キスの意味とかもういいです | ナノ

シズちゃんのクソ野郎にキスされた。有無を言わさずキスされた。童貞ががっつきやがって、男にキスするなんて気でも違ったか。化物からの親愛の情なんてクソ食らえな、素敵で無敵な折原臨也ですどうも。
「あームカつく。歯磨きしてもなんか気持ち悪いし」
ぶつぶつ文句を言う俺に、波江が珍獣見るみたいな目を向けてきた。この女は本当に……無視を決め込む俺に近づき、波江はしげしげと俺を見てきた。なんだよ。
「あなた……なんか、今日色っぽいわね」
「ぶっ!」
「やだ、汚い」
吹き出した俺を気遣うどころか汚物を見るような目を向けて、波江は思い切り眉をしかめた。仮にも雇い主である俺に向かってこの態度。お前はほんとに素晴らしい女だな。
「……波江さん、おっしゃってる意味がわかりかねるね」
「あらそう。どうでもいいわ、ただそう思っただけだから」
「いやどうでもよくない、実によくない。せめてそう思った理由だけでも聞かせてくれないかな?参考にしたいんだ」
「何の参考かわからないけど、そうね、強いて言うならくちびるが赤くて淫靡だからかしらね。擦ったの?」
「……ありがと」
最高に聞きたくなかったよ、とは言えず、文句のすべてをもう一度腹に戻した。大きく吸い込んだ息がそれに蓋をしてくれたらいいのに。気を抜いたら、戻したはずの文句を口にしてしまいそうだった。
波江は心底どうでもよさそうに俺を一瞥したあと、さらにどうでもよさそうに視線をそらした。トン、トン、書類の角を机の上で整え、ファイルにしまっていく。実に無駄のない動きだ、秘書としては申し分ない。その白魚のような指を見やりながら、口を開く。
「波江さん、俺とキスしない?」
「死んでちょうだい。なるべく苦しんで」
「ひどいなあ」
今日も今日とて弟以外にはこれっぽっちも興味のない波江は、辛辣通り越して虚無すら感じさせる声音でそう吐き捨てた。ああいいね、そういうの。一本線の通ってる人間は好きだよ。なくても愛してるけどね!
書類整理の手を止めず、無言の圧力で俺に口を閉じさせようとしている波江のご期待に応えることなく、俺は再度言葉を発した。
「えーそんなこと言わずにさあ?俺となら金出してもキスしたいって輩は掃いて捨てるほどいるんだよ?」
「世も末ね。ならそういう奇特なご趣味をお持ちの人間としていらしたら?」
棘しか含んでいない声が、決してこちらに向かない視線の代わりに俺を貫いた。つれないなあ、そう笑い飛ばそうとしたときだ。
「もっとも、あの男にはそんな余裕なさそうだけど?物壊しすぎで借金とか呆れるわね」
あなたも付き合う男くらい選びなさい、とか、そんな若干心配そうな声出されたら、俺泣いてしまうよ波江さん。感動とかじゃなく、行き場のない憤りでさあ!?
「待て。待て、何の話だ」
「だから、お金払ってまであなたとキスしたい人間の話でしょ?個人名まで把握してるのは生憎一人しかいないから引き合いに出すには不十分かしらね?」
ふふっと笑う波江の顔は美しくて、久しぶりにシズちゃん以外に殺意を覚えた瞬間だった。

ひくりと震える口の端を無視して、文句を言おうと口を開く。けどそこから音が出ていく前に、ドアが轟音立てて吹っ飛んだ。ああ、今日も立派に化物なんだね、どうか死んでくれないか。
「いーざやくぅーん……あーそびーましょー……お?……手前……なに女連れ込んでんだ!浮気か!?」
「浮気って本気があってこそのものなんだよ馬鹿じゃないのか馬鹿じゃないのか今すぐ帰れそして死ね」
「連れ込まれてないし、嫉妬される覚えもないわ。不愉快よ、死んでちょうだい」
「待って波江さんなんでそれ俺に言うの!」
じとりとした二組の視線を受けながら、俺は本格的に痛くなってきた頭を抱えてみる。もうこの際あのイカれた妹たちでもいいから今すぐここに来て俺を助けてはくれないだろうか。そんな俺の願いも虚しく、今のところ俺にとっては女神であるはずの波江女史が溜め息をついてファイルを棚にしまった。そしてタイムカードを手にし、それを、ガチャンって――え、待って俺を置いてくんですか?この状態で?
「なっ波江さん……?」
「早退させていただきます」
「ま、待って」
「おーご苦労さん」
「何普通に挨拶してんだよ!」
「……目上の人間には『お疲れさまです』と言うものよ、バーテンさん」
「君も何普通にたしなめてんの!?待ってよ波江さん帰らないでってば!」
「お断りよ。それじゃあまた明日……生きてたら、会いましょう」
さらりと黒髪をなびかせながら、物騒な言葉だけを残して波江はほんとに部屋を出ていってしまった。ガコッという音からして、扉を蹴り飛ばしたのかもしれない。そういう男前なところも愛しいよ、ああだから帰ってきておくれ。
「……やっと二人っきりだな」
「そうだね……紅茶でいいかな?飲んだら帰ってくれ」
「ふざけんじゃねえぞ」
明らかな怒気を含んだ声を放って、シズちゃんが俺の手を掴んだ。そのまま引き寄せられて抱き締められる。頬に当たるごわごわした感触が嫌いだ。鼻につく煙草の匂いが嫌いだ。まるで人間みたいにドクドク動いてる心臓が嫌いだ。なにもかも嫌いだ、この男だけは愛せない。それなのに、なぜ俺は今またキスなんかされてるんだろう。
「…っ」
ちゅ、ちゅ、とくちびるを優しく吸われると、じんじんと痺れのようなものが体を走り抜けていく。こいつで快楽感じてるのが不愉快でひそめた眉の頭を、指でちょいちょい撫でられた。気持ち悪い、触るなよ――そう言うために開いた口だったはずなのに、気づけばぬるつく舌が滑り込んでいた。ああ鬱陶しい。
「っ、やめ、ろよ」
「嫌だ」
「そりゃこっちのっ、ん、セリフだ…っ」
噛みきるつもりで、ガチッと舌を噛んでやった。いてっという軽い苦悶が聞こえたと同時に、ようやく口が解放される。腫れてるんじゃないだろうかとなぞったくちびるは、どちらのものともつかない唾液でぬるついていた。百万回死んでくれ。
「シズちゃんさあ……俺嫌いさにとうとうイカれたかい?いくら女に飢えてるからって男に、しかもよりにもよってこの俺にディープキスするとか信じられない」
「俺は男とキスしたいわけじゃねえ。女の代わりにしてるわけでもねえ。ただ手前と、折原臨也とキスしてえだけだ」
「だからその思考が……っ、」
少しだけ離れていた距離を、強引に引き寄せることで再び0にした化物が俺のくちびるを指でなぞる。またキスされる、そう思って反射的につぶったまぶたの上に、やわらかな何かが触れた。優しい優しい触れ方はどこか懐かしいものだ、童心にかえる、とはこういうことだろうか。いついつまでもガキでありたい俺にはよくわからない。
「……手前にキスしてえから、する。それだけじゃいけねえのか」
「い、いわけ……ないだろ……」
「……そうかよ。ならもう勝手にするわ」
そう言うやいなや、シズちゃんのくちびるが頬に触れた。ちゅっと音を立ててから離れたそれが、今度は額に触れる。髪をかき上げた指のあたたかさに震えている間に、今度は耳たぶが濡らされた。はむはむ食うのはやめてほしい、俺は食い物ではない。
「やっ、やめて、って!」
「うるせーな、黙ってろ」
「こんなん黙ってられるかっ…あ、やめ、やだ」
今度はちゅうっと首筋に吸いつかれる。絶対痕残ったマジ殺す殺す死ね!そう呪っている間にも、シズちゃんの横暴さは止まることを知らない。
「臨也、なあ」
ちゅ、ちゅ、ちゅ――リップ音で侵食されつつある耳を揉まれることに面食らう俺の腰をがっちり掴んで、シズちゃんが無駄にいやらしい声を聞かせる。おそらく無意識なのだろう、腹立たしいまでのイケメンぷりだ。苦しんで死ねばいいのに。そのお綺麗な顔を壮絶に歪めてさあ。
「なあ、知ってっか?キスってよ、する場所によって意味が変わるんだと」
「っ、ちょ……っ」
する、とシズちゃんの手がズボンの中に入り込んでくる。ベルトしてるから隙間なんかなくて苦しいのに、持ち前の馬鹿力でぐいぐい突っ込んでくるのが不愉快だ。もどかしそうに片手でベルトを外そうとしてるのが間抜けだった、けど、それを止められなかった俺の方がもっと間抜けだ。
無理矢理尻餅つかされ、背中をデスクのチェストに押しつけられて、ズボンを片足だけ脱がされる。剥き出しの足を舐めてるかのような視線が嫌だ、居心地が悪い。視線を合わせるためにしゃがんだシズちゃんが、つつ、と俺の足を撫でた。ついでのように脱がされる靴下。珍しげに素足を眺めてから、シズちゃんが頭を下げた。嘘だろ。
「なに、してんだよ」
「キス」
「ほんとにイカれたんだな」
「ちげえよ、何か意味あっただろ?ここにキスすんの。まあ忘れたけどよ」
そう言ってまたシズちゃんがくちびるを押し当ててくる――俺の足の甲に、だ。キスする場所がどうたらって、まだその話続いてたのか。キスの意味ってあれか、どっかの誰かが言ってたあれか、でも確かその人は足の甲のことなんか言ってなかったよシズちゃん、何かとごっちゃになってるんじゃないかな、ああ、けど、そういえば足の甲へのキスって隷属とかじゃなかったか?俺のものになんかならないくせに、よく言うよ。
ああ、どうにも頭が回らない――そうこうしてる間にも、シズちゃんのくちびるが俺の足をなぞり続けてるんだから。
「どこへのキスがどういう気持ちかなんてこと、いちいち覚えてねえけどよ……一個だけ覚えてんだ」
「っ、あ…あ、」
脛、膝小僧、太ももと、足を辿ってきたくちびるが、男なら誰にでもついてるものに布の上から触れた。抵抗しようと動かした足を捕らえて、シズちゃんは笑う。
「ココにキスすんのはよ……狂気の沙汰らしいぜ?」
「…っ!?」
「かーわいい声で啼けよ?いーざやくんよー……」
ずるっと下ろされた下着、開かれた口、俺の腰に沈む金髪――その後のことは、もう忘れたい。どうか忘れさせてくれ。


翌日、俺が無事に波江と再会できたかどうか。それは神のみぞ知るというやつだ。まあ、あんな目にあってる俺を助けてもくれないような神様なんて、やっぱり信じてないけどな?とりあえずシズちゃんは死ね。


2011015

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