ユニバーサル・ノミムシ | ナノ

白うさぎ臨也と黒うさぎ臨也






 誰かこの状況を俺が理解できる日本語で説明しろ。

 平和島静雄が今もっとも主張したいことはその一言に尽きるだろう。なにせ今この瞬間に静雄が置かれている状況ときたら、非常識がバーテン服を着て煙草を吸っているような存在である静雄を怯えさせるに十分な異質さを備えているのだから。
 現在、静雄の右腕には「ねえってばぁ、シズちゃん! そんなのほっといて俺と遊ぼ? ね? ねー?」と可愛らしく甘える臨也――うさぎの耳(白)及びうさぎの尻尾(白)付き――の両手が絡みついており、左腕の方はといえば「俺の顔と声でそう馬鹿みたいな発言ばかり繰り返すのはやめてくれないかな」とブリザードのごとき冷やかな表情を浮かべている臨也――うさぎの耳(黒)及びうさぎの尻尾(黒)付き――がナイフを突き立てている。白うさぎの方はともかく、黒うさぎの静雄への攻撃は完全なる八つ当たりではないだろうか。マジで勘弁してくれ。
「……とりあえず、離れろよ」
 ずきずき痛んできた頭を片手で覆い、静雄は深々と溜め息をついた。静雄が暮らすこの池袋という街は、首のない妖精だの妖刀だのと、とかく非日常には事欠かない。とはいえ俺を巻き込んでくれなくてもいいのに。静雄は心から嘆いていた。
「なんで。俺シズちゃんから離れたくないよ」
 紅茶を煮詰めたような色をした瞳をうるうると潤ませ、白い臨也が静雄の腕をぎゅうぎゅうと抱きしめる。静雄は言葉に詰まった。可愛いなどと、そんな、断じて。
「ムッツリ野郎。鼻の下伸びてるよ」
 心底馬鹿にしたような、ほの暗い海の底から届いたような、ぞわりとした不快感を煽る声だった。発信者は悩むまでもなく黒い臨也である。普段の臨也からへらへらとふざけた印象を全部そぎ落としたかのような鋭利なまなざしに、静雄の苛立ちにはすぐに火がともる。
「ああ゛!? 手前、臨也ぁ……もう一回言ってみやがれ!」
「ああ何度でも言ってあげるさ。このムッツリ童貞野郎、鼻の下が地面に届きそうだよ」
「さっきより文句が増えてんぞ? ええ? 臨也くんよォ……? 大体なあ、俺が童貞じゃねえことは手前がいっちばん、よーく、ふかーく知ってんだろうが。あ?」
 びきびきと額に浮かぶ青筋を自覚しながら左側にいる黒い方の臨也に詰め寄る。すぐさま臨戦態勢に入った黒い臨也へと笑みを向けながら右腕を伸ばし――たはずだった。
「俺のこと忘れないでよ、シズちゃん……」
 甘えて掠れた声が、静雄の鼓膜を打ち鳴らす。ベッドの上でも滅多に聞けない砂糖菓子のごとき声に誘われるように、静雄は振り上げる予定だった右腕に視線を向けた。そこに絡みつき、引きとめるように抱く細い腕。赤いくちびる。
「そっちの俺とばっか喋って、ずるい」
 ぶすっとくちびるを尖らせてふわふわの白い耳を揺らしている臨也は、己はわがままを貫くことが許される存在だということを多分に自覚し、その通りに振る舞っていた。これはまた別の意味で厄介だ。静雄は腕に込めていた力を抜き、息を吐いた。
 静雄は己のことをこの世で一番の愚か者だと思っている。
 この馬鹿げた膂力はもちろんのこと、我慢の利かない脆弱な精神を挙げてみても賢しいとは決して言えない。けれど、そんな池袋では周知の事実となってしまっていることだけではなく、誰にも言えない恥部だと思っているところ、静雄の心の奥深くに仕舞いこまれているたった一つの秘密故に、静雄は己をこの世で一番の愚か者だと思っているのだ。
 嘆息をこらえ、静雄は己の右側に視線をやる。
「シズちゃん、あそぼ?」
 にこにこと微笑み、誘うように静雄のくちびるに触れる細い指。甘ったるくとろけた表情は見慣れないけれど、決して初見というわけではない。
 頭痛をおして、静雄は己の左側に視線をやる。
「なに? 気持ち悪いからこっち見ないで」
 心底嫌そうに顔を歪め、汚物を払うような仕草で静雄から距離をとろうとする細い腕。今すぐ殺してやろうかと思うくらいにムカつく表情は見慣れているけれど、ここまで冷たいばかりのものは初めてだった。
 静雄は己のことをこの世で一番の愚か者だと思っている。
 誰にも言えない秘密だと恥じながら、それでも臨也に手を伸ばすことを終わりにはできなかった。今日こそは、明日こそは、そう思いながら幾度夜を二人で過ごしたことだろう。ベッドの上で跳ねる臨也の身体は美しく、理性を飛ばしたときに垣間見れる表情は思いのほか愛らしかった。最近ではとても恐ろしいことに、これが恋慕というものかもしれないとすら思い始めていたところだ。
 臨也の肌はひんやりと冷たくて、行き場のない静雄の熱を触れたところから奪ってくれた。静雄の熱がじわじわと臨也へ移っていくのを、肌で直に感じるのが好きだった。唾液に濡れる臨也のくちびるは赤く卑猥で、キスをしたいと思ったことは数知れない。過ぎた快楽に泣き出した臨也になら許されるかもしれないと寄せたくちびるを、何度噛みしめて思いとどまったことだろう。
 愛してくれるなら誰でもいいと吐き出したのが静雄の罪ならば、それを抱きしめて身体を預けたのは臨也の罪だ。今は口が裂けてもそんなことは言えそうにない。愛してほしいと思うのは、たぶん、もう臨也だけだった。
「臨也」
 どちらを呼ぼうと思ったのか、自分でもよくわからない。けれどその呼びかけに反応したのは白い方だけで、黒い方ときたらピクリと肩を動かしたきりでこちらを見ようともしてくれない。じわじわと傷ついている自分がたまらなく恥ずかしくて、嫌だった。
「臨也……」
 今度ははっきりと、黒い方の臨也へと声をかける。夜の闇を思わせる滑らかな黒髪から生えている耳が動いたような気がしたが、それを確認することはできなかった。右の膝に覚えのある重みがのしかかっている。こちらを振り返ることなく、黒い臨也はそっと静雄から離れようとしていた。知らず引き留めようとした腕に、またしても細い指がからみつく。
「シズちゃん、こっち」
 甘ったるい毒を孕んだ声で自分の名前を優しく形作られることが、これほどまでに強烈な刺激を生むとは知らなかった。すっかり静雄から離れてしまった黒い尻尾ばかりを追っていた目を、右側に向ける。
「そう。こっち見て。俺のこと、見て」
 静雄によりかかり、潤んだ瞳で見つめてくる。実に手の込んだ罠だ。そんなことは百も承知なのに、静雄はいつも騙される。この距離で見つめ合う臨也の顔は普段の彼よりも少し幼く見えて、静雄は手をのばさずにはいられなかった。片想いの相手にこんなことをされて我慢できるほど、静雄は聖人ではないし枯れてもいない。
「ん、シズちゃん……」
 引き寄せて首筋に鼻を埋めると、甘ったるい独特の香りがぶわっと肺に流れ込んできた。これをかぐと、いつも頭が臨也のことでいっぱいになってしまう。どこにいても、何をしていても、臨也のことしか考えられなくなるのだ。追いかけて、捕まえて、閉じ込めて、自分だけのものにしてしまいたくなる。
「触ってもいいよ、シズちゃん動物好きでしょ」
 ん、と頭を下げているのは、多分「耳を触らせてやる」ということなのだろう。それは綺麗に無視して、静雄は腰のあたりをまさぐった。
「あ、ん」
「じゃあ、遠慮なく触らせてもらうな」
「いいって言ったの、そこじゃないのに」
 臨也の頭から生えているうさぎの耳が揺れた。声をおさえるためだろうか、細い指にはくちびるが吸いついている。必要以上に声をあげるのを嫌う臨也が、普段からよくしている行動だった。臨也がそうやって我慢するのが少し気に食わない自分は、やっぱり臨也のことが好きなのだろう。救えない、愚か者だ。
「あっ、あ、シズちゃん…」
 白くて丸い尻尾を揉むたびに、臨也の口からは喘ぎが零れ落ちる。特に付け根が気持ちいいらしく、布の切れ目から覗く皮膚と尻尾の境目を指でやわやわと撫でると、臨也はことさら背をのけぞらせて悶えていた。
「臨也…可愛い……臨也」
「っ、あ、きもち、いい」
「そうやって、いつも素直でいてくれりゃ…俺だって……臨也」
「俺だって、なに? ふふっ」
 死ぬほど可愛い、と思う。惚れた欲目抜きにしても、臨也は可愛い。いつもよりも素直で甘え上手な臨也だから、特に可愛く見えるのかもしれない。じゃあ、それならあっちはどうなのだろう?
 可愛らしい声をあげて震える白い尻尾の臨也を抱きかかえたまま、ちらりと視線を向けたのは、ほんの好奇心だった。
「……臨也?」
 我が目を疑った。さっきまではそのプライドを象徴するかのようにピンと立っていたはずの耳はすっかりたれ下がり、形よく揃えられた爪はかきむしらんばかりの勢いで畳をひっかいている。畳が傷むじゃねえかと怒鳴る気になど、とてもなれはしなかった。
 腕の中にいる臨也が、「ねえねえ」と続きをねだるように腰をくねらせてくる。ああ、と生返事をした途端、臨也の黒い耳がピクピクと揺れ、細い指にまた力がこめられた。静雄の視線に気づいたのか、黒い方の臨也が顔を少し傾ける。見えた横顔は散々だった。くちびるはへの字だし眉はつりあがってるし頬は赤い。いつになく不細工なその顔に、心拍数が跳ね上がる自分はもう末期なのだろう。
「い、いざや」
 いてもたってもいられなくなり、甘えてくる白い耳の臨也をできるだけ優しく畳の上におろした。ぶーぶーと文句を言う臨也の宥めつつも、心はすでに膝を抱えて拗ねている黒い耳へと向いている。これは浮気か? 浮気じゃねえよな? そんなどうでもいいことを思いながら、静雄は丸まった背中へとにじり寄った。
「臨也、おい」
「……こっち来んなよ。素直で可愛い俺はあっちだ。そういうのが好きなんだろ……君はさ」
 立てた膝に顔を埋めたままそんなことを言われて、誰が「はいそうなんですじゃあさようなら」なんて返せるんだ。いつもの臨也なら、そんなことは死んでも言わない。そんな、嫉妬してます、なんて態度はとらない。絶対に。
「臨也くんよォ……手前、妬いてんのか?」
「俺が? あんな馬鹿面した自分に? ……馬鹿じゃないの」
「ふーん」
 にやにやと口元が緩んでいるのが自分でもわかる。そんな趣味はないと思っていたのに、相手が臨也だというだけでいじめたくて泣かせたくてたまらなくなるのは静雄の悪い癖だ。
「っ、ん」
 つつ、と静雄の指が臨也の黒い尻尾を撫でた。びくっと震えた細い身体を抱き込んで、さっきまで白い尻尾にしていた愛撫をさっきよりも執拗に加えていく。たれ下がっていた耳はいつの間にかピンと立っていて、目は本物のうさぎのように赤くなっていた。
「かわいい、臨也…」
「う、うそつき、」
「嘘じゃねえよ、拗ねてる手前すげえ可愛かった」
「ひゃ、あん」
 白い臨也が気持ちよさそうにしていたところを指で揉みしだくと、黒い耳を震わせて臨也が喘ぐ。指が口元にいきそうだったのを見逃さずに捕まえて阻止した静雄を、潤んだ瞳で睨みつけるのは逆効果だと早く気づくべきだと思う。
「いざや、臨也」
「ぅ、ぁ、あ…っ」
「可愛い、なあ、手前は俺のだろ? 俺の、だよな…?」
 いやいやと首を横に振るのが可愛い。
 目を潤ませているのが可愛い。
 声出すの我慢なんかすんなよ、可愛い、可愛い、可愛い。
「臨也…っ」
 唾液で濡れたくちびるが無性にいやらしく見えて、かぶりつきたい衝動を抑えきれなかった。薄く開いたそこから見える赤い舌――ああ、もう、だめだ。キスしたい。
「…っ? シズちゃ…」
 真っ黒で手触りのいい髪を掴み、強引に顔を上向かせる。こちらの意図に気づいたらしい臨也は、耳を立てて慌てふためきながら腕を伸ばして突っぱねようとしてきたが、そんな抵抗はあってないようなものだ。少なくとも、静雄にとっては。
 薄くて形のいいくちびるは、いつだって静雄を怒らせることしか吐き出さない。ならずっと塞いでおけばいい。どうしてそんな簡単なことに気づかなかったのだろう。毛に覆われていない方の耳を揉みしだきながら、静雄は目的を遂行するためにぐっと顔を寄せる。まつ毛の震えまで見えそうなその距離で、静雄は臨也のくちびるにキスを――する予定だった。
「はい、そこまでー」
 愛らしい弾んだ声とは裏腹に、静雄の口を覆う手は力強い。背中にぴとりと張りついている薄い腹を殴り飛ばしてやりたい衝動と戦いながら、静雄は首を後ろに向けた。天使のような微笑みを浮かべる臨也の白い耳は、片方だけがピンと立っている。
「そういうのはさーちゃんと俺にしてあげなきゃね」
 だから今手前にしようとしてただろうが! ともごもご訴える静雄を見つめる表情は相変わらず愛らしいことこの上ないが、その笑みがどこかうすら寒いのも気のせいではないだろう。ああやはりこれも臨也なのだと、今この瞬間に実感している。
「君は……俺がもっと素直でいてくれたらって言っていたけど、」
 それまで静雄の腕の中で黙りこくっていたはずの臨也が、唐突に口を開いた。今度はそちらに目を向ける。立てていたはずの耳は、またたれ下がっていた。表情も明るくはない。どうやら黒い方の臨也は、感情の変化が耳の状態にダイレクトに影響するようだった。どちらかというと白い方がずっと強かで油断ならない気がする。特に根拠のない勘でしかないが、あいにく静雄の勘はよく当たるのだ。折原臨也に関しては、特に。
「俺だって、君がいつもこんな風に優しかったら、……俺だって……」
 長いまつげを伏せて、臨也はくちびるを噛む。やっぱりそこにキスしたくて顔を近づけたが、白い臨也が手を離してくれないので目的は達成できそうになかった。
 臨也、視線だけでそう呼ぶ。背中に張りついている体はより密着し、腕の中にいる体はそっと体重を預けてきた。二人の臨也の体温はいつもと同じで少し低くて、触れたところから静雄の熱を、言葉を、感情を、すべてを奪っていく。鼓動まで聞こえそうなこの距離を、心地よく思うのが自分だけでなければいいのに。
「シズちゃん」
 二つのよく似た声が重なった。こうしているだけでも伝わるものがあると知っていたのに、無駄な言葉の応酬ばかりを選んでずいぶんと遠回りをしてきた自覚はある。でも仕方がない、それが自分と臨也にできる付き合い方だ。優しいばかりの触れ方はきっとできない、でも真実この男を愛している。誰よりも、何よりも、ただ愛している。
 体中で暴れまわる想いを吐きだすために、口を覆うてのひらにくちびるをそっと寄せた。引っ張っても離れなかった手が、驚いたように離れていく。静雄の肩に手を置いて身を乗り出してきた臨也の顔はほんのりと赤く染まっていた。へにゃりとたれさがっている耳が愛しくてそこにもキスをすると、こちらを向けと言わんばかりに頬を挟んで引き戻される。ぶすくれた顔も死ぬほど可愛いとか、ありえねえ。
「臨也、キスしていいか?」
「だめ。そっちとすんのもだめ。キスは、俺としかだめ」
 すり、と臨也が胸にすり寄ってくる。甘えられるのはどうにもくすぐったい。首に当たる黒いふわふわの耳もくすぐったいし、頬に当たる白いもふもふの耳もくすぐったい。
 白い臨也の言葉を思い出す。確かに静雄は動物が好きだ。こんな風に静雄に懐いてくれるのは独尊丸か臨也うさぎくらいなものだろう。くすぐったいもふもふも、ふわふわも、大層魅力的で可愛らしい。けど、一番くすぐったくて可愛いのはあの小憎たらしいいつものノミ蟲臨也だ。そんな風に思う己を、静雄はやっぱりこの世で一番の愚か者だと思っている。
「シズちゃん」
「好きだよ」
 遠のく意識の向こうで、確かにそんな声を聞いた気がした。






 見覚えのありすぎる天井だ。目を開けた静雄は、何よりもまずそう思った。
 なんだかとても妙な夢を見た。臨也が二つに分裂して、おまけにうさぎの耳やら尻尾をつけているなどありえなさすぎて笑ってしまう。こうして目覚めた今なら「ああ夢だったのか」と思えるのだが、夢の中ではすんなりと現実として受け入れてしまうから不思議だ。もしかして、自分は心の奥底であんな臨也を求めているのだろうか? うさぎの耳と尻尾をつけて、甘えたりツンツンしたり、でも最後には結局デレたりする臨也が欲しいのだろうか? ……当たらずとも遠からずな気はする。
 本心を言わない臨也に焦れているのはいつものことだ。恋とは人を欲張りにするものだ。セックスだけでは満足できなくなってしまった静雄にとっても、それはしっかりと当てはまっている。夢の終わりに聞いた言葉を、臨也の口から聞きたかった。好きだと、言ってほしい。
「う……ん……っ……んん、ん……っ」
 ふと、隣から呻き声が聞こえた。ぎょっとして布団をめくり、目に飛び込んできた黒髪にまたぎょっとした。そういえば帰るなと引きとめて強引にベッドに連れ込み、そのまま一緒に眠った気がする。強烈な夢のせいですっかり忘れていた。
 寝返りを打ち、こちらの方を向いた臨也の顔は険しい。眉根を寄せ、くちびるを引き結んでいる。おかしな夢でも見ているのだろうか。少し心配になって肩を優しく揺さぶる自分がまだ先ほどの夢に引きずられていることを、静雄は自覚していない。だから、目を開いた臨也にほっと安心しきった笑みを向けたり、優しく抱きしめて「大丈夫か? 変な夢でも見たのか?」などと甘ったるい声で問いかけることができるのだ。セックスの最中ですら「これが終わったら俺は殺されるんだろうか」と考えている臨也が、そんな静雄の行動にどれほど困惑しているかなど気づきもしないで。
「し、シズちゃん……? どうしたの……変、だよ」
「あ? なんか言ったか?」
「……もしかして、まだ夢の続きなんだろうか……」
「だから、聞こえねえって。今なんつった?」
 ぼそぼそと呟いてばかりの臨也の口元に耳を寄せる。途端に引き寄せられて、抱きつかれて、硬直する以外には特に何もできなかった。そんな静雄の耳元に、今度は臨也の方が口を寄せる。
「シズちゃん……もっと抱きしめて、さっきみたいに」
「さ、さっき?」
「耳も尻尾もないけど、こんなに優しいシズちゃんなんて夢に決まってる」
「み、み……? 尻尾……?」
 いやいやそりゃ手前の方だろうがと言いかけて、やめた。臨也の目はどこまでも真剣で、熱に浮かされたように潤んでいる。さっきまで見ていた夢の中の臨也よりも、やっぱりこの臨也の方がずっと可愛くて、静雄をくすぐったい気持ちにさせる。
「臨也、キスしていいか?」
 夢の中では承諾してもらえなかった言葉を、静雄はもう一度口にした。
「……さっきはシズちゃんの方がだめって言ったのに」
 目を丸くしてそう言ったあと、臨也はだらしない笑みを浮かべる。また下半身が熱くなるのを感じながら、静雄も笑った。同じような夢を、見ていたのかもしれない。臨也の夢の中では自分が二つに分裂して、うさぎの耳としっぽをつけて、臨也を抱きしめ、キスをねだられたのだろうか? 少々……いやかなり腹は立つが、未遂だったのだから怒鳴るまい。あとできっちり鳴かせるだけだ。
「臨也、キス……すっげえ、してぇんだけど」
 尻尾があったはずの場所を指で撫で、自分でも気色悪いと思うくらいの甘ったるい声でねだる。とろんととろけた顔で笑い「いいよ」と頷いた臨也のくちびるにかぶりついて、夢中でキスを繰り返した。たれさがったうさぎに耳を想像しながらきつく舌を吸う静雄はまだ知らない。静雄が見た夢の内容で、案外嫉妬深かったらしい臨也と初めての痴話喧嘩を繰り広げることになる少し先の未来を。


20121104

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