「あの、よー……俺さ、好きなやつがいるんだ、けど、よ」 実に言いにくそうにそう告げた静雄に対する私の返答は、何ら間違ってはいなかったはずだ。 「え?臨也がなんだって?」 「〜〜〜〜〜……っ!!?」 だから、照れたあまりに僕の額にデコピンをかましてくれた静雄にしか非はない。僕に罪はなく、むしろ清廉潔白だ。静雄の頬は熟れた林檎のようで、そういうところをこそ臨也に見せてやったらいいのにと切に思う。まあそうしたところで、あの返吐の出るような友人が簡単に心奪われるとも思えないが。 「っ……数秒ばかり、臨死体験をしたよ」 「わ、悪ぃ……けど、お前がノミ蟲の名前なんか出すからよ……」 しどろもどろに謝罪する静雄の視線は落ち着かず、動揺がこちらにまでありあり伝わってきた。解剖の対象になりえるほどに実に興味深い体質ではあるが、その精神面は臨也への執着以外は実にまともな静雄のことだ、純粋に恥ずかしかったのだろう。縦にでかい男の頬の染まり具合になんて僕は一向に興味はないけど、世の女性は胸を高鳴らせるかもしれない。 「だって君の好きな人って臨也じゃないか」 「なっ、なんっ、なんで、なんでそんなっ……はっ、セルティか!?」 「いや、高校のときから知ってるけど。ていうか!セルティにそんな話したのかい!?僕の伴侶に男同士の痴情のもつれを相談しないでくれ!大体ねえ、セルティがそんなことべらべら言いふらすわけないだろ!?」 「うるせー!ダチいねーんだからしょうがねーだろうが!」 開き直った静雄の質の悪さに溜め息をついて、僕はずれていた眼鏡をかけ直した。クリアな視界の中では、静雄がそわそわと所在なさげに身を竦めている。 うわあ、気持ち悪い。 声に出した時点で死亡フラグ乱立な言葉を喉の奥に飲み込んで、で?と話を続けることにした。 「臨也がどうしたって?」 「……昨日、わかったんだよ。俺、あいつのこと誰にもやりたくねえ。俺がこの手で殺すし、俺のもんにしたい」 「はあ、ほんとに物騒だね。まあ比翼連理とまではいかないまでも君たちが相思相愛であることに、俺は太鼓判を惜しまないよ」 「馬鹿言うな、嫌われてるっつの」 「臨也の方もそう思ってるさ」 笑ってそう言うと、静雄は随分と不思議そうな顔をしていた。あれ?そんな顔するなんておかしくないかな?おかしいよね?だってさ、 「初対面で臨也をフッたのは君じゃないか」 途端、静雄が零れ落ちそうなくらいに目を見開いた。まさか自覚がなかったのだろうか。ああ、臨也に恋してることすら最近自覚したばかりの静雄にそんなものを期待した俺が馬鹿だったか。 「フッ!?フッてねーよ!!」 ぶんぶん首を横に振って否定するあたり、ほんとのほんとに自覚がなかったらしい。僕は心の中で、あの返吐の出る友人にほんの少しだけ同情した。紹介しろしろうるさかった赤みがかった瞳には、確かに純粋な好奇心と好意があったというのにね。 「もしかして、君と臨也がここまでこじれちゃったのって君が悪いのかもね!」 「……っ」 「ごめん静雄、僕が悪かった。だからテーブルに手をつかないでくれないか、おかしな音がする」 およそテーブルが放つ音ではないそれを聞きながら、眉を寄せてくちびるを噛み締める静雄にそう言うと、あっさりと手は離れていった。ぶつぶつと独り言を言う姿にいつものような迫力はなく、むしろ困り果ててすらいるように見える。まさしく驚天動地、僕は心底驚いている。 異口同音に嫌い嫌い死ね殺すと言い合ってきた彼らが、ここにきて転機を迎えるというのだろうか。しかも静雄の自覚によって?これは見物だ、見逃さない手はない。頭の中では胡散臭い友人が腹を抱えて笑っていた。ああお前のそういうところが好きだよと、そう言う彼にはいつも、ありがとう気味が悪いと返したものだった。 「で?どうするんだい?」 「あ?何がだよ……」 ひどくショックを受けているらしい静雄の目を見ながら、私は人の悪い笑みを浮かべてみせた。誤解しないでもらいたい、僕は静雄を応援したいと思っている。何せ数少ない友人なのだ、そりゃあ幸せになってくれる方がいい。ただし―― 「臨也最近特定の女性と仲がいいみたいだよ?トンビに油揚げを拐われる、なんてことにならないといいけどね」 ただしそれは、僕の愛する人を巻き込まなければ、の話だ! 「……!?」 絶句する静雄に同情を感じつつも、愛しいセルティに爛れた痴情のもつれを吐露したことは許せない。みるみるうちによろしくない表情へと転じていく静雄の顔をつぶさに観察しながら、トドメとばかりに口にする。 「軽く半同棲って感じだったけど?」 「はっ……ど、う、せ、い、だぁああああ……っ!?」 「うん、『こないだ鍋に付き合ってもらっちゃってさーいやあ、誰かとつつく鍋っていいよね……心まであったまったよ』って」 その後に続いた、「まあ材料費手間賃その他もろもろ含めてごっそり持ってかれたけどねえ」というぼやきを告げなかったのは、うっかりしていただけだ。他意はない。 「クソノミ蟲野郎が……!」 ギリギリと歯噛みする静雄の顔は、悪鬼も裸足で逃げ出すレベルの恐ろしさだ。僕は思う、この物騒な友人の激しい愛情を受け止めきれるのは、広い地球上を探してもただ一人。もう一人のろくでもない友人しかいないだろうと。だから背中を押してやるのが、彼らを引き会わせてしまった僕にできる唯一にして最大のおせっかいなのだと思う。 「邪魔したな、新羅。セルティによろしくな」 「あれ、もう帰るのかい?それとも、どこか行くのかな?」 僕の問いかけに、静雄は苦虫を噛み潰したような顔をした。わかってるくせによ、と、どこかの情報屋が使いそうな言い回しを口にして、静雄はくるりと背を向けた。 「……ちょっと、新宿まで」 どこか照れたような響きがあったのは、果たして僕の気のせいだったのだろうか。いや考えるまい。新宿でのほほんと人間観察に興じているであろうろくでもない男に連絡でも入れてやろうかと思って、やめておいた。 私はまだ馬に蹴られて死にたくはない。馬に乗った美しい僕の女神になら、話は別だけれど。 20111017 |