とても中途半端な源氏物語パロです。
静→→→→→臨。



「シズちゃん」
声変わりを迎えたばかりの少年特有の声が、俺を呼ぶ。
俺にとっちゃ蔑称以外のなにものでもねえが、こいつはなんど言ってもこの呼び方をやめねえ。
だから俺が折れるしかなかった。
「今日も遅いの?」
「あー……そうだなあ……先に寝てろ」
そう言った途端、見るからにむすっとした表情を浮かべる臨也は可愛い。
軟禁よろしく部屋に閉じ込めているせいで少しも焼けないやわらかな肌には、闇夜を思わせる黒髪がよく映える。
思わず齧りついてしまいたくなるくらいには、臨也は魅力的だった。
まだガキのくせに末恐ろしいことだ。もっとも、この先も他の男に見せる気なんぞさらさらないが。
「つまんないつまんないつまんない!どうせまたあっちのお姫様やこっちの人妻とよろしくやってるんだろ!なんだよシズちゃんのムッツリ!昼間はさもそんなこと興味ありません童貞です、みたいな顔しといてさあ?あーやだやだギャップ萌え狙い?うっぜえ!死ね!」
「……てめえはよお……」
俺の気も知らねえくせに。
今まさにぶつくさ文句を言ってるのだって、ただ自分が放っておかれてるのが気に入らねえだけだ。
もしもそこに嫉妬や羨望なんていう感情が僅かでもあったなら、少なくとも俺はとっくに精神的に満たされてる。

クソ生意気に育ってしまった精神面はまあともかくとして、臨也の身体は誰がどう見ても立派な子どもだ。
これでは手の出しようもない。
あの人の面影を色濃く残す愛らしい顔は、日に日にその魅力を増すばかりで俺はとても辛いというのに。
「……土産買ってきてやるから」
頭を撫でてそう言うと、臨也は頬を膨らませて横を向いた。
ガキらしい仕草にはつい笑いが込み上げるが、いかんせん曲げられたせいで単から覗く白い首が目に痛い。
思わず視線を逸らすと、臨也がぽつりと呟いた。
「……サイモンとこの大トロじゃないと許さないよ」
それは臨也なりの精一杯の譲歩だった。
そっぽを向いたままの首も、不機嫌そうな表情もそのままだが、臨也の纏う怒りが少しだけ納まったのがわかる。
いってらっしゃいと言われたのと、臨也が部屋に引っ込んだのはほぼ同時だった。




あの日、偶然見つけた臨也をとりあえず掻っ攫ってきてからというもの、俺の毎日は臨也で染まっていった。
苦しいばかりの片恋を諦めたわけではなかったが、日々健やかに育っていく臨也を見ているだけで満足だったのだ。
実るはずのない恋を、あの人に瓜二つの臨也を育てることで、少しずつ少しずつ昇華させていくはずだった。
だから、臨也が男でガキでも、俺にとっちゃなんの問題もなかった。そう、なにも問題などなかったのだ。

最初に違和感を覚えたのは、いつだっただろう。なんとなく伸ばさせていた臨也の髪が、腰を過ぎた頃だったか。
戯れに着せた紅梅の襲が恐ろしく似合っていて、目を離せなくなったことを覚えている。
シズちゃん?と不思議そうに俺を見上げてくる赤い瞳に、込み上げたのは愛しさよりも情欲だった。
それ以来、俺が臨也に向ける感情は少しずつ、けれど確実に歪んでいった。
おかしいとわかっていた。異常だと知っていた。
臨也は、妙に聡いところがあるせいでずいぶんと大人びてはいるが、ガキで、男で、あの人の甥なのだ。
こんな感情を向けていい相手ではない。
けれど、一度箍が外れた俺の行動は、異常な方向を向いたまま止まらなかった。
臨也の周りには、必要最低限の人間しか置かなかった。そいつらにも、臨也に対する扱いをよくよく言い含めた。
余計なことはするな、無意味に触れるな、愛するな。
それがまだ幼い臨也にとって、どれだけ残酷な仕打ちなのかもよく知っていた。

俺にはシズちゃんしかいない。シズちゃんしか俺を愛してくれない。シズちゃんどこにも行かないで。

泣きながら臨也が縋ってきたとき、俺は歓喜に打ち震えた。
臨也のすべては俺のものだ。俺だけのものなのだ。
抱きしめた小さな体は怯えていた。それすらも愛しくてたまらなかった。あとは臨也が成長するのを待つだけだ。
俺がどんなに酷い顔をしていたか、胸に顔を埋めて泣いていた臨也は知らない。知らなくてもいいことだ。




誰とどんな夜を過ごしても、結局俺の頭を占めるのは臨也だけだ。
夜明けを待つ気もなく早々に帰路を急ぐ背にかけられる恨み言にも、もう慣れた。
早く臨也の顔が見たい。この腕に抱きたい。声が聞きたい。シズちゃんて、間抜けたあだ名でも構わねえから。
急く気持ちを抑えながら御簾を上げると、大きく広がった単の下で臨也が丸まって寝ていた。
色鮮やかな衣に包まって眠る臨也の顔を、月明かりが照らす。
綺麗だった。まるで羽を縫いつけられて飛べない蝶のような、いっそ病的な美しさに喉が鳴る。
散らしたはずの熱が集まるのがわかった。我慢しなければいけないとわかっているのに。まだ時期じゃねえと頭じゃわかってるのに。
欲しい、欲しい。臨也が欲しい。
もう代わりなんかじゃねえ。臨也でなければ、きっと俺はだめだ。
世間が許さなくても、結構臨也を溺愛しているあの人がキレても、たとえ臨也自身が拒んだとしても、なにがなんでもてめえは離さねえ。
「……いざや……」
みっともなく掠れた声だった。
それでも、俺の気配に誰より敏感な臨也はなにかを感じとったようで、眠そうに目を擦りながらむくりと起き上ってくれる。
その薄い寝巻を今すぐ剥ぎ取って肌にくちづけたかった。
「シズちゃん……?おかえり」
ふあ、と欠伸を噛み殺しながら、臨也は笑った。全身の血が沸騰したような感覚だった。
どんな美人を目の前にしたってこうはならねえ。知らないだろう。てめえだけだ、臨也。
「臨也、俺のこと好きか」
伸ばした手で臨也を捕まえ、逃げられないように胸の中に抱きこむ。
俺の思惑なんぞ知らねえ臨也は、構ってもらえたのがうれしいのかただ笑っている。
こんな子どもらしい笑みでも勃つ俺は、マジでいかれているに違いねえ。
「うん……好きだよ……?」
眠いのだろう、いつもより舌足らずな口調で臨也がそう言った。抱きしめる腕に力がこもる。
痛いと訴える臨也に、まだかろうじて残っていた罪悪感が胸をつついた。これからもっと痛いことをするのだ、きっと泣かせちまう。
「臨也、ごめんな。俺も好きだ。愛してる。臨也も俺が好きなんだよな?だったら、俺がなにをしても許してくれるよな?」
待ちきれない指で、臨也の頬から首筋を幾度もなぞる。その度に揺れる身体が愛しくて、欲しくて、どうにかなりそうだった。
早く、早く言ってくれ、臨也。その口で、声で、俺にてめえの持つ全部の愛を捧げてくれ。
「いいよ。俺、シズちゃんが大好きだから」
そう無邪気に笑う臨也にくちづけたら、真っ赤な瞳が丸くなった。
ごめんな、愛してるんだ。


10/08/28

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