アイツはまだ目を覚まさない。
戦い終わったあとは必ず死んだように眠る。そして数日間は目を覚まさねぇ。
体に相当の負担をかけてることぐらい、医者でも何でもない俺にだってわかる。
ふぅ、とため息代わりに煙草をふかしてから、温かい紅茶と少し腹の足しにでもなればと焼いたクッキーをトレイに乗せてアイツが眠る部屋に向かう。
勿論、寝ているアイツが飲み食いできるわけもなく、これはアイツのためじゃない。
アイツのそばから離れずに付きっきりの彼女のために。
コンコンと軽くノックしてからドアを開ける。
そのノックが無意味だってことは毎回思い知らされるのだが、紳士な俺は欠かさない。
部屋の真ん中のベッドにはルフィが眠っている。
そして、ベッドのすぐそばには彼女がルフィの顔を覗き込むようにして座っていた。
その横顔は、悲しんでいるようにも心配しているようにも見えない。
まるで、状況を理解できていない小さな子供のように、ボーッとルフィを眺めているだけなのだ。
何か気の効いた言葉を彼女にかけようと脳ミソをフル回転させるけど、何も浮かばなくて、
「ナミさん、うちには優秀な船医がいるんだ。大丈夫ですよ。」
と、バカの一つ覚えみたいに同じことしか言えない。
クソ情けねぇ。
俺の声で、初めて俺の存在に気付いた彼女は、こっちを向いて一瞬驚いたような表情を見せるけど、すぐに取り繕った笑顔で「そうね。」って返事をする。
その彼女の笑顔を見る度に、自分が嫌になる。
強がって欲しいわけじゃない。
頼って欲しいだけなのに彼女は弱味を見せようとは決してしない。
でも、彼女に頼って欲しいと思うのも、彼女の為ではなく自分のエゴだとわかっているから、余計嫌になる。
ベッドのサイドテーブルに、持ってきた紅茶とクッキーを置いて部屋を後にした。
甲板に出ると、ゾロが懲りもせずに、せっかくチョッパーに巻いてもらった包帯を全部解いてトレーニングをしている。
俺に気付くと目線だけを向けて「ルフィの様子はどうだ?」と聞いてきた。
気になるならテメェで見に行け、とでも言ってやろうかと思ったけど、今はコイツと無駄な言い争いをする気分にもなれないので手短に伝える。
「そのうち目覚めんだろ?大丈夫だよ。アイツは。」
「……ナミか?」
いつも大事な話ですら聞き流すような奴のくせに、こういう時にだけ敏感に反応しやがって。
「ああ…、いっそ泣いてくれた方がまだマシだ。」
「あの女はそんなタマじゃねぇだろ。」
「俺達の前ではな。」
知ってるんだ。
いつも強気な彼女がアイツの前だけでは涙を見せることを。
「いいか、クソ剣士。今から言うのは俺の独り言だ。」
ポケットから煙草を出して、そういえば次の島に着くまでストックが無かったと思い出す。
舌打ちをしてから最後の一本に火をつけた。
「ナミさんが泣くのも笑うのもアイツ次第なんだよ。俺は慰めてやることもできねぇし、ましてや涙すら見せてくれねぇからな。
でもアイツがそれをわかってねぇんだ。わかったところで、アイツが何か変わるとも思えないけどな。
この船で旅を続けるっていうのは、そういうことなんだ。
…あと何回、ナミさんのあんな顔を見なきゃいけねぇんだろうな。」
クソやるせねぇ。
ため息混じりに呟いた。
「…強くなれば良いんだろ?俺も、お前も。…アイツも。」
いつの間にかゾロはトレーニングをやめていた。
「うるせぇ!んなことはわかってんだ!
独り言に返事するんじゃねぇよ、藻!」
「だったら聞こえないように喋れ、ダーツ。」
強くなろうと誰にでもなく自分に誓う。
彼女の涙を拭えないのなら、せめて涙を流させないための最大限の努力をしよう。
今も彼女があの部屋で一人、アイツの目覚めを待っている姿を思うと、胸がチクリと痛んだ。
自分の無力さを憂いているわけではない。
アイツに嫉妬しているわけでもない。
きっと今頃、彼女に飲んでもらえなかった紅茶が冷えきっているだろう。
そう思うと少し切ないだけだ。