海を眺めていると、
いつも彼らのことを思い出す。
私の親愛なる仲間達を。
一生忘れることのできない時間を共に過ごした海賊達を。
***
アラバスタに送り届けてもらうことを約束し、海賊船に乗ってから数日が経ち、初めは彼らの異様さに困惑した。
イメージしていた「海賊=悪者」とは随分かけ離れていた。
私が王女だとかそんなことは彼らにとってはどうでもいいことで、厄介者であるはずの私を仲間として受け入れてくれた。
まるで家族のように過ごす空間はとても心地好かった。
冒険を続けていく中で、ふと気になって一度だけ聞いたことがある。
「ナミさんとルフィさんは恋人同士なの?」
単純に、2人を包む空気が私にそう思わせた。
目の前の彼女は、元々大きな瞳を更に見開いて驚いた顔をしたかと思うと次の瞬間にはお腹を抱えて笑い出した。
「あたしとルフィが!?」
「ち、違うの…?」
「残念だけど、あたしとルフィはあんたが思うような甘い関係じゃないわ。」
「そうなの?」
「あいつはこの船のキャプテン、あたしは航海士。それだけよ。」
「私はてっきり…。」
「お子様はそういうことに興味持たなくて良いの!」
彼女は私のおでこを指で弾くと明るくケラケラ笑う。
「わ、私は子供じゃないわ!もう16よ!ナミさんだってまだ18じゃない!?」
何故、彼女が自分を大人だと偽るのか。
たまに無理をしているようにさえ感じる。
彼女が手をヒラヒラと振りながら去っていく後ろ姿を、おでこを擦りながら見つめていた。
「ナーミー!」
私の後ろから声がして、振り向くよりも先にルフィさんが私の横を駆け抜けて行った。
綻びた麦わら帽子を縫ってくれとお願いする彼と、憎まれ口を叩きながらも嬉しそうにそれを受け取る彼女と。
ほらね、
やっぱり空気が違うの。
彼の前で見せるふとした仕草や表情。
自分では気付いていないの?
まるで、恋をしている女の子そのものよ。
その時の私は本当に呑気にそう思ったのだ。
海賊をやるからには、それなりの覚悟があって海に出たのだろう。
でも、
どんな時でも前だけを向いて気丈に振る舞う彼女の過去を、私は知らない。
―その日の夜、
何故だかひどく目が冴えて、なかなか眠りにつけなかった。
ベッドの上で寝返りを打って、視界に入った彼女の背中に声をかける。
「ナミさん、…起きてる?」
「…寝てる。」
「ふふ、寝てたら返事できないわ。」
「どうしたの?眠れないの?」
背中を向けたまま彼女は答える。
今は、逆にそれが都合良かった。
彼女の顔を見たら、うまく話せない気がした。
「ナミさんはどうして海賊になったの?」
「いきなり、何?」
「あ、言いたくなかったら別に良いの。突然ごめんなさ、」
「どうして、か…。あいつに……誘われたからかな。それと、夢を叶えるため。」
「ナミさんの夢って?」
「自分の目で見て、世界地図を描き上げること。」
「素敵な夢ね。」
少しの沈黙が流れて、次の言葉を探していたら、口を開いたのは彼女の方だった。
「あいつに会うまでは、あたし、海賊なんて大っ嫌いだったのよ。信じられる?」
「うそ!ナミさんが?」
「そうよ。まさか自分が海賊になるなんて夢にも思わなかったわ。
でもね、あいつとなら…ルフィとなら海賊、やってみても良いかなって思ったの。」
「すごく…信頼してるのね、ルフィさんのこと。」
「…信頼とは、少し、違うかな。
あいつが、夢に命を懸けているから、それをそばで見ていたいと思ったの。
あいつが行きたい方向に航路を取るのが私の仕事なの。」
私は、まだ恋をしたことがないから、よくわからないけど。
それは「愛してる」と言っているように聞こえた。
「ナミさんは、ルフィさんのこと…」
「夜更かしはお肌に良くないわ。ビビ、おやすみ。」
「…おやすみなさい。」
目を閉じて考える。
お互いが、お互いを想い合っていることは、誰が見ても明らかなのに。
当人達は知らないふりをしているだけなのだろうか。
その考えが浅はかだったと、後になって知る。
クロコダイルを倒して、歓喜に満ちたアラバスタは国中を上げてのお祭り騒ぎが三日三晩続いた。
この国を救った英雄達は、死闘を繰り広げたことが嘘のように、唄い、騒ぎ、飲んで、笑っていた。
その輪から外れて部屋の隅から眺めている彼女を見つけて、私は隣に腰を下ろした。
どんなにどんなに感謝の言葉を伝えても伝えきれなくて、まず何から話せば良いのかドキドキ高鳴る胸を落ち着けながら言葉を探す。
「あ、あのね、ナミさん…私ね、」
「あたしも、あんたと同じよ。」
「え…?」
「あたしもね、ルフィに助けられたの。
…絶望から命を救われたの。」
初めて彼女の口から紡がれる過去。
「ビビは、あたしにルフィと恋人同士なのか聞いたことがあったわよね。」
「あ、いえ…その、」
私はなんて無神経で愚かなことを言ったんだろうと、自分を恥じた。
「自分でもよくわからないの。
あいつのこと好きなのか。
でもね、あいつの航海士であることがあたしの誇り。」
彼と彼女を繋ぐものは「好き」だとか「嫌い」だとか、そんな次元の話ではないのだ。
彼女の視線は、私と会話している時からずっとある一点にしか向けられていない。
輪の中心でおちゃらけて、みんなを笑わせている無邪気な笑顔の彼を見つめたまま、彼女は言葉を続ける。
「あいつは、
あたしの、
“生きる意味”なの。」
***
今でも、あの時の彼女の横顔を思い出すと胸が苦しく締め付けられる。
いつも凛々しく芯の強い彼女が、消えそうなほど儚く見えた。
船を降りたことを後悔してはいない。
お騒がせな海賊達だから、新聞に乗って彼らの冒険譚はすぐ届く。
ただ、願わずにはいられない。
彼女が彼の隣で微笑んでいられることを。
彼女の生きる意味が失われることなく今も輝き続けていることを。