帰国したら突然彼氏を紹介されてしまったパパの日記 | ナノ

20■△年 ○月×日

 明日は、久々に日本に戻る。
 前回帰国した時は響子も一緒だったのだが、生憎休みが重ならず、私一人で帰ることになった。仕方がないとは言え、やはり一人はいささか緊張する。
 子供達の顔を見るのも、およそ一年振りだ。九瑠璃や舞流から『お兄ちゃんと結婚する!』という言葉を聞くことはついぞなかったが、今も臨也にベタベタと甘えているのだろうか。
九瑠璃だけ体操着だった理由が、私にはいまだにわからない。
 メールや電話で伝え聞く限り、臨也も双子達も元気でやっているようだ。子供の元気な姿は、親にとって何よりの糧になる。
 少し年が離れているせいか、臨也は妹達に対して苦手意識を持っているように見えたが、きちんと兄としての務めを果たしてくれている。
 仕事もちゃんと続けているようだし、言葉の端々に滲み出ている人間を愛する心も健在だった。
 ほんとうに、いい男に育ってくれた。親馬鹿と言われようと、私は胸を張ってそう言おう。
 それにしても、そんな臨也に浮いた話がないのはなぜなのだろうか。
 我が子という贔屓目を抜きにしても、妻に似て顔は整っている方だと思う。高校の頃は喧嘩に明け暮れてはいたが、今となっては年の割には物腰も落ち着いていると思うのだが。
 とはいえ、臨也自身がまだ結婚というものに興味を持てないのなら、とやかく言うつもりはない。
 親が口を出すようなことではないし、私も妻に会うまでは、結婚について深く考えたことはなかったからだ。
 臨也も、まだ自分のたった一人に出逢えていないだけなのかもしれない。
 人間を愛する心とはまた違う部分で愛せる人を、いつか見つけてくれればいいと思う。
 父親として、同じ男として、臨也には幸せになってほしい。強く、そう思う。
 だが、九瑠璃と舞流は別だ。まだ嫁に出したくはない。父親とは、そういうものだ。
 明日は空港まで臨也が迎えに来てくれる。
 土産は何がいいだろうか。前は臨也の好きな紅茶の詰め合わせにしたが、あれはなかなか喜んでくれていた。
 よし、今度もあれにしよう。





20■△年 ○月◇日

 まだ混乱している。
 いや、そんな生易しいものではない。混沌、そう、混沌だ。
 突然、彼氏を紹介された。
 九瑠璃ではない。
 舞流でもない。
 臨也だ。臨也に、彼氏を紹介された。
 何を言っているかわからないと思うが、自分でもわからない。
 とりあえず自分を落ち着かせたくて、この日記を書いている。
 今日起こったことを、思い出そう。
 空港で『話があるんだ』と私に切り出した臨也は、滅多に見ることができない真剣な顔をしていた。
 臨也の後ろにいた青年は、臨也と同い年くらいだった。
 どこかで見た顔だなあと首を捻る私に、彼は軽く会釈をしてきた。
 私も同じように会釈を返し、臨也に彼は誰かと小さな声で聞いてみた。
 臨也は言いにくそうに口ごもっていたが、やがて『……平和島静雄さん。高校の同級生だよ。父さんも見たことあるだろ?』と答えてくれたので、そこでようやく合点がいった。
 道理で見覚えがあるはずだ。臨也と毎日のように喧嘩を繰り返していた、あの平和島君か。
 随分と大人しくなったものだなあと、じっと彼を見つめる。
 今からどこかに行くのか、スーツを着込んでいた。長身の彼によく似合っている。
 臨也がまだ高校生だった頃、息子の傷の大半は彼によるものだった。そして臨也もまた、彼をたくさん傷つけてきたことだろう。
 そんな二人が、今はこうして並び立っている。岸谷君だけではなく、平和島君とも和解できたらしい。親としては大変に喜ばしいことだった。
 そんな風にしみじみと感動していた私とは対照的に、なぜか臨也も平和島くんも、どこなく落ち着かない様子だった。
 どうしたのかと尋ねる私に、臨也は再度『話があるんだ』と訴える。『お店を予約してあるから』とも言っていた。
 いつになく真剣な臨也の表情に、なんとなくただごとではなさそうだという予感を覚えていた。頷いた私を見て、臨也があからさまにホッとしていたのも、その予感に拍車をかける。
 タクシーに乗って、新宿に向かった。
 私は電車でもバスでもよかったのだが、臨也なりに気を遣ってくれたらしい。
 それはとてもありがたいと思うのだが、私が助手席で平和島君と臨也が隣り合って後部座席に座っている理由がよくわからなかった。
 時折不自然に途切れる会話を聞きつつ、私は首を傾げるばかりだったのだ。
 やがて目的地である料亭に着いたのだが、そこでも何かがおかしかった。
 私の向かいに、臨也と平和島君が座っていたのである。
 親子水入らずで会話ができるものとばかり思っていたので、少し残念だった。
 けれど、友達が決して多くはないように思える臨也が、ここまで一緒に行動したいと思える相手であるならば、私もその気持ちを尊重したいと思う。
 運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら、臨也に色々なことを尋ねた。仕事のこと、妹達のこと、岸谷君のこと。とにかく、色々なことだ。
 一つ一つ律儀に答える臨也の隣で、平和島君はひどく落ち着かない様子だった。それを横目で察した臨也が、その度に視線で窘めている。実に不思議な光景だった。
 まるで恋人みたいだな、と我ながらつまらないことを考えてしまった時だった。とんでもない爆弾が、臨也の手によって落とされたのは。
 箸を置いた臨也が『父さん』と切り出した。その声は、緊張で震えていたように思う。『今、彼とお付き合いしてるんだ』と続けた声は、もっと震えていた。
 一瞬、何を言われたのかわからなかった。
 箸で摘まんでいたかまぼこが、ポロリと卓へ落下する。
 臨也の顔はどこまでも真剣で、とても嘘をついている雰囲気ではなかった。
 隣にいる彼、平和島君は、より真剣な顔をしていた。
 お付き合い、彼と、誰が。臨也か?
 何も言えないまま、たっぷり一分は固まっていたと思う。
 はっと我に返った時、臨也は顔を少し青くしていた。その背中を、平和島君がそっと撫でている。
 平和島君は、とても力の強い子だと聞いていた。標識すら壊してしまうらしいその手が、今は臨也の、私の息子の背を優しく撫でている。
 当時、かなりオブラートに包んだ言い方をしていたが、臨也はこの彼のことを相当に嫌っていたはずだ。
 あまり学校の話を聞いた覚えはないが、それだけはよく覚えている。相容れぬ仲と思っていたが、これは一体どういうことなのだろうか。
 臨也はなおも青い顔でこちらを見ている。
 私は何も言えなかった。そのまま立ち上がり、二人に詫びてから店を後にした。
 どうすればいいのか、わからなかったからだ。
 タクシーで池袋の自宅に戻り、ホッと息をつく。幸いというかなんというか、双子達はいなかった。おかげで、この日記を今書くことができている。
 混乱しすぎていて、どうすればいいのかわからない。
 インターホンが鳴った。
 臨也だろうか。
 あんな形で途中退場してしまったことを、謝らなければ。





20■△年 ○月◆日

 今日、日本を発つ。
 臨也と平和島君、いや、静雄君に見送られつつ、乗り込んだ飛行機でこれを書いている。

 今回日本へ帰って、本当によかった。しみじみとそう思う。
 臨也のことは、もうあまり心配していない。
 彼がいてくれるなら、大丈夫だろうと思えるからだ。
 日本へ戻ってきたあの日、料亭から一人で帰ってきた私を訪ねてきたのは、静雄君だった。
 臨也はどうしたのかと尋ねると『具合悪くて寝てます』との答えが返ってきた。
 間違いなく、私のせいだ。図太く見えても、なかなか繊細なところのある臨也を傷つけてしまった。
 一人後悔に沈んでいた私に、静雄君が何かを差し出してきた。バウムクーヘンだった。私の好きな銘柄なので、おそらくは臨也の差し金だろう。
 臨也にと買ってきた紅茶を開け、二人分を淹れる。
 見た目に似合わず甘党らしい彼が角砂糖を二つ紅茶に落としたところで、私は勇気を振り絞った。
 臨也と付き合っているとは、一体どういう意味なのか。
 彼は静かに答えた、『ずっと傍にいたいと思っています』と。
 本気なのかと、重ねて問うた。二人が仲の悪かった時期しか知らないため、体を張った臨也への復讐であるという可能性も捨て切ることができなかったからだ。
 彼は真剣な目で答えた、『今のは、臨也の親父さんでも許せません』と。
 そのままの表情で、彼は続けた。
 臨也を誰よりも深く愛しているのだと、散々遠回りをしてきて、ようやく捕まえることができたのだと。
 時折見せる穏やかで幸せそうな微笑みは、臨也のことを思い浮かべているからなのだろうか。
 私や妻や臨也の妹達には申し訳なく思う、でも臨也のことを諦めたくないし、諦めるつもりもない。そう言い切った静雄君の言葉にはブレがなかった。
 唐突に理解した。
 ああ、そうか。臨也はもうすでに出逢っていたのだ。
 自分だけの、たった一人に。
 紅茶を啜り、目を閉じる。まぶたの裏に浮かぶのは、幼かった臨也の笑顔だ。
 小さな体を揺らして『パパ、パパ』と舌足らずに呼びかけていたあの幼かった臨也も、たった一人の伴侶を見つける年になったのだ。
 これを最後の質問にしようと心に決め、私は口を開いた。
 臨也を幸せにすると約束できるかと、そう尋ねた。
 静雄君は、途端に困り顔になっていた。
 まさか臨也を幸せにする自信もないのに臨也に手を出したのか。にわかに不安に襲われた私を、彼はあっさりと裏切ってくれたのだ。
 曰く、『あいつを幸せにできる自信は、あんまりないっす。けど、臨也が傍にいてくれたら、俺はたぶん宇宙で一番の幸せ者になれます』と。
 素直なのか馬鹿正直なのか。
 だが、少しばかり捻くれ者な臨也には、こんな子が似合うのかもしれない。
 ならば、私から彼に告げることは一つだけだ。
 臨也のことを、よろしくお願いしたい。

 余談だが、同じ質問を臨也にもしてみた。
 珍しく顔を赤くしたかと思えば、『俺はシズちゃん一人幸せにするくらいわけないけど……どっちかっていうと、シズちゃんとなら、不幸になっても構わないって思ったんだ』との答えが返ってきた。
 聞いているこっちが恥ずかしい。
 親の知らないところで、子供は大人になってしまうものらしい。
 若干の寂しさを覚えながら、今度は二人で挨拶に来なさいと航空券を渡しておいた。妻と二人で待っているから、と。
 これで臨也と妹達のあれこれに悩むことはなくなったが、今度はまた違った心配が生まれそうだ。
 ともあれ、うまくやってくれることを切に願っている。
 臨也、どうか幸せに。


20130511

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