「臨也、手前が好きだ。愛してると言っていい」
通算9991回目になる愛の告白に、俺はただ溜息をついた。101回目のプロポーズも真っ青だ。だってシズちゃんほんとに「僕は死にません」もん。トラック程度じゃ骨折すらしないとか、マジありえない。
俺は折原臨也。新宿の情報屋、永遠の21歳、そして人間が大好きだ。こいつは平和島静雄。池袋のフォルテッシモ、永遠の童貞、そして俺が大好……自分で言ってて気分が悪くなってきた。悪夢だ、シズちゃんが俺を好きだなんて悪夢以外の何物でもない。この長い悪夢は、いつになったら醒めるのだろう。
「ごめんね。マジ勘弁」
こちらも通算9991回目になるお断りの文句を告げると、シズちゃんはとても悲しそうな顔をした。そして、一番手近にあった自販機に手をかける。シズちゃんの愛情表現は激しすぎて俺はついていけない。だから、今日もさっさと逃げることにした。
「臨也!俺は絶対諦めねえからなあ!いつか絶対手前に白無垢着せっからなあああ!!」
とんでもない轟音と恐ろしい口説き文句は、聞こえなかったことにしよう。


池袋大橋まで逃げてから、俺はようやく息をついた。ああ、シズちゃんはなんだって俺が好きなんだろう?だって俺らは出会いも最悪ならその後も最悪。新羅じゃないけど不具戴天の敵同士で、間違ったって恋に落ちるような仲じゃない。ロミオとジュリエットとは違って、本人同士がいがみ合ってんだから。
なのに、シズちゃんは俺を好きだと言う。愛してると言う。化物の世界では、仇に愛を囁いてから殺すのが流行っているのだろうか。まったく意味がわらない。嫌がらせなのだろうかとも思ったがシズちゃんの性格からしてそれはない。なら、本気なのか。それも信じ難い。
「……そうだ、試してやろう」
携帯電話を取り出して、アドレス帳を開いた。





新宿の自宅で、俺はイヤホンから聞こえる雑音混じりの音声とモニターに映る鮮明な画像に全神経を傾けていた。名付けて『シズちゃん君の愛ってその程度だったの?大作戦』だ。簡単に言うと、俺の信者の女の子をけしかけてシズちゃんの浮気現場(便宜上ね!)を押さえようってこと。
シズちゃんも健全な成人男性なんだから、好みの女性に言い寄られたらコロッといくはずだ。なんたってあいつはゲイでもなけりゃバイでもない。ただただ俺が好きなだけで……って今はそんなことどうでもいい。俺は頭を振って、モニターとイヤホンに全神経を集中させた。
『……平和島さん、好きです……』
『や、あの、ど、どいてくれ……ます、か』
カメラと盗聴器を仕込んだシズちゃんの自室。迫られてしどろもどろのシズちゃんとか面白いね。たまらないね。娯楽的な意味でね。わくわくしながらモニターを見ていると、シズちゃんはあっさりと押し倒されてしまった。わあ、大胆。
『私のこと、好きにしていいんですよ』
『す、好きに……って……』
なんだかんだ言いつつ、シズちゃんの顔は赤くなっていた。なんだ、やっぱりそんなもんか。俺はがっかりしながら……ん?いや、待て待て。おかしいだろう。何故がっかりする必要がある。どことなくもやっとする胸を抱えて、俺は立ち上がった。現場に踏み込んで、決定的瞬間を掴まえるために。

と、思ったのだが。


「い、ざや?き、来てくれたのか?わざわざ俺の家に?」
「待ってそれ以上近寄るな。君、女の人はどこにやったの?」
「女?ああ、セルティに引き取ってもらっ……待て、なんで手前が知ってる?さては手前の仕業だな?」
俺の訪問に驚きつつうれしそうな顔してたのも束の間、仕組まれたことに気づいたらしいシズちゃんは瞬時に額に血管を浮かべた。なんて器用なんだろう。俺は開き直って軽く頷いた。おかげでシズちゃんの額はますますやばいことになっている。うん、もう作戦変更だ。
「シズちゃん……」
「あ?……あっ?え、え、おい、ノミ蟲……っ」
「だぁめ。こういうときは名前で呼ぶものだ」
ドアに身を滑り込ませ、そのまま後ろ手に閉めた。シズちゃんの首に腕を巻きつけて笑うと、シズちゃんは困惑を隠さない顔で俺を見てくる。名付けて『俺のこと一回だけ好きにしていいよ大作戦』だ。これでもう諦めてもらおう。これからの平穏な日々と比べたら、一回ヤるくらい安いもんだ。
そう思いながらシズちゃんの顔に、自分の顔を近づける。ああ、やっぱ綺麗な顔してるよな。なんて思っていた俺の口を、シズちゃんがそのでかい手で塞いだ。
「やめろよ。手前、俺のこと好きじゃねえだろ」
シズちゃんの目は冷たい。声も、とても冷たかった。俺の顔から手を離して、シズちゃんは怖い顔でこう言った。
「手前とは、こんなことしたくねえ」
冷や水をぶっかけられたような気になった。なんだよ、なんだよ、それ。お前が俺を好きだって言うからヤらせてやろうとしただけじゃないか。さっきの女には、真っ赤になってたくせに。
「俺はな、臨也……手前をマジで」
「ふうん、わかった。俺とはヤりたくないんだね。男は抱けないんだ。君の愛って、その程度なんだね」
「は?手前、なんか誤解してねえか?」
「別に。よくわかったよ、君の気持ち……帰る。邪魔したね。さっきの人なら紹介できるから、いつでも言って。あ、これは持って帰るね」
カメラを仕込んでいた本を取り、ドアノブに手をかけた。俺を捕まえようとする手をナイフで切りつけて、俺はひたすら走った。なんでこんなに必死なのか、自分でもよくわからない。


オフィス兼自宅に帰ってから、俺は椅子にぐったりと座り込んだ。なにもする気が起きない。あのシズちゃんの顔を思い出すと、悔しくて動けなくなる。何故悔しいのかなんて、俺にはわからない。わからない。わからない。
「シズちゃんなんて……」
『……っざ、や……』
「……え?」
聞こえてきた声にびくりと肩が跳ねる。確かにシズちゃんの声だ。恐る恐るそちらを向くとイヤホンのコードが外れた機械が目に入った。盗聴器、外すの忘れてた。忌ま忌ましい、叩き壊してやる。ナイフを思い切り振り下ろそうとした俺は、そのまま固まった。
『い、ざや……は、っぁ……臨也、……好きだ、臨也……』
荒い息、艶めいた声、粘着質な音。かっと顔に熱が集まった。俺だって男だ。今シズちゃんがなにしてるのかくらい、嫌でもわかる。
『愛してる……愛してる、愛してる……いざ、やっ……っ、は、愛してる……好きだ……っ』
ごくりと喉が鳴る。立っていられなくて、ずるずるとその場に座り込んだ。
なにしてんだ、この馬鹿。俺とはしたくないくせに、俺で抜くのはできるのか。でも、俺も馬鹿だ。自分をオカズにされてるっていうのに、気持ち悪いどころかほっとしてるなんて。ありえない。君のせいだ、馬鹿シズちゃん。

――俺はな、臨也……手前をマジで――

続き、なんて言いたかったんだろう、聞いてやればよかったな。
『臨也、好きだ、好きだっ……ぅ、くっ……』
9999回目の愛の言葉に酔いしれながら、俺は自分のくちびるを噛んだ。荒いシズちゃんの息を、肌で直接感じたい。俺に触りたかったんだろうに、我慢するとか化物の分際で生意気だ。
自分をオカズに自慰されて気持ちを自覚するなんてとんだド変態だけど、俺らみたいな歪んだ関係にはちょうどいいのかもしれない。いざや、というどろりとした声が聞こえてくるスピーカーを撫でながらそんなことを思った。
俺の可愛い可愛い化物。君ってほんと、気持ち悪いね。


明日になったら、俺から会いに行こう。シズちゃんが10000回目の愛を紡ぐ前に、俺からの1回目の好きを渡すんだ。喜べよ、シズちゃん。


という俺の可愛い決意は、40分後にやってきたシズちゃんによってあっさり繰り上げられることとなる。ああ、もう――俺の化物がこんなに可愛いわけがない!


11/01/16

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -