平和島静雄という男のそれに興味があったのは紛れもない事実だ。そんなことに命をかけるというのも馬鹿馬鹿しいが、 これは人類にとって大きな一歩である。 「はあ? 昨日のおかず? 昨日はマックでチーズバーガー食いましたけど……?」 きょとんと首を傾げる金髪の男に静かに首を振る。聞きたいのはそんなことではない。どうやらうまく意味が伝わっていなかったようなので、再度わかりやすく、よりあからさまな言葉を投げかけてみることにした。 「え……? ああ、はいはい、そっちの……へ、……えっ!?」 途端に耳まで赤くして、池袋ではその名を知らぬ者のない男はぐっとくちびるを噛んでいた。サングラスの奥に隠れている瞳はうろたえていて、年よりも少し幼く見えるのが不思議だ。 「……んなこと聞いてどうするんすか?」 困惑しきった彼を宥めるためにことさら優しい声を出すよう神経を集中させる。すぐに怒って手がつけられなくなるのだが、やはり女性相手に無茶はしないらしい。ほっと胸を撫で下ろし、質問に対する答えを迫ると、彼はわたわたと両手を振ってみせる。 「や、いや、そういうことって人に言うもんじゃねえと思うんで……!」 なんとも強情な化物だ。 しかしここで退くわけにはいかない。ヘッドセットを押さえる手に力を込めなおしなおも食い下がる。しつこさには自信があった。今現在困惑顔を晒している平和島静雄に負けないくらいに。 「いや、でも……ええっと……そんなん聞いても楽しくねえと思う……後悔するんじゃねえかな」 相変わらず赤い顔をポリポリとかきながら、彼は視線だけをこちらに残したままそっぽを向いてしまった。そんなことはない、どうしても知りたい、お願いします、言葉を変え、言い方を変え、何度も懇願した。 「……後で文句言っても知らねえぞ」 そうこうしているうちに勝ち取った溜め息混じりに受け取った一言に、諸手を挙げて喜びたくなったのを必死に堪える。人の目がないとは言え、襟は正しておくべきだろう。 「えっと……あー……好きなやつのこと、考えてる」 なるほど、普通だ。 好きな相手のどんなところを想像しながら抜くのか、もっと聞かせてほしい。何かもっとおもしろいことを聞かせてほしかった。 「前に見たことある苦しそうな顔とか引っ張り出して、もっとエロい感じに変換して、声思い出しながらいやらしいこと言わせたり……舐めてもらってるの想像したり……」 ……男子中学生か……というツッコミは全理性を総動員させて我慢した。 最強の呼び声も高い男の自慰は、思ったよりも可愛らしいものらしい。赤い顔で口ごもる彼を見ていると、なんだか急にすべての興味が失せてきてつまらなくなってしまった。もう適当に切り上げようとしたものの、不意に続いた彼の声がそれを許さない。 「頭の中でなら俺の好きにできるから、それが可愛くてたまんねえ。ついめちゃくちゃにしちまうんだ」 うっとりとした、王子様の来訪を夢見る少女のような声だった。どこかぞっとするそれから耳を背けられないでいると、彼の声はますます不気味なまろみを帯びてゆく。 「コート脱がせて縛ると、すげえ怯えた顔すんだよな。あーあとちょっとで殺せるなあって時に何回か見たことある顔で、死ぬほど興奮する。ゆっくりシャツ脱がせんのもいいけど、破ったら声詰まらせて目ぇ見開くからそっちも捨てがたいっつーか……前扱いてやったら可愛い声出すのに後ろに指入れたら泣くのもいいよな。すげえ可愛い」 先ほどまで頬を染めて舌をもつれさせていた男はどこにいったのだろうか。表情はどこまでも穏やかなのに、その目だけはギラギラと輝いている。まるで獣だ――対峙するたびに思うことを、レンズを通して改めて実感させられている。 「そういうこと考えながら抜いてんだけどよぉ……正直、もう限界なんだよなぁ……」 静雄の顔が近づいてきた。少し屈んで視線を合わせられる。その顔はやはり穏やかな笑みを浮かべているものの、今までにみたどんな表情よりもずっと恐ろしくて、同時にひどく美しかった。 「だからよぉ、いーざやくんよォ……今から手前をとっ捕まえて、頭の中でやってたこと全部やってやろうと思うんだが協力するよなぁ?」 ケツ洗っていい子で待ってな――下世話な言葉とノイズと破壊音を最後に、ヘッドホンからは何も聞こえなくなってしまった。どうやら盗聴器を壊されたらしい。モニターに映る忌々しい顔に舌打ちをしながら電源を落とし、爪を噛む。 「いつから気づいてたんだ……化物が」 華麗なるインタビューごっこが失敗に終わった悔しさと、静雄の頭の中でオモチャにされていたという屈辱が臨也の背筋を這い上る。だがそれだけではない、身の内を暴れる感情はもう一つあった。 「……めちゃくちゃ……めちゃくちゃ……ねえ……?」 ほんの少しの期待が首をもたげ始めていることを恥じつつ、臨也は待つべきか逃げるべきかを考えることにした。 池袋のモンスターがやってくるまで、後――、 20120721 --- 臨也は信者の女の子にカメラとか盗聴器とかイヤホンとか仕込んで指示を送りつつ静雄さんの反応をみるというロン○ン○ーツ的なことをやってました。 |