季節外れのクリスマス話。まだ途中なので、後日続きをアップします。 昔、俺がまだ学ランを着ていた頃の話だ。 ほんの出来心で、シズちゃんにこんな話を聞かせたことがある。あれは冬の風が身に染みる季節のこと、一年で一番賑やかな日を間近に控えた夕暮れのことだった。 「ねえねえシズちゃん! 知ってるかい?」 いつも通りの追いかけっこ、命がけの喧嘩、生きているという充足感。色んなものに感動と吐き気を覚えながら浮かべた笑顔を、やつは心底気味悪げに見つめていた。 「ああ?」 「この木、サンタの木なんだよ」 そう言って指さしたのは、公園の一角にある何の変哲もない一本の木だった。クリスマスに光るわけでもなく、飾りつけられるでもない、ほんとうにどこにでもあるような普通の木だ。 つられるように目を向けたシズちゃんの額には、イルミネーションよりも綺麗な青筋が浮かんでいた。 「ずいぶんとおもしれえ遺言だな? なあ、臨也くんよォ……?」 「いやだな、なんで俺が死ななきゃいけないのかな?」 「俺に殺されるからだよ」 実に威勢だけは満点な化け物だ。マジで殺る度胸も覚悟もないくせに。 「まあそれは置いといてさ……サンタの木の話、聞きたくない?」 「手前の話なんざ聞くだけ無駄だ。どうせろくでもねえことしか言わねえくせに」 「ひどいなあ……君だけに教えてあげる、とっておきの情報なんだよ」 「黙れ、うるせえ」 わかりやすく媚びた話し方をしてやると、ますます不機嫌になるのだから困ったものだ。俺のこれにころっと騙されるやつなんて、星の数ほどいるというのに。 「そんなに拒否されると、ますます言いたくなっちゃうなあ」 「そうか。俺はますますぶっ殺したくなってくるけどな」 「ふーん、そっかそっかあ……でね、この木なんだけどさ」 「だから聞いてねえっつってんだよ!」 ぶん、と冬の空気を真っ二つに引き裂く音がする。顔色一つ変えずに標識をぶん回すなんて、やっぱりこいつは化け物で間違いない。なので、俺が無視をしたところで誰にも文句は言えないはずだ。 「クリスマスイブに手紙を入れたくつしたを吊るしておくとね」 「うぜえ……」 「サンタさんが読んでくれてね」 「うるせえっつってんだろ!」 「クリスマスに、プレゼントを入れておいてくれるんだってさ!」 「聞いてねえんだよ、臨也くんよォおおお!」 轟音とともに地面に突き刺さる標識。おお怖い怖い。まったく低脳と呼ぶより他はない。 「せっかくいいこと教えてやったのにさあ、ほんと君ってつまんない男だな」 「うるせえんだよ、クソ蟲野郎! 手前の口の中に砂つめてやろうか!? ああ!?」 「あはは、お断りです」 ナイフを一つぶん投げる。我ながら綺麗な軌道を描いて飛んでいったそれにやつが気を取られている隙に、さっさとその場を離脱した。「いぃざぁやああああああああ!」という雄叫びが冬の街をすり抜けていく。そんなもんジングルベルにもなりゃしないよ、シズちゃん。 というのが数日前の出来事だ。 俺は今、感動と爆笑に涙しそうになるのを必死にこらえているところだった。 例の「サンタさんの木」がある公園の前を通りがかったとき、ちょうど今日がクリスマスイブだったことを思い出したので、軽い気持ちでその木に近づいてみた。 そしたら、なんと! なんと!! くつしたがぶらさがっているではないか! 笑い転げたいのをもう必死でこらえながら、そっと辺りを見渡した。おあつらえむきに誰もいない。にんまりとほくそ笑んだ俺が、そのくつしたをそっと奪って公園を飛び出したことは、もはや言うまでもないだろう。 クリスマスに浮かれる街よりもずっとずっと浮かれた気分で、俺は自室へと飛び込んだ。そわそわ落ち着かない気持ちを必死で宥め、くつしたに手をつっこむ。カサ、と紙の感触が指先に当たった。 わくわくどきどきしながらそれを掴み、引っ張り出す。くしゃくしゃに丸められているのがあいつらしい。宝の地図を開くような気持ちで、そっと紙を広げてみた。見覚えのある字、間違いなくあの化け物のものだ。 『でっけープリンが食べたいです』 もう限界だった。 「ぶっ……っく、くくっ……あはははは! あははっ、げほっ、あははははははははは!」 笑いすぎてむせてしまった。腹が捩れて痛い。確かあれと俺は同学年だったと思うのだが、頭脳は幼稚園から成長していないのだろうか。 「はー……ばっかじゃないの……」 笑いすぎて涙すら滲ませながら、しわくちゃのメモ用紙を見つめる。書かれた文字を指でなぞり、にやにや止まらない笑みを浮かべる。 「何がプレゼントだよ。化け物のくせに」 吐き出した声には、笑いと憎悪が詰まっていた。 「化け物シズちゃん、だいっきらい。早く死んで」 紙をぐしゃっと丸めゴミ箱に放り込む。脱ぎ捨てたばかりのコートを羽織り、部屋を後にした。 2014213 |