ただでさえ人が来ることが少ない第二グラウンドは、昼休みということもあって誰もいない。喧嘩をしたあと、ボコった相手を転がしておくのに最適な場所である倉庫らへんに足を踏み入れた。
誰もいない芝生の上、黒い短ランと赤いシャツに包まれた小さな背中がこちらに向けられている。地面に胡坐をかいているのは、臨也だった。どくんと跳ねた鼓動は、臨也の脇に置かれているぐちゃぐちゃな弁当のせいで急速に冷えていく。
臨也はこちらに気づくことなく、なにやら手を動かしていた。なんだ、と思って首を伸ばすと、さっきまで死角になっていた部分が見えてくる。臨也の前には、犬がいた。恐らく野良犬なのだろう。
「ひどいよねえ、あの暴力男マジ死ねばいいよ。君もそう思うだろ?もう絶対つくらない。俺が頑張ったって、どうせなにも意味なんかないんだ。なにも変わらないよ。ね?そうだよね?」
臨也は犬の耳を両手で包みながら、ひたすら語りかけている。人ラブとかやべえことばっか言ってるくせになぜわざわざ犬に……と思ったが、よく考えなくても臨也にはそんな友達がいなかった。罪悪感がよりいっそう胸を焼く。
それに、聞き間違いか勘違いでなければ、その内容は俺に対する文句だ。文句言う元気あるだけマシか、とほっとした自分が嫌だ。けど、どうしようもない。
「ほら、わんこ。ぐちゃぐちゃだけど食えよ。見た目は悪いけど、味……もよくないけど、愛情だけはたっぷりこもってるからさ」
そう言って、臨也は地面に広げた包みの上に置いていた弁当を野良犬に差し出した。が、不意にぴたりと手を止めて、今度は弁当箱を犬から離す。
「あ、だめだ。待って。ハンバーグに玉ねぎ入ってた」
臨也は再び包みの上に置いた弁当箱からハンバーグをつまみ上げて、ぱかりと口を開いた。細い指につままれた不格好なハンバーグが、食われてしまう。臨也が俺のためにつくったハンバーグが。
気づけば、俺は地面を蹴っていた。足音に驚いたのか犬は逃げ、臨也は手を止めてこちらを振り返る。シズちゃん、と声にならない声を上げた臨也の手首を掴み、指先ごとハンバーグを口に入れた。少し焦げくさい、やっぱりイマイチな味。けど――ひどく優しい味だ。

「シズちゃん、なにすんだよ!」
食い終わってからちろりと指を舐めると、臨也が全力でその指を俺の口から引き抜いた。慌てふためいて俺から逃げようとする臨也のほんのり赤い顔を見て、俺は観念することにした。
ずっと目を背けていた、毎日臨也の弁当を食う本当の理由も、門田にプリンをやったことがあんなに気に入らなかった理由も、全部引っくるめて認めてやろう。
「臨也」
だから、もう俺から逃げんな。俺も、逃げねえから。ちゃんと、可愛くねえのに可愛い手前の不器用な誠意に正直に応えるから。
「好きだ」
そう告げた途端、弁当を床に落としたときも、犬しか愚痴る相手がいなかったときも、飄々とした態度を決して崩さなかった臨也がわずかに揺らいだ。
目を丸くして、ぽかんと口を開け、馬鹿みたいにひたすら俺を見ている。微妙に潤んだ瞳を見て、俺の鼓動がまた跳ねた。さっきよりも派手に、ひたすらに大きく。
「好きだ、おい、聞いてんのか。好きだっつってんだよ」
「え、な、なにを」
「は?手前をだよ。決まってんだろうが。馬鹿か?死ぬか?」
「死なねーし!なに言ってるんだよ、俺のこと嫌いなくせに。新手の嫌がらせ?なら、他の手考えてよ」
自分で言ったくせに傷ついた顔なんかする。だから、ああもう止まらないじゃねえかちくしょう!舌打ちをして、臨也のほっせえ体を引き寄せた。俺に飯つくるよりも先に、まず手前を太らせろよと声を大にして言いたい。
「るっせーな。気づいちまったもんはしょうがねえだろ。いいか?俺は手前が好き、手前は俺が好き。ならよお、手前はもう俺のもんだろ?だから、今度から俺以外のやつにこういうことすんの禁止な」
門田から受け取った紙袋を目の前に差し出してやると、臨也は呆れたように眉をつりあげた。可愛くねえ顔だ。いや、可愛いんだけどよ。
「俺がシズちゃん好きとか勝手に決めないでくれる?……ていうか、なんだ、ただのヤキモチかよ」
「手前が俺を好きなのは当然だろ。つうか、妬いて悪いか?なんか文句あんのかよ」
「……可愛いことしてんじゃねえよ!ばーか!」
飛びついてきた臨也を抱きとめて、その背を撫でる。臨也はいつの間にか俺から奪っていた紙袋に手を突っ込み、プリンが入っているらしい容器を取り出した。ぱかりと開けられた蓋からは、甘くて優しい香りがする。
「シズちゃんがぐちゃぐちゃにしちゃったやつの方が、うまくできたのに」
残念そうに呟いた臨也は、俺が謝る前に、俺の口にプリンを押し当ててきた。舌の上に滑り落ちてくるやわらかいプリンもやっぱり大して美味くはなかったけど、愛しい味がした。
「美味しくないだろ?」
「……美味くはねえけど、俺は好きだ」
「無理しないでいいんだよ?」
首を横に振り、俺は臨也にくちづけた。臨也のくちびるは、プリンのようにやわらかくて、なんだか甘い気もした。気づかなかった臨也の指の小さな傷たちが愛しい。
「無理なんかしてねえよ」
口を離したあと、驚きすぎて声も出なくなってる臨也の額に自分のを当てる。こつりという音が、胸にじんわりと響いた。
「だってよお……愛情はたっぷり、なんだろ?」
「……聞いてたのかよ!」
真っ赤になって怒り狂う臨也を宥めるために、俺はもう一度臨也にキスをした。
「……今度は俺がなんかつくってやっから」
「……期待しないで待ってるよ」







その後、俺の方が数倍料理上手なことにショックを受けた臨也とまた一悶着あったりするのだが――まあ、それはまた別の話だ。


110121

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