Vanilla | ナノ

ちょっとだけドラマCD『諸行無常』のネタバレありです。







 あれの本性を正しく理解しているのは己だけだ。サンシャイン60通りの入り口、ミルキーウェイから外を見下ろしながら、折原臨也はそう思った。
(女子供には優しい? 笑わせるね、臆病者。自分よりも明らかに劣っている人間に手を出すのが怖いだけだろ)
 機嫌悪くパフェにスプーンを突き刺す臨也を、周囲の客は遠巻きに見つめている。それに気づけないほど愚かではない臨也は、溜息をついてアイスクリームを舌に乗せた。
 甘いものはさほど好きではない。胃がずんと重たくなった気がするし、何よりいけ好かない男を思い出させる。まったくもっていただけない。けれどまったく摂取しないとなると、それはそれで寂しいものがあった。まったく忌々しい、そう思う。
 臨也にとって、甘いものは鬼門だ。いけ好かない男を思い出させる、と表現したが、よくよく考えれば思い出させるどころかそのものだ。触れれば臓腑こと気持ちがずんと重たくなるとわかっているのに、会わない日が続くと喉が渇いて仕方なった。
 真っ白な生クリームを掬い、臨也はちろりと舌を出す。乗せたクリームはやはりどこまでも甘ったるくて、舌がびりびりと痺れるような気さえする。
(……甘い)
 スプーンを置いて、頬杖をつく。交差点を渡る人々はどこまでも自分以外には無関心で、無意識な冷酷さを放っている。そんな彼らを、臨也は深く愛していた。
 折原臨也は人間が好きだ、こよなく愛している。彼らの絶望に満ちた表情、喜びに染まった表情、それらすべてを丸裸にして一つ一つつぶさに見つめるのが夢だった。ぞくぞくと背筋を這い上る高揚感、ああ生きている、俺はいま生きている。人の『中身』に触れるたび、臨也はそうしてひどく身悶えた。
 けれど、今の臨也には、そんな高揚感よりもずっと欲しいものがあった。見ているだけで心が震えるもの、身体が熱く痺れるもの。口内でぬるく溶けたクリームを、舌でくちびるに塗りたくった。
 臨也の視線は、先ほどからロッテリア前にいる男女に向けられている。より正確に言うならば、金髪とバーテン服という目立たない要素がない青年の方をじっと執拗に見つめていた。睨むという方が正しいかもしれない。
(死ね、馬鹿)
 どうせ逆ナンにでもあっているのだろう。男ならとっくに殴っているところだが、女に手を上げることなどできるはずもないから戸惑っているといったところだろうか。
 金髪の男はその名を平和島静雄という。この街、池袋で知らぬ者は少ないその男を臨也はひどく忌み嫌っていた。そして、同じだけの強さで欲してもいる。二律背反の感情に苦しむ日々が終わったわけではないが、臨也は自らのプライドをへし折ることで静雄の隣に立ち続けていた。
 積極的に迫る女に気圧されるように、静雄はどんどん後ろにさがっていく。壁があるということを忘れているのか、臨也は舌打ちしたい気持ちを堪えてぱくぱくとアイスクリームを口に運んだ。
 臨也はアイスクリームならバニラが好きだ。このシンプルさ、混じりけのない純粋なアイスの味、これこそがアイスクリームそのものだと思っている。チョコレートやストロベリーもそれはそれで美味しいのだが、やはりバニラには敵わないと思う。シンプルイズベスト、何もそれはアイスクリームに限ったことではない。
 ムカムカと燻ぶる胸の奥の熱さを自覚しながら、臨也はもくもくとパフェを消費する。眼下では相変わらず静雄が迫られていて、臨也の喉の渇きはますますひどくなった。
(何してんだよ、さっさとおいで。もう約束の時間過ぎちゃったじゃない……)
 へし折れそうなくらいにぎゅっとスプーンを握りながら、臨也は呪詛のように静雄のあだ名を繰り返し繰り返し心中で呟いた。恐る恐る女性の肩を押し戻すその手、あれがいつも自分をどのように扱うかを思い出しながら。
 舌の上に乗せたバニラアイスを味わいながら、ゆっくりと飲み込む。甘ったるくて冷たいそれは、いつも静雄が飲ませたがるものとは随分と違っている。倒錯的な行為はさほど好きではないが、静雄がしたいと言えば臨也は従うしかなかった。
 サングラスの奥の瞳は、今きっと不機嫌に歪められているのだろう。情欲に浮かされながら臨也の奥を穿つときとは少し違うその目の細め方は、臨也の背中に鮮やかな快楽を散らす。
(……シズちゃん、早く……食べ終わってしまうよ、これ)
 ちゅぷ、とスプーンを口から引き抜きながら、臨也はきゅっと眉根を寄せる。静雄に抱かれた四日前の夜を思い出すと、身体は勝手に燃えて寂しさを訴えるのだ。臨也は自分のことなど気にもせずに好き勝手に腰を振る静雄の背に爪を立てるのが好きだった。
 静雄は臨也が知る中で最も横暴で傲慢で身勝手で理不尽な最低の男だ。だが、それらすべてを凌駕するほどに魅力的な男でもある。臨也がいまだに静雄への執着を絶ち切れていないのがその証拠だ。高校時代からずっと、金色の髪をした化物に魅せられて望んで人柱になったままなのだ。
 セックスをするようになってから、静雄は以前よりもずっと臨也を好き勝手に扱うようになった。気まぐれに与えられる愛の言葉に、臨也は吐き気がするほど興奮を覚えていた。そんな臨也を知ってか知らずか、奥を突きながら好きだ臨也と囁く静雄を殺してやりたいと思っている。
(君を愛してる。君を殺したい。俺は君と二人で不幸になりたい。ヴァルハラなら二人きりになれるだろうか、ねえ、シズちゃん)
 喉にからみつくチョコレートソースを飲み下しながら、臨也はじぃっと静雄を見つめ続ける。そのとき、ふと静雄の顔が臨也の方を向いた。
(あ)
 呆けたような顔をしたのは一瞬で、すぐに獲物を見つけた肉食獣のような顔つきになる。それに怯えたのか、先ほどまで静雄に執拗に絡んでいた女性が一歩後ろに下がった。その隙を見逃す静雄ではない、長い足が地面を蹴る。
 視線をこちらに向けたまま、静雄はにやりと口角を上げた。ぞくぞくと背筋を電流が駆け抜ける。臨也はスプーンでバニラアイスを掬い、それを口に運んだ。
 静雄のものを舐めているときのことを思い出しながら、ねっとりとスプーンをねぶって口から引き抜く。静雄の視線が外れていないことを確認しながら、口を開いて溶けそうなバニラアイスを広げた舌を見せた。
 蠢く舌を見た途端、どこかぽかんとしていた静雄の表情が急激に引き締まった。ほくそ笑む臨也から顔を背け、静雄はポケットに手を突っ込んで止めたままだった足を動かす。こちらに向かっていると確信した臨也は、笑って伝票を手にした。
 席を立ちながら、随分と乱雑に扱ってしまったパフェを振り返る。可愛らしかったデコレーションなど、もう見る影もなかった。
(早く俺もぐちゃぐちゃにされたい……)
 ぶるっと肩を震わせて、臨也はレジに向かった。清算をすませていると、ちょうど入口の螺旋階段をのぼってきた静雄と目が合った。怒っているようなその表情の意味を、臨也は知っている。知っているからこそドアを開けて静雄に飛び付き、その耳元で囁いた。
「シズちゃん、俺のこともどろどろのぐちゃぐちゃにして」
「手前は何わけわかんねーこと言ってんだ」
「待ちくたびれたんだよ……」
 甘えるようにそう言って、臨也は静雄のくちびるに噛みついた。静雄の舌による蹂躙に甘んじながら、その背中にしがみつく。早く裸になったここに爪を立てたい、丸裸の本能でぐちゃぐちゃに犯されたい、そんなことばかりを考えている。
「甘ぇ……」
「クセになりそう?」
「ああ。もっかい食わせろ」
「お好きにどうぞ」
 すべてを明け渡し、征服される喜びに身もだえる。どこまでも甘美で純粋なこの感情が、臨也は好きだった。
(俺はとっくにクセになってるよ)
 舌の上でバニラの味が弾けた。


20120610

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