A HAPPY | ナノ

A HAPPY NEW YEAR!の三年後くらいの話





12/25 14:23

ちょっと早いが、会社に飾る鏡餅やら門松やらの買い出しを終えた後のことだった。鼻を掠める甘ったるい匂いがしたので、ヴァローナと別れてふらふらと辺りを見て回る。
すっかり癖になっているこの一連の流れを少し恥ずかしく思うが、それでもやめられないのだからもう仕方がない。
今日はクリスマスだ。人ラブだのなんだの電波受信したとしか思えねえことばっか言ってやがるノミ蟲が街に繰り出していたとして、何ら不思議はない。
「あー……どこにいやがんだ?いーざやくんよォ……」
東に西に南に北へ――池袋中を駆けずり回ったが、結局見つけられないまま匂いはしなくなってしまった。
おかしい、あいつを見つけることに関しちゃ俺の右に出るやつなんていねえのに……いや、別に会いたいわけじゃねえ、ここ重要だ。
「……帰るか」
まあいい。俺にとって重要なのはクリスマスじゃねえ、大晦日と元旦だからな。







12/31 12:33

「……遅え……」
イライラと無駄に煙草を消費しながら絞り出した声は、我ながらドスが利きすぎていたと思う。
遅い、遅すぎる。いつもならとっくに俺んちのこたつに入ってる時間だ。時計を確認して、またイライラに襲われた。
布団も干したし、重箱も綺麗に洗った。あとはあいつの来訪を待つだけなのに、なんでだ。なんで来ねえんだ。
「殺す!」
「誰を?」
「ノミ蟲に決まってんだろ!」
「今年も残すところあと半日ちょっとなのに、君って相変わらず進歩がないんだな」
「んだとこら……あ?……ノミ蟲?」
いつの間にやら、ノミ蟲がこたつに入っていた。どういうことだ。


12/31 13:00

もぐもぐ何か食ってるとこは、可愛くねえこともねえ。俺のつくったホットケーキを美味そうに食ってる臨也を見ながら、そんな寒いことを考えていた。
「ほんとはピッキングとかしたくないんだけどね。シズちゃんが合鍵くれないからさ」
「なんで手前にそんなもんやんなきゃいけねえんだよ……」
と言いつつ、俺は心の中で俺んちの合鍵持ってる臨也を想像していた。悪かねえな……今度つくってやるか。けど、一年に一回しか使わねえんだしもったいねえかもな。
ならいっそ毎日使わせる関係になっちまうか?嫌がろうが何しようが力じゃ負けねえし……と思ったところで臨也が喉乾いたとか言い出しやがったせいで俺のささやかな妄想劇は幕を閉じた。


12/31 14:38

「手前、今年はなんでこんな遅えの」
ずっと気になっていたことを口に出してしまったのは、俺の向かいでアイス食ってる臨也の顔があまりにも幸せそうで、その、なんつーか、か、かわ、かわい……クソが!
「なに?顔怖いな。食べたかった?はい、あーん」
「……」
「うそうそ!やだな、そんな怖い顔するなよ」
固まってしまったせいで、目の前に差し出されたなんたらかんたらいう名前のたっけえアイスは臨也の口に収まった。ふざけんじゃねえぞ、寄越しやがれ。
「ほんとはさ、」
「ああ?」
もぐもぐと動く臨也の口をガン見したい気持ちをこらえながら、さっきのあーんを逃してしまった悔しさのせいでつい声が荒くなる。臨也は涼しい顔でまたアイスを掬った。
「すぐ、帰るつもりだったんだよねえ。だからアイスも一つしか買ってないんだ。シズちゃんへのお土産だったんだけど、殺すって言われてムカついたから食べちゃった」
食べちゃった、のとこでへらりと笑った顔に見惚れたせいで、俺が臨也の言葉の前半にぶちキレるまでに少々時間がかかってしまった。


12/31 14:45

「なあ、ノミ蟲くん……建設的な話し合いをしようや」
アイスを食い終わるまで待ってやってから、臨也に詰め寄る。臨也は、呆れた顔しながらフードを被った。また犬耳か。
「君さあ、今殺人鬼も泣いて謝りそうな顔してる自覚ある?」
「うるせえぞ、俺が殺してえのは手前だけだから安心しろよ臨也くんよォ……」
腹立ちすぎて目眩がする。すぐ帰るつもりだった、ってのは何だ?そりゃ何語だ?ノミ蟲語で今すぐぶち犯してくださいってことか?なら許すけどよ。
「手前、散々待たせといてそれか?殺されてえか?死ぬか?」
「待っててくれなんて言ってない。約束してたわけでもないし、その言い方はおかしくないか?」
「手前はマジでなんもわかってねえな!」
そうじゃねえ、俺が待ってたのは一年間だ。毎年毎年、大晦日が来るのをひたすら待って、新年を迎えるのを惜しく思ってるのに。
「なんも、わかってねえ」
なんで俺はこんなクソ蟲が好きなんだ。今世紀最大の謎だ。


12/31 15:53

帰る帰るとごちゃごちゃうるせえ臨也をとりあえず殴って黙らせて、というか気絶させてから、買い出しに行ってきた。
マジですぐ帰るつもりだったらしい臨也が、おせちの材料も年越しそばの材料も持ってきてなかったからだ。下拵えしてたやつもあるにはあるけど、今年はちっとしょぼいおせちになりそうだ。
鍵を開けて部屋に入り、鍵をかけてチェーンをかける。臨也の靴はまだあった。よかった。
「ただいま。起きてっか?」
「んー!んんん!んん!?んんっんー!?んっんんっ!」
「……悪い、何言ってっかわかんねえ」
用心のために縛って口にタオル突っ込んどいたけど、ちょっとやりすぎたかもしんねえな。涙目の臨也は色々と刺激が強すぎるし、早々にほどいてやるとする。
が、咳き込みながら暴れて殺す死ねと喚く臨也がうるさかったので、やっぱり殴って気絶させた。もう夜まで寝てろ。


12/31 19:36

「シズちゃん!」
イライラと不機嫌そうな声に名前を呼ばれた。ああ起きたか。コンロの火を止めて居間に行くと、臨也が芋虫よろしく這いつくばっていた。
「おそよう、ノミ蟲くん。よかったな、まだ今年だぜ?」
「気絶させた張本人がよく言う。どういうつもりだ?俺は帰るんだよ」
「誰が帰すか。いつもは帰れっつっても元旦まで居座りやがるくせによぉ……」
よみがえってきたイライラを隠さずにそう言うと、臨也は眉をつりあげた。
「だ、か、ら!人がせっかく気をきかせて帰ってやるって言ってるのに、なんで君はそうなんだよ」
「はあ?何言ってんだ、手前……」
「うるさいな、君と不毛な会話する趣味はないんだよ。俺は帰って蕎麦食べるんだ」
ぐう、と音が鳴る。臨也の腹が鳴った音だ。決まり悪そうに見返してくる臨也に箸を渡した。
「重に詰めきれなかったやつ持ってくっから、待ってろ」
「……よろしくお願いします」
クソが。いちいち可愛いんだよ。


12/31 20:48

結局、臨也は帰らなかった。今年も丁寧に頭をとってやった海老を食い、ぱあっと顔を輝かせたのを見て俺は勝利を確信したものだ。
「あーやっぱりシズちゃんのおせちラブ!明日が楽しみだなあ楽しみだなあ楽しみだなあ!惜しいなあ、材料が安っぽいのが玉に瑕だ」
「手前が持ってこねえからだろうが」
「う?うー……ん……そうだねえ」
「……反論しねえの?」
「まあその通りだしね」
缶チューハイを飲みながらのやり取りに、臨也がうなずく。ちょっと腹にものを入れて満足したのか、臨也がコンビニに行って調達してきたものだ。
「酒も、もっといいもん用意したらよかったな」
ふふっと笑って、臨也は缶を傾ける。ごくりごくりと上下に動く喉は目に毒だ。
「今年は、なんでおかしかったんだよ」
缶を置いてそう聞いても、臨也はいたずらっぽい笑みを浮かべるだけだ。くそ、絶対吐かせてやる。とりあえず先に風呂に入らせよう。夜は長ぇんだからな。


12/31 23:05

「あー……しずちゃん、が、二人いるぅ……」
「いねえよ」
「今年もお世話してやりました……来年こそ、しんでね」
「手前が死ねよ、いーざやくんよォ……」
辛抱強く嫌味やらなんやらを我慢しながら飲ませた結果、臨也は結構ぐでんぐでんだ。ふにゃふにゃだらしのねえその顔を、俺以外に見せてきたのかと思うと怒りで腹の底がぐらぐらする。
「臨也、口」
「あー……んむ、」
ガキみてえに無防備に開けた口に適当につくったつまみを放り込と、臨也は目を細めてもぐもぐ食ってた。ハムスターみてえ。
「美味いか?」
「ん、美味しい。しずちゃんのごはん、好きだよ、俺」
飯だけか?とは聞かない。どうせろくな答えなんざ返ってくるわけねえからだ。
「布団敷くか?」
「うん。でも、まだ寝ない……」
「あっそ」
俺も寝かす気ねえけど、と言いたいのを堪えながら、臨也の隣に回りこんで距離を詰める。いつもはすかした目が、今はとろんと俺だけを映す硝子玉になっていた。
「なんで今日は来るの遅かった」
「……えーそこ戻る?そんなの、どうでもいいじゃない」
「よくねえよ。手前はよくても、俺はよくねえ」
じりじりとにじり寄ると、臨也は嫌そうに眉を顰める。眉間に寄った皺に触りたくて伸ばした指を、臨也が払いのけた。殺すぞ。
「俺はね、シズちゃん……君がきらいだよ、だいっきらいなんだ……」
舌たらずにそう言って、臨也が俺のシャツを掴んだ。そのまま引き寄せられて、でも、俺は一切抵抗しなかった。このまま好きにさせたらどうなるか、期待と予測を織り交ぜながら臨也の顔を見る。
「……シズちゃん」
甘い吐息と俺の名前、キスをするにはそれだけで十分な理由だ。濡れたくちびるはふかふかで、ずっと押し殺してきた衝動が身体の中で暴れまくっている。
「いいのか?カウントダウン、できねえぞ」
「いい、いいから……」
「……手前がいいっつったんだからな。年明けてからごちゃごちゃ文句言うんじゃねえぞ……」
掠れた声を自覚しながら、もう一度臨也にくちづけた。臨也が俺んちで年越すようになってもう何年経つのかなんて覚えてねえけど、こんなのは初めてだ――新年を迎えるための秒読みをせずに過ごすなんてよ。



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