・S | ナノ

遮光カーテンを閉めた部屋は、思ったよりも暗い。なんだか妙にいけないことをしている気分になりながら、臨也は薄暗いテレビの明かりを頼りに肌色の目立つパッケージを吟味していた。
最初は静雄の表情を見ていたものだが、特に恥ずかしがるでもなく淡々とAVを見せてきたのでつまらなくなったのだ。今朝はあんなに慌てて恥ずかしそうにしていたのに、と臨也は心中で頬を膨らませる。
「シズちゃんマジで年上好きなんだな……女教師、人妻……ベタすぎる。好きな女優も全然かぶってないし。あのナースのだけだ」
「ああ、あれは借りもんだ。エロかったけど、胸でかすぎて……あんま好みじゃなかったな。でかけりゃいいってもんじゃねえ」
そう言って顔を顰めた静雄に、臨也はばっと顔をあげた。ここは、静雄と好みがかぶっていたわけではないことに喜びを覚えるべきところだ。今朝のあのショックな気持ちが的外れだったことに万歳三唱するべきなのだ。それでも、臨也にも譲れないものくらいはある。それが、たとえどんなにくだらないことだったとしても、だ。
「は?嘘だろ、でかけりゃでかいほどいいじゃないか。女体の神秘がつまってる」
「そうかあ?つーか手前、なんだ、あれか?おっぱい星人か?」
「当たり前だろ、男はみんなおっぱいラブだ」
「胸はでかさじゃねえ、誰についてるかだ」
語尾にキリッとついていそうな勢いで、静雄がそう言った。鼻で笑い飛ばしてやりたい気分になりながら、臨也はやれやれと肩を竦める。
「なに?いいこと言ったつもり?AV見てる時点で説得力皆無ですけど?」
「それとこれとは話が別だろ……で?どれ見るんだよ?」
「うっぜえ……あー……でもほんとにあんまり好みのがないな……なんでこれ黒髪ショートばっかなの?俺、長い方が好きだな。揺れるの見るの好き」
DVDをああでもないこうでもないと選びながら何の気なしにそう言った臨也は、静雄のことなど見てはいない。静雄が、はあ、と深い溜め息に似た呼吸をした。
「……うるせーな、じゃあもう俺が決めんぞ」
「え、やだ待ってよ……あ!これがいいなあ、こういうの嫌いじゃない」
そう言って臨也が掲げたパッケージを見た静雄は、途端に苦虫を噛み潰したような顔をする。その顔が面白くて、臨也は静雄の目の前でDVDをぷらぷらと揺らしてみせた。
ちっと舌打ちをした静雄が、奪うようにして臨也の手からDVDを取り上げる。ぶつぶつ言いながら、それでもパッケージを開けて取りだしたディスクをプレーヤーにセットした。
わくわくしながら、臨也は尻に敷いていた枕を抱き込む。すると静雄がちらりと視線を向けたので、行動を非難されるだろうと思って臨也は先手で舌を出してみせた。静雄はイラついたらしく、また舌打ちをする。けれど、その口から出てきたのは臨也が想像していたのとはまた違った非難だった。
「……手前よォ……もっと顔に似合うもん選べよ」
「誉めてる?ありがとう、気持ち悪いよ。あとね、所持してる君に言われたくないなあ」
「別に俺はこういうのが好きってんじゃねえし……ただ、これが一番似てただけで」
「え?」
何に、と聞こうとした瞬間、パッとテレビが明るくなった。本編が始まったのだろう、短い黒髪が白い肌に映える、可愛らしい女優がベッドに座っていた。緊張した面持ちは演技だろうか、臨也の好みよりも少しこぶりな胸のふくらみと顔とを交互に見つめる。
「……可愛いなあ……」
思わず漏らした言葉を、静雄が拾い上げる。横顔しか見えていなかったはずがいつの間にかこちらを向いていて、臨也は少し狼狽した。この妙なシチュエーションに、少なからずあてられているらしい。画面の中は、ちょうど男優が登場したところだった。
「……やっぱ、手前も男なんだな」
「なに、急に」
「別に」
それきり黙ったまま、静雄はまた臨也に横顔だけを向ける。それにならって、臨也も画面に目を向けた。戸惑うように視線を彷徨わせる女優は、純粋に可愛かった。興奮してしまうのは仕方がない、なにせ健康な男子高校生なのだから。衝動を誤魔化すように、臨也は明るい声を上げた。
「でも意外だなーシズちゃん、初体験ものなら絶対筆おろしの方選びそうなのに!」
「だから俺は別にそれが好きなわけじゃねえっつってんだろ。手前こそ好きなのかよ、こういう……あー……教えこむ、みてえな」
「うーん、まあ嫌いじゃないよ。可愛いよね、ちょっと怯えた感じがさ……こういうの見ると思うよ、男はみーんな狼だ」
冗談混じりにそう言った臨也に、けれど静雄は同じような軽さを返してはくれなかった。再び、横顔がこちらを向いて、真正面からの角度になる。ひたりと当てられた視線が、実に居心地悪かった。
「なに……?」
「いや……手前の言う通りだな、と」
「……なに、その素直な態度……気持ち悪いなあ」
静雄の視線と、テレビのスピーカーから聞こえ始めてきた喘ぎのせいで、喉の渇きを覚えて仕方がない。臨也は放置したままだったミルクティーに手を伸ばした。ごくりごくりと喉を潤す間も、静雄の視線は臨也から離れない。ペットボトルから口を離して、臨也は溜息をついた。胸を愛撫されているせいか、可愛らしい喘ぎ声が鼓膜と下半身を刺激する。
「……シズちゃん、俺じゃなくて画面見ろよ」
「あ?胸にはそんな興味ねえからいい」
「よくねーよ。君が言ったんだろ、一緒に見ようって」
ぶつぶつ言いながら、臨也はペットボトルをテーブルに戻そうとした。その手を、静雄がまた掴む。けれど、朝とは決定的に違うところがあった。静雄は掴んだその手を捻り上げ、ベッドの縁に押しつけた。
「い、たい……何すんだよ!」
静雄は答えなかった。黙ったまま、臨也の手を掴んでいない方の手を、あろうことか臨也の下半身に寄せてくる。潤ったばかりの喉が、ひっと悲鳴を上げた。
「ちょ……触るなよ」
「……あー……ちょっと勃ってんなあ……やっぱ、手前の方が早いんじゃねえの?」
にや、と静雄が口元を歪めてそう言った。不本意だが、先ほどまでの妙な雰囲気を纏った静雄よりもそっちの方がずっとよかった。ほっと安堵する自分に恥ずかしくなりながら、臨也もまた掴まれていない方の手を静雄の腰に伸ばす。今度は、静雄がぎょっとする番だった。
「お、い!触んじゃねえよ!」
「うるさい。やられっぱなしは好きじゃないんだよ、黙ってろ」
さわ、とズボンの上から確かめるように静雄の股間を撫でる。ビク、と震えた足が可愛く思えたのは気のせいだろう。臨也はからかうように少し硬くなっているそこをぐっと押してやった。
「なんだよ、君だって人のこと言えな、……、………………え?」
押しただけ、だ。それなのに、静雄のそこがガチガチになったのをてのひらで感じてしまい、臨也は言葉を失った。取り繕うことも忘れ、静雄の顔を見る。ほんのりと赤くなっているような気がしたが、テレビの明かりだけではよくわからない。画面の向こうから聞こえてくる喘ぎ声が、うるさくて仕方がない。

恐る恐るひっこめようとしたその手も、静雄に掴まれた。怖いくらいに真剣な顔が近づいてきて、臨也はいよいよどうしたらいいかわからなくなる。話題を変えなければ、と、随分と回転が鈍っている頭でそう思った。
「し、シズちゃん……シズちゃん、ほら、見ようよ……おっぱい終わったから!今、下いじってるから!ね!?」
「何回も見たから知ってる。でもよ、AV見たって結局いっつも最後は手前のこと考えてイッてたし、どうでもいい」
「…………………は、い?」
とんでもない爆弾発言を落とした静雄は、どこかふっきれた表情で臨也を見ている。いつも通りの仏頂面、けれどその瞳だけはギラギラと輝いていた。思わず息を飲んだ臨也を見て、静雄が笑う。
「うん、やっぱ本物の方がいいよなあ……なあ、手前も初めてのときはあんな風に泣くのか?」
あんな、とは画面の中で足を開いている女優のことだろうか。揺らされて泣いているその姿を、静雄はいつもどんな気持ちで見ていたのか。カッと朱の走る顔を自覚しながら、臨也は身を捩る。
「臨也」
「ま、待て」
「嫌だ」
きっぱりと言い切った静雄が、学ランの下に着ている赤いシャツの裾から手を忍ばせてくる。さわさわ触れるてのひらが少し湿っていて、臨也は悲鳴を上げたくなった。ああどうして誘いに乗ってしまったのか――臨也は、ようやく後悔し始めている。
静雄のてのひらは止まることを知らないように、するすると臨也の肌をのぼってくる。緊張で上向いている乳首に触れられたとき、臨也は冗談抜きで死にたくなった。べろりとシャツを捲り上げ、まじまじと見られて、その気持ちはますます顕著なものになる。
「……手前……ピンクって……おい、俺の想像負けたぞ……」
「想像ってなんだよ!?マジで、マジで死ね!」
「なあ、俺もうやばい……舐めていいか?」
「人の話を聞こうか!?」
解放されていたというのに衝撃のあまり動かせていなかった手を、臨也はようやく振り上げた。静雄の肩を叩き、押し返す。もちろんびくともしない静雄に、臨也は泣きそうになった。
「お、落ち着こう……こういうことしたいなら、女の子を紹介するよ。ね?君はまだ女のよさを知らないだけだ……女子大生でもOLでも人妻でもなんでもいいよ、君の好みの子をきっと連れてきてあげる。おっぱいちっちゃめな子だって用意するから……だから、もう離して……」
「臨也……」
すっと静雄の体から力が抜けた。わかってくれただろうか、と臨也は少し怯えた笑みを浮かべて静雄を見上げる。臨也も男なら、気づくべきだったのだ。その行動が、男の征服欲を刺激するものでしかないことに。
「安心しろ。言っただろ?胸はでかさじゃねえ、誰についてるかだ。だからそんなこと言うな。手前の抉れそうな胸が、俺はこの世で一番可愛いって思う」
「安心できる要素が見当たらない!大体俺のこれは胸じゃねえよ、胸板だ!」
なりふり構わず暴れ出した臨也を、静雄が愛しそうに見つめる。もしかして、これが狙いだったのだろうか。一緒にAV見ようと言いだしたときから、静雄はこうするつもりだったのだろうか。今すぐ時間を戻してくれと、臨也は信じていない神に縋りたくなった。
静雄の指が、殊更優しく臨也の頬を撫でる。臨也はひくりと喉を引き攣らせた。慈しみと欲情が見え隠れするその瞳、初めて静雄のことを怖いと思った。
「臨也、手前が言ったんじゃねえか」
ねっとりとした優しい響きで、静雄がそう嘯く。破瓜の衝撃に泣く女優の声は、臨也の運命を物語っているように聞こえた。静雄の指が、臨也の首筋をなぞった。食らいつきたいと、その目が訴えている。

「男はみーんな狼だろ?」

開いた口に、牙が見えた気がした。













「……俺も男だよ、くそったれ……」
痛む下半身を庇うためにクッションを敷いてから、臨也は貯水塔に背を預けた。昨日の今日だ、学校なんて休みたかったが、静雄に負けたようでプライドが許さない。けれど、やはり顔は見たくなかった。
臨也以外に人はいない屋上は静かで、空は青くて、風は凪いでいて、まるで昨日の悪夢が嘘のようだ。それでも、ずきずき痛む尻はやっぱり現実だ。殺意と憎悪をこねくり回しながら、臨也は呪いのように吐き捨てる。
「殺してやる」

「誰をだ?」

上から降ってきた声に、臨也はびくりと身を竦めた。顔を上げるよりも先に、貯水塔の上から飛び降りてきた人物を見止めてくちびるを噛み締める。
「お前だよ、強姦魔」
「なあ、ケツ痛ぇの?」
「当たり前だろ……治ったらマジで殺してやるからな。消えてくれ。顔を見たくない」
ふい、と顔を背けた臨也に、静雄は近づいた。トラウマになってもおかしくはないことをされたのだ、身が竦むのは仕方がない。けれどやっぱり負けたくはなくて、臨也はプライドだけで静雄を睨みつけた。
「……手前のそういうとこがたまんねえんだって。わかんねえやつだな、手前も」
「死んでくれよ」
「なあ、また一緒にAV見ようぜ。すげえいいのが手に入ったんだ。もう俺これがあれば他いらねえわ」
「はあ?君、マジで頭おかしいんじゃ、」
ぴく、と臨也の指が跳ねた。静雄は楽しそうに手にしている携帯電話に視線を落としている。そこから聞こえてくる音に、聞き覚えがある気がした。勝手に震え出した体を、静雄が愛しげに抱き寄せる。そして、臨也の目の前に画面を突きつけた。
「な、途中電気つけたの、気づかなかっただろ?」
白くて細くて貧相な身体だ。それが、まず思ったことだった。甲高い喘ぎに混じる情けない泣き声に、目頭がじわりと熱くなって、喉が痛くてたまらなくなる。慰めるように髪にキスをしてくる男を、今すぐ殺してやりたくなった。
「臨也、一緒に見るよなあ?」


ああ――くそったれ!


20111204

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