「お前、何やってんだ?」

夕食を終えたダイニング。
みんなでくつろいでいる時間にそんな言葉を発したのはサンジ君。


サンジ君の視線を追うと、その先には両手でコップを持ったルフィが中身を除き込んだり、クンクンとまるで犬みたいに鼻をヒクヒクさせながら匂いを嗅いでいた。


「テメー、このサンジさんが作ったのが飲めねぇっつーのか?怪しいもんなんて入れてねぇよ。」
「そんなんじゃねぇって。俺、これ知ってんだ。どっかで飲んだことある。」

でも何処だっけなぁ?とルフィにしては珍しく真剣に考え込むようにして首を捻っている。

そんな様子を見て呆れたサンジ君がため息混じりに答えた。

「そりゃそうだろ。レモネードぐらい誰でも飲んだことあんだろ?」
「れもねえど?…レモネード!」


記憶の中の答えに辿り着いたらしく、ルフィはパッと顔を輝かせた。

「そうだ!これ、マキノがよく作ってくれたんだ!」


マキノ。


明らかに女の人の名前。


何度かルフィの口から聞いたことはあるけど、その人がルフィにとって一体どういう存在なのかは聞いたことがない。


ピリッと自分の頬の筋肉が強張るのがわかった。


「おいおい誰だよ、マキノちゃんて。」
「ルフィも隅に置けねぇなー。村にカワイコちゃんを残して来たのか?」
「そうなのか?ルフィは隅っこに置けないヤツなのか??」

茶化すサンジくんに、ウソップとチョッパーが興味津々に話に加わる。
チョッパーはあまり意味を理解していないようにも見えるけど。



「へ、へぇー。マキノって誰?」

私も、なるべく動揺を悟られないように、明るい声で聞いてみる。


「ん?ああ、俺が子供の頃行ってた酒場の女店主でよ。色々、世話になったんだ。」
「年上のオネーサマっていうのも素敵だよなぁ。」
「で?で?どーなんだ?美人なのか!?」
「なのか??」
「うーん…そうだなぁ…。マキノはビジンだったぞ!」




ふ、ふーん。美人だったんだ…。


何気無く呟いたはずの独り言はえらく棒読みで、ダイニングに響いた気がした。


サンジ君達がワーワーと盛り上がってうるさいのに、頭の中だけはやけに静かでルフィの言葉を反芻していた。





ルフィに、女の人を「美人」だって思う感覚あったんだ。



それが少し意外だっただけで。


別に嫉妬してるわけじゃない。
単に面白くないだけ。





周りの野次を気にも留めないで、ルフィは呑気に話を続ける。


「なーんか、懐かしくなってきたなぁ。」

被っていた麦わら帽子を手にとって、大切そうに見つめながら。


「マキノに会いてぇな。」


目を細めて優しく微笑むその横顔に、心臓がキリキリとちぎれそうに痛くなった。








嫌だ。



そんな愛しそうに他の女の人の名前なんか呼ばないでよ。








嫉妬なんかじゃない。



そう自分に言い聞かせるけど、言い聞かせること自体が嫉妬している何よりの証拠で。





「あたし、お風呂入ってくる!」


ガタッと大袈裟に音を立てて椅子から立ち上がって、ダイニングを出た。


扉が閉まる瞬間、

「ナミのやつ、どうしたんだ?」と呟いたルフィの声がやけに耳に残った。



私の態度をきっとみんなが変に思っただろう。







でも、どうしようもないの。






ルフィのことを好きになってから、
ルフィのことを好きなんだと自分の気持ちに気付いてから、


何だか全てが上手くいかない。
感情のコントロールができない。


些細なことで喜んだり傷付いたり、本当に面倒くさい。こんなもの私には要らない感情なのに。





洋服のままバスルームに飛び込んで床に座り込んだ。
膝を抱えて体を小さく丸めると、余計に自分が惨めに思えて涙が出そうになった。


バカみたい。
こんなことで泣きたくない。


喉の奥が熱くて、涙が溢れないよう必死に飲み込む。




思い出に嫉妬するなんて、どうかしてる。



生まれた場所も育った場所も私とルフィは全然違うんだから、私の思い出にルフィがいないように、ルフィの思い出に私がいないのは当たり前のこと。



麦わら帽子も、それを見守ってきた人達も、ルフィにとっては大切な宝物で。
私が太刀打ち出来るはずもないし、比べること自体がそもそもおかしいのだ。



何でこんなに心がささくれ立つのか、自分でもよくわからない。






キィ、と音を立てて遠慮がちにバスルームのドアが開く。

足音だけで、わかってしまう自分が恨めしい。
今、一番顔を見たくなかったアイツ。



「ナミ。」
「何?」

膝に顔を埋めたまま答える。
顔を見たくなかったんじゃない。
私が、合わせる顔がない。

きっとヒドイ顔してる。




「俺は、ナミのこと、可愛いと思うぞ。」


サンジ君かロビンに入れ知恵されたのは明白ね。
ルフィが、そんな気が回るわけないもの。


私の子供染みたヤキモチなんて、みんなにバレバレ。



ああ、もう恥ずかしい。
恥ずかし過ぎて死ねる。
いっそ、このまま消えてしまいたい。




「私が可愛いことなんて生まれた時から知ってるわ。そんなこと、わざわざ言いに来たの?」
「うん。」
「……。」





早くこの場からいなくなってほしい。

私がルフィを傷付けてしまう、ヒドイことを言ってしまう前に。




「ナミ、」
「何よ?」





ルフィが甘えるように、私の肩に顎を乗せる。
その心地好い重みに、心の棘が抜けていくような気がした。


「ナミは、可愛いぞ。」
「…知ってる、ってば。」
「でもな。俺は、もしナミの顔がへんてこりんでも、ナミのことが好きだぞ。」





いつだってそうだ。



いつも言葉足らずのくせに。


ルフィは、私が一番欲しい言葉を一番欲しい時にくれるんだ。




ルフィのたった一言で、さっきまでのイライラが嘘みたいに消えていく。



私って、かなりゲンキンなヤツなのかもしれない。




「…ルフィ。」
「んん?」
「ばか。」
「おう!」
「何で嬉しそうにしてんのよ。ばかって言われてんのに。」
「ナミが可愛いーからな。」
「ばーか。」











恋なんて、

本当に面倒くさい。





イライラするし、
ズキズキするし、


いいことなんて全然ない。



でも、

あんたとなら、それも悪くないなって思うの。






恋って本当に厄介だ。





どんどんワガママになっていく私を、ルフィが甘やかすから歯止めがきかなくなる。





「責任、とってよね。」
「おう!」
「意味わかってないでしょ。」
「わかってるぞ!なんとなくな。」
「何よそれ。」





ダイニングにいるみんなに顔を合わすのが気まずいなぁ、なんて新たな憂鬱もあるけど。



今だけ忘れたふりをして、


恋の甘さに酔いしれた。



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