01/01 08:34 「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」 「うるせえ!」 新年の挨拶よりも先に轟いた臨也の叫び声にイラッとして、つい頭を殴ってしまった。が、臨也はそれどころではないらしく、顔を青くしてわなわなとくちびるを震わせていた。 ところどころにムカつく言葉を挟みつつも「新年明けましておめでとうございます」の挨拶を、臨也は欠かしたことがない。そんだけびっくりしたんだろう。まあ、そりゃそうか、 「な、なん、なんで、俺素っ裸なんですかね……?」 だもんな。 「あ?覚えてねえのか?」 「う、うっすらとしか……え、でも、待って。おかしい、シズちゃんと俺がこんな……そんなはずは……」 「おかしくねえよ、なーんもおかしくねえ」 一年に一度しか使われない布団は、色んなものでぐちゃぐちゃになっている。俺の目線を追っかけて布団を見た臨也は、さらに顔を青くしてさっと目を逸らした。 「そんなはずないそんなはずないそんなはずはない」 「あるんだよ。今手前がマッパなのもケツかばってんのも首にキスマークつけまくってんのもそういうことだ」 「信じられない……酔って前後不覚の人間になんてことを。見損なったよ、いやそもそも君って俺の中で底辺だけど、むしろ穴抉ってさらに低い位置にいったからな。死ねよクソ野郎!」 「いいっつったじゃねえか、手前」 ぎゃんぎゃんうるせえ口を手で塞いで、去年から今年にかけて好き勝手にした身体を抱え上げる。暴れる臨也をそのまま風呂場まで担いで行って、溜めてた湯の中に放り込んだ。 「ぶはっ」 ずぶ濡れになって湯から顔を出した臨也に、にぃっと笑みを向けながら口を開く。 「明けましておめでとう、ノミ蟲くん」 「……明けましておめでとう、早く死んで」 殺意しかない目がたまんねえ。昨日のとろんとしたやつも悪くはねえが、うん、やっぱり俺はこれがいい。 01/01 09:59 「おいノミ蟲、手前いつまで籠城決め込む気だ。もっぺん布団に沈みてえのか」 コンコンコンコン風呂場のドアを叩いても、返事はない。溜め息ついたらガン!とドアを蹴り返されるので生きてはいるらしい。 「雑煮できてんぞ」 「……」 「おせちももう出してんだからな。手前が食いてえっつったんだろ」 「……」 「今年はよぉ……鯛のお頭なしもあんだけどなあ……?」 「ぶっ」 扉の向こうで、臨也が笑った。それにどことなくホッとしてしまうのは、やっぱり惚れてるからなんだろうな。 01/01 10:31 「あ。そっか手前服持ってきてなかったのか……買ってきてやろうか?」 「いや、いいよ……あんまり話しかけないでくれないか。あと、優しいの気持ち悪いです……」 臨也は昨日と同じ服を着て、俺から十分に距離を取って座った。そんなに警戒することはねえだろうと思ったが、まあいい。 「ほれ、雑煮。祝い箸はそこな」 「ん……あのさあ、シズちゃん」 「あ?」 「君、なんでそんな普通なわけ?」 ずずっと雑煮をすすった臨也が、ほうと息を吐く。純粋な疑問に満ちたその目を見返しながら、俺も同じように雑煮をすすった。うん、去年よりも美味い気がする。 「ずーっと想像してたからじゃねえの。むしろ頭ん中でやってたことの方がやばかったな」 「そ、っげほっ、想像って、げほっ、」 「きったねえな、喋るか噎せるかどっちかにしろよ」 「お前のせいだろうが!」 いきなりキレた臨也が雑煮を俺にぶつけたきたので、新年一発目の大乱闘が始まることになった。 01/01 11:51 「つ、疲れた……」 ぐったりと突っ伏している臨也に栗きんとんを取り分ける。体力のほとんどを昨日から今日にかけて使いきってるくせにつっかかってくるからだ。アホ蟲め。 「君がむっつりスケベだってことは、よーくわかったよ……」 「そうか。ならとっとと食え。初詣行くぞ」 「もうそんな気分じゃないし……も、マジ帰る……やっぱ昨日帰ればよかったんだ……」 ぶつぶつ言いだした臨也をじろりと睨んで、そういやうやむやにされたままだったことを思い出して口を開いてみた。 「おい、手前、昨日なんでなかなか来なかった。しかもすぐ帰るつもりだったってどういうことだ?あ?」 「もういいじゃない、去年の話はさあ……」 「先に去年の話でグダグダ抜かしやがったのはそっちだろうがよ」 「それは……だって……」 箸で栗きんとんをぐりぐりつつきながら、臨也は言いあぐねているようだった。行儀の悪さを指摘するつもりでじぃっと見ていたのだが、どうやらやつは何かを勘違いしたらしく、「そ、そんなに見ないでくれないか……」と顔を赤らめていた。また布団に連れ込むぞ、クソが。 01/01 13:38 「シズちゃん、そろそろ年賀状きてるんじゃないの……」 いつまで経っても理由を吐きやがらねえ臨也に迫っていたが、そう言われてそれもそうだと思い、玄関へと足を向ける。あからさまにほっとした溜め息は聞こえなかったことにする。 ひょいっとポストを開けると、何枚かの年賀状が入れられていた。そういや辰年だったか、達筆な門田の年賀状で踊る龍はめちゃくちゃ迫力があった。 差出人の名前を見ながら居間に戻ると、臨也が身支度整えていたのでとりあえず扉の前に座る。帰さねえっつってんだろ、しつけえな。 「手前の分も来てんぞ」 そう言って新羅からの年賀状を渡すと、臨也はひどく不機嫌そうな顔になった。二年前から、新羅からの臨也への年賀状は、何故かいつも俺の家に届く。 「……あいつ……今年はシズちゃんち行かないって言っておいたのに」 怒るとこ、そこか?呆れながら年賀状を見ていると、みみずがのたうちまわってリンボーダンスしてるみてえな絵が描かれてるやつがあった。これは、辰、か?ちょっとあれだが、後輩からの年賀状ってやっぱいいもんだ。 「うれしそうだね」 どこか刺々しい気がしなくもねえ声に顔を上げると、臨也が無表情で俺の手の中にある年賀状を見ていた。 「年賀状見てにやけるくらいなら、さっさと会いに行けば。俺とこんなことしてないでさ」 「別に、仕事始まりゃ会えるんだし。急ぐもんでもねえだろ……好きなやつほったらかしにしたくねえし」 「うん?だから早く行ってあげたら?」 「どこにだよ。手前、そんなに帰りてえのか?だめだ、絶対逃がさねえぞ……」 「君はさっきからなに言ってるんだ?それじゃあ、まるで、」 そこで、臨也が一度言葉を切った。困惑に濡れた目が、俺を見ている。俺だけを。 「俺のこと、好きみたいだ」 その目に期待が隠れているような気がするのは、俺がそうあってほしいと願いすぎているからだろうか。もうずっと、何年も何年も、神社で願うのはたったの一つだけだった。 「……そうだって言ったら、手前はどうすんだ?逃げるか?殺すか?それとも、」 そっと指を伸ばして、昨日散々ぼろぼろにしてやった首に触れる。ようやくだ、ようやく、我慢が報われる日がきた。 「俺のもんになってくれるのか?」 臨也の顔は真っ赤だ。黒いコートと相まって、あーこりゃあれだな、黒豆とちょろぎ。クソ可愛いな、手前。 01/01 14:01 「や、やだって……」 「なんで。キスだけだっつってんだろ」 ちゅ、ちゅ、と臨也の耳にキスしながらそう言うと、震える指でシャツを掴まれた。縋りつかれてるみたいで、たまんねえなと思う。 「嫌か?」 「……っ」 こくこくと首を縦に振られて、傷つかないわけじゃねえ。なので、交換条件を出すことにした。 「なら、すぐ帰るつもりだった理由言えよ」 「そ、それもやだ……っ」 「ならこのまま……夜通し手前にしたこともっかいすんぞ」 「ひ、」 ぱくりと耳たぶを食べてそう言うと、臨也はぶんぶん首を横に振る。ならとっとと言えよと耳たぶを齧る力を少し強くすると、臨也は少し高い声を上げた。あれだ、腰にくる声。クソが……わかっててやってんじゃねえの、こいつ。 「だ、だって……シズちゃん、が」 「あ?俺がなんだ?」 「っ、み、耳、離してくれないかな……?」 「嫌だ」 「クソ野郎……あ、ま、待って、言う、言うから……」 がぶっと噛みついてやろうという気配を感じ取ったのか、臨也が焦ったように声を荒げた。乱れた息で色々思い出してしまうが、まあ俺もまだ若いってことだ。 「クリスマスに、見たんだ」 「……は?」 思ってもみなかった単語が飛び出して、目を丸くするしかなかった。そんな俺を睨みつけて、臨也は続ける。 「見たんだ。君が、後輩と新年の買い物してるとこ。なかよさそうに二人で門松持っちゃってさ……微笑ましかったよ、なんかね。だから今年は気を利かせてすぐに帰ってやろうって思ったのに……なんでこうなるんだ」 「クリスマス……あ。あー……あー手前それで……あーあーあー……なるほどなあ」 「何、気持ち悪い。化物の恋愛成就なんてそうそう見れるもんじゃないでしょ。せっかく俺が心を砕いてやったのにさあ……なんだよ、俺のこと好きとか……」 ぶつくさ文句言ってる臨也は、なぜかいつもの数万倍可愛らしく見えた。自分の頭がやばいことは臨也のことを好きだってことに気づいた時点で自覚済みだったが、俺の頭はまだまだやばくなれるらしい。どうすんだ、これ手前のせいだぞ。 「俺の恋愛成就、見届けてえの?手前がうんって言えば、今すぐ見れんぞ?」 「……いや、違う、そうじゃなくて……もうこの話は今年の大晦日まで持ち越しってことで……ね?」 「大晦日までずっと抱いててくれって言ったか?」 「言ってねえ!」 喚いて暴れる臨也を押さえつけて、またキスをする。毎年臨也が買ってきてくれてた甘酒よりずっと甘くて、酔っちまいそうだと割と真剣に思った。 2011/12/31 |