚えいる。
それから意識が途絶えて─…
ハッと気が付いて、慌て飛び起きた。
時計に目をやると『PM0:15』の表示。
ナミとの待ち合わせは確か12時に駅の改札口。
………つまり?
「やべェ!ナミに殺される!!」
とにかく俺はもう高校の入試に遅刻しかけた時以来の超スピードで支度をして家を飛び出した。
外に出ると小雨が降っていたけど、これぐらいならそのうち止むだろうと思ったから傘も差さずに。
そして、俺の予想は見事に外れる。
家から駅までは走って10分。既に中間地点を過ぎてから、どしゃ降りになったことに気付いても傘を取りに戻るのすら面倒だ。
それに、もしかしたらナミも同じようにびしょ濡れで俺を待ってるかもしれない。
駅に着いて、探すまでもない。すぐにナミを見つけた。オレンジ色の傘の下で、ニコニコしながら俺を待ってくれていた。
あれ?怒ってねぇ…。
「ナミ!ごめん!!」
「どうせ夜遅くまでゲームでもしてたんでしょ?」
「うっ…そ、それは…。」
ナミには全部お見通しだ。
「もー、びしょ濡れじゃない。」
クスクスと笑いながら、ナミはハンカチを取り出して、俺の髪の毛から顔に滴る雨を拭いてくれる。
ナミのハンカチからは洗剤とは違う何か甘いイイ匂いがした。
「だってよー、雨が降るなんて聞いてねぇもん!」
「昨日から雨の予報出てたでしょ?まぁ、ルフィはニュースなんて見てないから傘は持ってこないと思ってたけど。」
「だったら、俺の分も傘持ってきてくれてもいいだろー。ナミのケチー。」
ナミは何か言いたそうに唇を動かしてから、ふいと背を向けてしまった。
しまった。せっかく機嫌良かったのに、もしかして怒らせた?
何て声をかけていいかわからなくて、恐る恐る顔を覗き込む。
ナミは頬っぺたをピンク色に染めて、拗ねたように口を尖らせている。
それを見たら俺はわかってしまった。
いつもナミの考えてることなんて何もわからないけど、今はナミが何をしたいのかわかった気がする。
ナミの手から、ちょっと強引にだけど傘を奪い取って二人の上に差した。
「なぁ、俺これ着替えたいんだけど。」
そう言って雨で体に貼り付いたTシャツを引っ張る。
「家戻ってもいいか?」
ナミは何も言わないけど、小さく頷いた。
俺は、傘がなくなって空っぽになった手をとって歩き出した。
ナミと反対側の手で傘を、ナミが濡れないように差すのは、ちょっと腕が辛いけど、ナミと手を繋ぎたいからそれは我慢だ。
さっき走ってきた道を、今度はゆっくりと歩きながら戻る。
俺よりも小さな彼女の歩幅に合わせて。
雨に濡れないように、いつもよりピッタリくっつくんだ。
「傘は1コでジューブンだな!」
みるみるうちに、ナミのピンク色の頬っぺたは真っ赤に染まってく。
あまりにも可愛かったから、思わず俺はその美味しそうな赤い色にキスをした。
外ではするなと、いつも怒られるんだけど、今日のナミは怒らない。
傘が隠してくれるから良いのかな?
だから俺は調子に乗ってもう一回。
今度は彼女の唇に。
今日はずっと雨だといいな。