来神設定 「シーズちゃん!はい、どうぞ」 昼休みの屋上で、満面の笑みで差し出された弁当箱と紙袋。慣れたとは言え、やはり相当にシュールな光景だと思う。だってそうじゃねえか。ノミ蟲が毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日俺に弁当とおやつつくってくるとかよお。 「……だから。いらねえっつってんだろ」 「だーかーらー。聞き飽きたって言ってるだろ。どうせ最後には受け取るんだから、黙って食えよ」 ほら!と俺の両手に押し付けて、ノミ蟲は満足そうに胸を張った。クソうぜえ。 が、しかし、確かにそうだ。その通りだ。俺はどんなに断っても、どうせ最後にゃ受け取ってる。食いもん粗末にすんのは好きじゃねえ。 それに俺は成長期。腹はいくらでも減る。正直食えるもんならなんでもありがたい。それが、たとえ忌ま忌ましいクソ野郎の手料理でも。 「ちっ……今日はなんだよ」 「今日はハンバーグがメイン。デザートはプリンです」 「……味見したか?」 「失礼だな!したさ!まあ、なんつーの?いつも通り」 それを聞いて、思わず顔が歪んだ。臨也はへらへらと笑っている。手のこんだ嫌がらせしてんじゃねえよ。 「手前、どうせつくるんなら美味いもん寄越せよ」 「はあ?なーんで俺がそこまでしなきゃならないわけ?つくってやるだけでもありがたいだろ?」 「頼んでねえんだよ!」 無駄に器用なこいつのことだ、どうせわざわざ下手くそにつくってんだろうと思う。臨也の弁当も菓子も、正直あんまり美味くねえ。 なのに、なんで俺は毎日毎日受け取っては平らげるのか。考えると腹の底が焼ける。頭に警笛が響く。だから、俺はいつもそれから目を逸らすのだ。 今日もそうするはずだった――はず、だったのだ。 「ドタチン!はい、これあげる」 臨也が、黙って俺らのやりとりを見ていた門田に紙袋を押し付けた。俺の手の中にあるのと同じ色の、俺のより綺麗に扱われてるそれに、門田が困ったように首を傾げる。 「……臨也、これなんだ?」 「プリンだよ、決まってるだろ。俺ドタチン好きだから、たまにはサービスサービスぅ♪」 「臨也ってエヴァとか見るのかい?ていうか、僕には?」 「え、なんで?」 「真顔!?」 酷いよ!だのセルティ、臨也が!だのぎゃんぎゃん喚く新羅の声なんか聞こえやしねえ。門田が抱えてるもの。俺のより少しでかくて、俺のより皺の少ない紙袋。頭に血が上った。理由を考える暇などない。 「おい、ノミ蟲」 「ん?なに、シズちゃん?」 「いらねえ。返す。もう、つくってこなくていいから。いらねえから」 「……え……?」 目を丸くしている臨也に、弁当箱と紙袋を突き出した。臨也は俺の顔と手の中の二つの包みを見比べる。何度か視線を往復させたあと、臨也はまたへらりと笑った。さっきは感じなかった妙な苛立ちが俺を襲う。気に入らねえ、なにもかも。 「もう、だから聞き飽きたって。どうせいっつも食べるじゃないか」 そう言って、臨也はぐいぐいと俺に手の中のものを押し付けてくる。乱暴に扱いやがって。門田には、そんなことしなかったじゃねえか。 「いらねえっつってんだろ!!」 イライラしてたまらなかった。その勢いのまま、臨也の手を払いのける。派手な音がしたのと、門田と新羅が息を飲んだのと、血の気が引いたのは、同時だった。 「……あ、」 声が上手く出なかった。床に転がった弁当箱は、衝撃のせいなのだろう、包みから飛び出している。表面の色が変わり始めている紙袋は、中に入っていたであろうプリンが崩れてしまった証拠だった。 食いもんを粗末にしてしまったという罪悪感よりなにより、臨也が気になった。どんな報復を考えているのか、怒っているのか、呆れているのか、それとも――傷ついているのか。 臨也は黙ったまま屈んだ。床に転がる弁当箱を拾い上げ、箱を縛っていたバンドを取り蓋を開ける。恐らくいつも通り白米とおかずとに綺麗に分けられていたであろう中身は、可哀相なくらいぐちゃぐちゃに混ざっていた。俺のせいだ。 「い、いざ」 「あーあ!」 さすがに謝ろうとかけた声は、蓋を閉めて立ち上がった臨也の声にかき消された。いつも通りに憎たらしい顔で視線を寄越してくる臨也に、今は罪悪感しかわかない。 いくら、いくら人格破綻者のクソ蟲とはいえ、俺がやったことは最低だ。ありえねえ。謝りたかった。けど、臨也はそれを許さずにべらべらと喋る。 「内緒にしてたけど、今日はいつもよりうまくできたのに。もう欲しいって言っても君にはやらないから。じゃあね。ばいばーい」 臨也は紙袋も拾い上げると、ドアを開いて屋上から出て行った。残された俺は、新羅と門田からの非難めいた視線から逃れるために俯くしかできない。 「……静雄、僕は君の味方でも臨也の味方でもない。けどね、君たちの友人として言わせてもらう。さっきの態度はないよ。あれは君が悪い」 諭すような新羅の声が、耳に痛い。黙ったままの門田だって、ほんとうは俺に説教かましたいはずだ。門田は、臨也に殊更甘い。それだって、それだって、俺は、 「……わかってる」 「それはよかった。じゃ、ついでにもう一つ言っておくよ。臨也はさ、料理下手なんだよ。静雄も知ってるだろ?臨也がいっつもお昼に何食べてるか」 そう言われて、俺は臨也の昼飯に思いを馳せた。俺が母さんのつくってくれた弁当を食ったあと、あいつのイマイチな弁当を食っているところを眺めていた臨也。なにが楽しいのか、あいつはいつも笑ってた。 そして大抵の場合、その手に握られていたのは、カロリーなんたらという菓子なんだか食事なんだかわかんねえもんだった。俺は、あいつがまともに米食ってるとこを見た記憶があまりない。 「あれだけ食に興味ないやつが、料理なんてつくれるわけがないじゃないか。臨也はさ、練習してたんだよ。可愛いと思わない?」 うるせえぞ、新羅。そんなこと、俺は知らない。知ってたら、あんなことしなかった。というのはただの言い訳にしかすぎないんだろうが、ぐちゃぐちゃな頭ではなにもわからない。 「静雄」 ずっと黙ったままだった門田が、俺の名前を呼んだ。気まずいながらも顔を向けた俺に、門田は紙袋を突き出した。戸惑う俺を見て、門田は笑う。 「こいつはお前が食うべきだろ。そんで、臨也に謝るまで帰ってくるな」 そう言った門田の顔は、若干恐ろしかった。臨也に甘すぎんだろ。ちくしょう。いや、ちくしょうってなんだ。けど、これは誰にもやりたくない。だから、多分今の俺の気持ちを表す言葉としては合っているのだと思う。ちくしょう。 門田から紙袋を引ったくるようにして奪い取り、俺もドアノブに手をかけた。捻り潰してしまいそうになるのを必死で堪え、ドアを開ける。 臨也の最近のお気に入りスポットは第二グラウンド辺りだよ!という新羅に適当に礼を言い、俺は階段を駆け降りた。手に抱えた袋の中身に神経を集中させながら。 → 110121 |