再会してからのアイツはいつも笑っていた。


元々、いつも笑ってるような奴だったけど、まるで。

笑い方を忘れた人が、それを思い出そうとしているかのように。
空洞の入れ物がコロコロ転がるように。

乾いた音色の、笑い声。


それがいつ歪んでもおかしくないほど、彼の笑顔は脆く見えた。





夜になって、見張り台の上には私と彼のふたり。

交わされる会話は無く、波の音が聞こえるだけ。

座っている私と彼の間には隙間があって、そこを夜風が通り過ぎる。夏なのに、寒い。
通り過ぎる度に、私と彼は決してひとつではない、別々の個体なんだと言われているようだ。

彼のことを理解しているつもりでも、それは私の目に映る一部分にしか過ぎなくて。彼が、今、何を考えているかなんて、私には到底わかりっこない。


彼を救ってあげたい、なんておこがましいことは思っていない。
ただ、同じ痛みを、私に分けて欲しいだけ。


「なぁ、ナミ。」

沈黙を破ったのは彼の方だった。

「…なぁに?」

彼の顔を見ずに前を向いたまま答える。
夜の海は深くて、暗い。


「キス…しても、良いか?」


いつも彼からのキスは突然なのに、聞いてくるなんて彼らしくない。

そういえば、再会してから彼に触れられていない。
彼は何故だか恐れている。私に触れることを。


「ええ、いいわよ。」

彼がキスをしやすいように、体ごと向き直って、目を閉じた。

彼の唇は、ゆっくりと距離を測るように、ゆっくりとゆっくりと近付いてきて、一瞬だけ触れて、すぐ離れた。


瞼を開けると、不安げに瞳を揺らす彼が映った。

「…ル、」

名前を呼ぼうとしたら、また口付けられた。さっきよりも深く。


彼の舌は、私の唇を割って入ると、歯列をなぞり、きつく吸い上げるように舌を絡めとり、まるで私を中から食べ尽くすかのように暴れまわる。


こんな、一方的で乱暴なキスは初めてで。

でも、
怖いとは思わなかった。

勢いのまま押し倒されて背中を床に打ち付ける。鈍い痛みに思わず洩らした呻き声も、彼の口の中に飲み込まれた。


深く貪るような激しいだけのキスは、苦しいけど嬉しかった。

私を必要として求めてくれているみたいで。

ガチャガチャと音を立てて、歯と歯がぶつかり合う。
多分、唇が切れたのだろう。

広がる、血の味。


はっと我に返ったように、彼の唇が唐突に離れた。


私を覗き込む彼の瞳は、怯えている。


「…ごめん、ナミ。」

たどたどしい手つきで、血の滲んだ私の唇をなぞる。

「ごめん。ナミ、ごめん。」
「ルフィ、」

その手をとって、彼の虚ろな視線を捉えた。



「泣いて、いいのよ。

…ルフィ。
泣いても、いいの。」


私の言葉が、今、彼が必要としている言葉だったのかはわからない。
けれど彼の輪郭は、みるみるうちに歪んで、グシャグシャになって、目から大粒の雫が溢れた。

彼の温かい涙は、ぼたぼた、ぼたぼたと私の頬を濡らす。



私の頬を伝う涙を、不器用に彼の親指が拭う。


まるで、泣いているのは私の方みたいだ。



彼の頭に腕を回して、少し力を加えれば、彼は簡単に私の上に崩れ落ちた。
小さな頭は私の腕の中にすっぽりと収まる。


子供のように大声を上げて泣く彼を、壊れないようにそっと抱き締めた。




愛しい、
そう思った。


守りたい、
とも思った。



このまま私の中に閉じ込めておけたらいいのに。

もう二度と怖い思いをしなくてすむように。
もう二度と悲しい涙を流さなくてすむように。



海と、空の、真ん中にいる私達は今、ふたりきりだね。


目の前に広がる星空はキラキラと、無神経なほど、輝いている。


「ねぇ、ルフィ…」


死んだ人達は星になって、
空から私達を見守ってくれているの。


なんてお伽話は何の慰めにもならないし、言うつもりもない。
慰めなんて邪魔なだけだ。
でも、もしそうだったら、彼の負った傷を少しでも癒せることが出来たのだろうか。


「ねぇ、ルフィ。」

もう一度、彼の名を呼ぶ。
さっきよりもはっきりと。


雲一つない星空はどこまでも広がっていて、大きくて。


「星が、綺麗よ。すごく、綺麗。」


私達はちっぽけだった。



私はいなくならないよ、

言うのは簡単だけど、保証のない未来を約束できるほど私は強くなくて。
約束を守れなかった時に、彼を二度目の絶望に落としてしまうのが怖くて。


小さく小さく、祈るように呟いた。





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