きっと彼とは住むべき星が違ったのだ。 海に指を浸しながらそんなことを考えてしまうのは、師走も残るところあとわずかというこの季節の空気のせいなのだろうか。感傷的という一言で片づけるには少しばかり重すぎる憂いをつめこんだ小瓶は、黙ったまま波間に揺れている。 「あ、あの」 ふと、背中に声がかけられた。振り返れば、なんとも純朴そうな青年と目が合う。年のころは二十二、三といったところだろうか。俺がこれくらいの年のころは危ないことばかりをしていたものだ。 「はい?」 「あ、あの……あの……」 頬を染めて見つめられても、君の考えていることの十分の一も俺にはわからないのだが。 とりあえず会釈をしたものの……はて、誰だったろう。東京を出てからとんと処理能力を落としてしまった脳をフル回転させても答えは見つからない。 「あの、い、いつも、いら、い、いらっしゃいますね」 この地方独特のアクセントを隠し切れていない標準語で、青年はそう問いかけてきた。可愛いなあと思いながら微笑みを返す。途端に赤くなる顔、こちらもまた愛らしいと思う。ころころと表情を変える人間は嫌いじゃなかった。 「ええ、日課なもので」 「そ、そうなんですか……」 「変わったやつだなって思いました?」 「あ、いや、そんなことは」 「いいんですよ、俺も変なことやってるなあって思ってるから」 波打ち際にしゃがみこみ、海水を指でもてあそぶ。身を切るような冷たさは、東京にいたあの頃に感じたことのない感覚だった。あの街ではなにもかもが生ぬるくて、なにもかもが曖昧だった。 ただ一つ。たった一つだけ。 俺を見据えるあの燃えるような瞳だけは、ほんの少し違っていたような気がする。 「……」 波の向こうに消えてしまいそうな小瓶を見つめた。吐いた息が白いのは、ここも東京も変わらない。 「手紙を、待ってるんだ」 答えを求めて発した言葉ではなかった。だから、俺を見つめる人のよさそうな青年が首を傾げても気にせずに続ける。 「遠い星から届く手紙を待ってる。俺が出した手紙の返事を、ずっと……ずーっと、待ってるんだ」 「あの……それなら、郵便局に行った方が」 いいんじゃないでしょうか、という控えめな答えには笑いがこみあげた。ポカンとした表情は実に人間らしくて愛しかった。 それなのに、それ以上の感情を抱けない。深く入り込み、誘い込み、引きずり込んで、投げ落とす。かつて愛した所業のすべてを、あの街のあの部屋に置いてきてしまった。 「いいんだ。ここでいい」 「でも、」 「いいんだよ。だって俺の手紙ってあれだもん」 波間を示した指先を追い、青年が目を凝らす。小瓶はもう肉眼では見つけられなくなっていた。 「届くはずないんだ。遠いあの星とここの間を泳いでてくれればそれでいい。とても聞かせられないことばかり書いたから、読まれたら困るんだよ」 「好きな人への手紙ですか」 「さあ、どう思う?」 どこか思いつめた頬のハリに若さを感じる。長い意地の張り合いの間に俺が少なからず失ってしまったものだ。取り戻したいとは思わない。ただただ懐かしいあの時間は、人生の恥部と呼んでも差し支えない思い出ばかりが詰まっていた。 「どうかな……今となっては、よくわからない」 飛沫をあげる波を見つめる。寄る辺なく漂う小瓶は俺そのものだ。ひとりよがりに泳ぐだけの頼りない恋。けれど、それでも、 「……死んでもいいって、本気でそう思ったんだ……」 息を飲む音が聞こえる。あの日、彼から離れることを決めたあのとき、俺もこうして息を飲んでいたはずだ。 「……君、もう帰りなよ。今日はイヴだ、大事な人と過ごすといい」 「あの、でも、俺……っ」 「やめときな。俺は君の手には負えないさ」 そう、あの男以外には無理な話だ。 (シズちゃん) この世の誰よりも嫌いで、この世のなによりも愛していた。沈みゆく太陽の光を受けてキラキラと輝く水面のように、美しくて恐ろしかったあの男のことを、ずっと。 ☆ あれはたしか、彼と出会って八年になろうかという頃の出来事だった。 池袋で一騒動を起こすためにあちこちで精力的な活動をこなしていた俺は、なぜかあの化物に部屋に連れ込まれ、あれよあれよという間にレイプされていたのだ。意味がわからなかった。ちなみに今でもわかっていない。 それが一度で終わらなかったのもまた不思議だ。それなりにショック受けて一週間ほど寝込んでいた俺の部屋に殴り込みをしかけたやつは、またしても俺をレイプした。狂犬に噛まれたと思って忘れようと努めていた矢先だったので、あれはさすがに泣けた。 そんなことを繰り返しているうちに、彼よりも先に根負けしたのは俺の身体の方だった。いつの間にか、太いものに内壁を擦られ、快感を得ることを覚えていたのだ。初めて後ろだけでイかされたときの屈辱と衝撃と絶望は今でも忘れることができない。 そんな俺を都合よく思ったのだろう、あいつが俺とのセックスに飽きることはなかった。それこそ俺があの街から逃げ出すそのときまで続いていたし、もし俺が東京を飛び出さなかったら今でも同じことをしていたと思う。他にセックスさせてくれるような相手が向こうにいなかったからではない。情けないことに、俺がそう望むようになってしまっていたからだった。 ほだされるような情などありはしなかったのに、化物との規格外のセックスに身体だけでなく精神まで蝕まれてしまったのだろう。彼の指がこわごわ触れるだけで快感を覚えるようになったのはいつごろだったか。これ以上は戻れなくなると気づいたときに切り捨てるべきだったのだ。あるまじき失敗をいまだに引きずって、海に手紙を放り投げる俺は愚者しか言いようがない。 たしか彼と寝るようになって二年ほどが過ぎた頃だっただろうか。セックス後の気だるさにつつまれながら薄っぺらい布団に横たわる俺の指を見て、彼が唐突にこう切り出したのだ。 「手前、指輪好きか」 「え……?」 あまりにも突拍子のない言葉だったので、間抜けな声が出てしまった。まどろっこしいことを嫌う彼はそれだけで気分を少し害したらしく、「だからよぉ」と重ねた声には苛立ちが含まれていた。 短気な男だ。それで何度も失敗を繰り返してしてきたくせに懲りていない。 「指輪は好きかって聞いてんだよ」 「いや……まあ、いいんじゃない……?」 「いいんじゃない、ってなんだよ。何がいいってんだ。はっきりしろよ」 「なんでそんなこと聞くんだよ……」 二日と空けずに俺を抱く彼の決して楽ではない交情に三回も付き合わされて、とにかく疲れていたのだ。できればもう黙っていたかったし、さらに言えば抱きしめながら眠らせてほしかった。化物のピロートークになんぞ期待はしない。身体で示してくれるならそれが一番だった。 だが煙に巻こうにも、あのひどく真剣な顔を見てしまえば躊躇われる。その程度にはこの男に依存していた。平たく言えば愛していた。 たとえば彼にはとてつもなく似合わない単語をちらつかせられただけで、ちょっとした期待を抱いてしまうくらいには。 「好き……って言ったら、くれんの?」 知らない間に乾ききっていた喉を潤すために唾を飲み込んだ音が、やけに大きく響いた気がした。いつもよりも少しだけ華やかに着飾っていたサンシャイン60通りを思い出す。 彼はきっと興味がないのだろう。今夜がクリスマスイヴだということも、そんな日にセックスをする二人を一般的にどう呼ぶのかということも、きっとどうでもいいに違いない。 だってそうでもなければ、今日という日にいつもよりも優しいセックスをしたりしないし、そろそろ日付も変わろうかというこの時間にこんな話を持ちかけたりはしないだろうから。 「なんだよ、欲しいのか?」 一瞬だけ目を丸くしたあと、彼はそう言って笑った。高鳴る胸を持て余し、枕に顔を埋める。彼が好んで吸う煙草の匂いと、俺が愛用しているシャンプーの匂いが混ざり合っていた。たったそれだけのことが異様に恥ずかしかった。 「別に、いらないけど。シズちゃんの安月給じゃたかが知れてるだろうし」 「ああ?」 どうも、俺は彼を怒らせる才能にかけては天下一品らしい。怒った顔も嫌いではないが、いやむしろ好きだが、奇跡的に甘ったるくなりかけていたこの空気を壊すのは得策ではないと心から思っているのに。 「あ、いや、違うんだ、そういう意味じゃなくて」 「なにがだよ。あーもういいわ、くだらねえ話して悪かったな。お金持ちなノミ蟲くんにゃどーでもいい話だったよな」 「あ、」 完璧に怒らせてしまったらしい。すぐ近くにあった体温が離れていくのを感じて、慌てて枕に埋めていた顔を上げる。苛立ちを隠そうともしていない指が掴んだ煙草を、気づけば奪っていた。 「手前……何しやがんだ」 「シズちゃん、怒ったの」 「怒ってねえよ」 「怒ってる人はそう言うよ」 「うるせえな、手前に関係ねえだろうが」 いいから返せと伸ばしてきた腕を掴み、体を寄せる。裸の肌を触れ合わせることが気持ちいいことだと俺に教えたのは、紛れもなく彼だった。 「……欲しい」 「あ? ……え?」 「欲しい、シズちゃん。ちょうだい」 見上げた彼は滅多に見たことがないくらいの慌てっぷりを見せていて、ああ可愛いなあとしみじみ思う。 「あー……いや、……欲しいのか?」 「欲しい。すごく欲しい」 何を、とか、何が、とか言わなくても十分だった。さっき指輪は好きかと聞いた彼の視線が突き刺さっていた左の薬指を見つめる。どういう意味であんな視線を寄越したのか。聞きたいけれど、少し怖い。 「そっか……欲しいのか」 「うん、欲しい」 「そうか」 「うん」 どちらからともなく顔を寄せ合って、キスをした。今まで何度もしてきたはずなのに、死んでしまいそうなくらいにドキドキした。死んでもいいと思うくらい幸せだった。 視界の端に映った古いデジタル時計の数字が変わる。 (メリークリスマス、シズちゃん) だんだんといやらしい動きをしだした彼の手に翻弄されながら、ただそれだけを心の中で呟いていた。 でも、そんな幸せな夢に浸りながら彼の腕の中にいられたのは、たったの数時間だけだった。 彼の仕事のスケジュールは把握済みだったので、てっきり一日中一緒に過ごせるものとばかり信じていた俺を、彼があっさり部屋から追い出したからである。 「悪ぃ、どうしても外せねえ用があるんだよ」 今夜また電話するから、という一言で黙ってしまう俺も悪いのかもしれない。朝食をとるには遅く、昼食にするにはまだ早い。そんな曖昧な時間を一人で歩くのは寂しかった。だってクリスマスなのに。 「……わかったよ」 無言を貫いてみても居間に戻ることは許してもらえそうになかった。仕方なく要求を飲んで靴を履いた俺を誉めるみたいにキスする彼は最悪だと思う。言うこと聞いてしまう俺はもっと最悪だ。 「ごめん、あとでまた電話すっから」 昨夜の名残を引きずった甘い空気を纏う彼から離れたくなかった。でも今日だけはいつものような喧嘩はしたくなかった。なら、やっぱり俺が折れるしかないじゃないか。 「なるべく早くしてくれなきゃ、他の人と遊びにいっちゃうよ」 「そんなことしやがったら見つけ出して相手の男ともどもぶっ殺しちまうからやめてくれ」 「……なんで男限定なんだよ」 「ああ? 女でも許さねえぞ」 「しないよ! シズちゃんが早く電話してきてくれたら、そんなことしなくていいんだから……ね?」 ぎゅっと指を握ってそう言うと、彼は目に見えて照れていた。変なところで純情ない男だが、そういうところが可愛いとか思う俺も相当アレだという自覚はある。 「……じゃあね、シズちゃん」 「おう、……悪いな」 頬がやたらと熱いのも、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられて悪い気がしないのも、全部クリスマスのせいなのだ。そう結論づけて、真冬の空気の中に身を投げ出した。 適当に昼をすませたあと、特に目的もなく百貨店をぶらつく。クリスマスムードも最高潮のこの日、販売員のお姉さんたちはものすごくいい笑顔でカップルに様々な商品をすすめている。なるほど、稼ぎ時である。自分の仕事に対して一生懸命になる人間は好きだ。愛しい。 ふと新しくオープンしたらしいジュエリーショップが目にとまった。お一人様に慣れている俺でも、さすがに用事もなく入りたい場所ではないので遠巻きに見つめる。比較的リーズナブルな値段のおかげかそれなりに賑わっている店内を見つめながら昨夜のやりとりを思い出し、一人顔を赤らめた。俺はどこの乙女だ。 それにしても、と息を吐く。楽しそうにショーケースを見つめるカップルを見ていると、なんだか柄にもなく人恋しくなってくるから不思議だ。 (シズちゃんベタだから、ダイヤモンドのついた指輪とかくれたりして……恥ずかしいやつめ!) などと、馬鹿はどっちだとつっこまざるをえないことばかり考えてしまう始末だ。ほんとうにどうしようもなかった。 観察対象がこんなにもたくさんいるというのに、ちっとも心が躍らない。彼が俺を変えてしまったのだ。隅から隅まで塗り替えられてしまう恐怖は、快楽と紙一重だった。 「……シズちゃん」 小さく名前を呟いてしまえば、もうだめだった。 今日はもう帰っておとなしく彼からの連絡を待とう。そう思い、踵を返したときだった。 「静雄先輩、こちらはいかがでしょうか」 聞き覚えのある声。聞き覚えのある名前。一瞬で体が固まり、足が凍りついた。 「あー……そうだな……綺麗だと思う」 こちらも同様に聞き覚えあのある声だった。当然だ、夜が明けるまでずっと「いざや、臨也」と睦言のような響きで名前を呼ばれていたのだから。 じとりと冷や汗が背中を伝っていく。彼につけられた痕のすべてが燃えるように熱い。 「先ほどから同様の返答ばかりで差異が見られません。より詳細な感想を要求します」 「つっても、どれもこれも同じに見えてよぉ……」 「残念無念……先輩は審美眼というものを研磨すべきと進言します」 「うっせえなあ」 優しい声だった。まるで――そう、まるで恋人に囁くかのような、優しい声音。 (苦しい……) 知らず胸を押さえ、くちびるを噛んでいた。 その場から少し離れ、店からは死角になるであろう柱に身を隠す。今日は珍しくバーテン服ではない彼と一緒にいるのは、彼がとても大事にしているロシア人の後輩だった。美男美女という言葉がふさわしい金髪二人組はとても目立っていて、よくもまあ今まで気づかずにいられたものだと自嘲したくなる。それだけ浮かれていたのだ。情けない。 ヴァローナがすすめたものを見た彼が首を捻り、それに対してヴァローナがつけた文句に彼が苦笑いをする。そんなほほえましいとも言える一連の流れを見守る店員の表情もにこやかで、その一角にはなんとも和やかな空気が流れていた。 その瞬間、唐突に理解した。ずっと目をそらし続けていたことだ。恐ろしくて気づかないようにしていたことに、向き合ってしまった。 彼を化物たらしめているのは俺であり、俺さえいなければ彼はこんな風にふるまえる男なのだ。あの罪歌との一件から始まったうねりは彼をここまで変えた。俺さえいなければ、今の彼はきっと叶えられるのだろう。平和に静かに暮らしたいという彼自身の望みを。 そういえば彼に初めて抱かれたのはリッパーナイトの直後だったっけ。そんなどうでもいいことを思い出すくらいには、混乱していた。 (嫌だ) 困った顔でヴァローナに微笑む彼を見たくなかった。折れてしまいそうに細い指をつかみ、指輪をはめてやる姿が胸を締めつける。ゆうべ、あの指は確かに俺のものだったのに。 (胸が痛い。痛いよ、シズちゃん) 記憶の中の静雄が優しく微笑めば微笑むほど、現実の彼が見せる笑顔が霞んでいく。冗談じゃない。こんなところでみっともなく泣くくらいなら、死んだ方が幾分マシだ。 ファーコートの袖でぐいっと目元を拭う。だが途端にふわりと香った煙草の匂いのせいで、その行動はすっかり逆効果になってしまった。彼は相変わらずこちらに気づくこともなくヴァローナと一緒にショーケースを眺めている。いつもなら頼んでなくても見つけて追いかけてくるくせに、よっぽど隣にいる女が大切なのだろう。 (もうだめだ……苦しい) 焼けただれているかのように熱い喉元を手で覆い、その場を後にした。名前を呼ばれたような気がしたが、きっと気のせいだろう。 目は霞むし、耳は馬鹿になっているし、相変わらず喉は痛いし、胸が苦しくて息すらままならない。もしかしてここまでが彼の壮大な俺殺害計画だったのかもしれない。そのために昨日はうんと優しくしてくれたのだろうか。 突拍子もない想像は少しだけ心を慰めてくれた。その方がよっぽどいい。それなら何の躊躇もなく憎むことができる。 どこをどうやって帰ってきたかは覚えていないけれど、きちんと自分のマンションに帰ってこれていたらしい。ベッドの上で目を覚ましたとき、空はすっかり暗くなっていて、おまけに曇っていた。 そういえばホワイトクリスマスがどうのこうのと天気予報で言っていたから、もしかしたら今から雪が降るのかもしれない。心底どうでもよかった。本気の恋というものが与えてくれたダメージに心が追いつかないでいる。 そのままぼんやりと窓ガラスの向こうを眺めていたが、不意にものすごい破壊音がしたせいでひどく頭が痛くなかった。それほど間を置くこともなく、できれば一生会いたくないと思っていた男が顔を見せる。 「いーざーやーくぅーん……? 手前は、俺が何回電話したと思ってやがんだ? ああ?」 「電話……」 重い頭をのろのろと動かし、携帯電話を見る。お知らせランプをピカピカ光らせて着信を告げているそれは、彼専用回線として使っていたものだ。つまり、もう使う必要のないものだった。 「なんで電話なんかしてきたの?」 「手前……殺すぞ」 「え……?」 首を傾げる。だって彼は本命の恋人と指輪の交換をして最高潮にテンションを上げているときだろう。それなのになぜ自分を呼び出したりするのか、さっぱりわからない。 確かに「あとで連絡するから」とは言われたけど、あれは単なる社交辞令で、挨拶に過ぎなかったはずだ。じゃあどうして……って、彼が俺と会いたがる理由なんて一つしかなかったか。 「……」 重い体を起こし、ベッドを降りて彼に歩み寄る。そのまま彼の足元に膝をついてベルトに手をかけると、慌てたように手で制止された。鬱陶しい。 「なに……ヤりにきたんだろ? 俺まだお尻腫れてるから、口で我慢してよ」 絶句して固まったのをいいことに、凶器のようなペニスをさっさと引っ張り出しててのひらで包む。それだけで少し上を向いた先端にたらりと唾液を垂らして滑りをよくし、にちゃにちゃと扱いてやった。詰まる息の音が好きだ。そのまま死んでほしくなる。 指輪を買ってやるくらい好きな女がいるのなら、そっちとセックスするのが道理だろう。俺のケツはそんなに具合がいいのだろうか。もっと他でも試してみればよかったかもしれない。できもしない想像をしてみるくらい、疲れている。 馬鹿みたいに一人で舞い上がっていたけれど、よくよく思い返してみれば彼は一言だって「指輪をやる」なんて言ってはいなかった。俺が勝手に勘違いして、期待して、絶望しただけなのだ。 だって、うれしかったんだ。たとえ気まぐれな言葉でも、本命に指輪を贈るために後押しが欲しかっただけの誘導尋問でも、うれしかったんだ。 緩急をつけて扱くたび、ぐ、ぐ、と硬さと大きさを増すペニスは可愛い。舌なめずりをして口を開け、そのまま喉の奥まで飲みこんだ。 「う、っ、ぁ…っ」 じゅるじゅると音を立てて舐められるのが好きなのを知っている。君の好きなところを、好きな触られ方を、必死で覚えてきたからだ。 (シズちゃん) じわりと眦が濡れる。ペニスを喉の奥まで咥えこんでいるせいだ。ただ、それだけ。 なし崩しになだれこむセックスなんてほんとうに今さらで、俺の抵抗なんてものともせずに強引に押し倒してくれる彼の単純さが好きだ。眩暈を覚えるほどの殺意も、恋慕も、全部が全部彼のためだけにあるものだった。 ふと目を向けた窓の外には白いものがちらついている。予報通り降ってきたらしい。こんなホワイトクリスマスの夜に、なぜこの男は殺したいはずの俺につっこんで気持ちよさそうに腰を振っているのだろう。なぜ俺はよだれを垂らしてあんあん喘いでいるのだろう。 「い、ざや…っ」 快楽に濡れた声で名前を呼ばれるたび、脳髄からぐちゃぐちゃに溶けてしまいそうな恐怖に襲われる。それに耐えるために、じっと窓を見つめた。光が雪に反射して、キラキラと光っている。 (ダイヤモンドみたいだ) 昼間の浮かれていた自分を思い出し、ひどく切ない気持になった。彼は、彼女にどんな指輪を選んでやったのだろう。 (できればダイヤ以外が、いいな) もう二度と会うことはないであろう彼の背にしがみつき、喘ぎながら、そう思った。 → |