刹那の永劫 | ナノ

永遠とは時に一瞬であり、一瞬とは時に永遠である――今は閉じられている力強い大地の色をした瞳に思いを馳せながら、その頬を撫でた。月明かりに照らされた部屋の片隅、時代の遺物と呼ぶ他ないブラウン管に映り込む俺は、果たして今どんな顔をしているだろうか。
「……静雄」
あまり呼んだ記憶のない、彼本来の名前を舌に乗せる。その瞬間に沸き起こったのは、何とも言えない甘い痺れのようなものだった。今はシーツの上で弛緩しているその長い指が、つい数時間前までは俺を――みっともなく赤くなった顔を、見られなくてすんでよかったと思う。
ざんばらに額にかかる髪を指ですき、一つ束を弄ぶ。ブリーチのせいか少しばかり傷みすぎたその感触が、泣きたくなるくらいに現実的だった。触れている、彼に、触れて、いる。恥を忍んで言おう、今ならヴァルハラを見つけられないまま黄泉へと旅立っても構わない。





一目惚れだった。鋭い視線にがんじがらめになったまま、身動きもとれずにただ落ちた。幼稚で稚拙な恋を嘲笑うことすらできずにぶつかり方を間違えてしまったけれど、きっとあの瞬間はいつまでも俺の中では永遠なのだと思う。
恋より強く、愛より深く、焦げついていく心に焦りだけが募っていった。誰が彼の目に映るのも許せないのに、自分だけを見てもらう方法がわからなかった。ただ他の人間より近い場所にいたくて、できたら愛してほしかった。そんなささやかな願いは、半分だけ叶ったと言えるだろう。後半の願いを叶えてもらえる要素は自分で壊してしまったから、何も言うまい。
殺意でもって俺を射抜く彼はすさまじく美しい獣のようで、心臓の奥の奥まで震えていたように思う。しなやかなその腕が伸ばされる度、激しく抱き締められる自分の姿を夢想しては興奮にくちびるを噛んでいた。
彼はどんなキスをするのだろう、どんな風に女の子を抱くのだろう。彼を抱く自分を想像してみたりもしたが、何より欲情したのは大きな手に腰を掴まれて揺さぶられている妄想をしてしまったときだったので、それからは自然と彼に抱かれているシーンを色々と思い浮かべるのが癖になっていた。我ながらどうしようもない。
時に優しく、時に激しく、想像の彼はいつも俺を愛してくれた。虚しくなかったと言えばそれは確実に嘘になる。けれど、やめることはできそうにもなかった。だって、それが片想いというやつだろう?


高校を卒業してからも、彼への執着は変わらなかった。むしろ酷くなっただろうか、自分ではわからない。俺以外のものになるくらいなら、ずっと孤独なままでいてほしかった。できたら愛してほしかったけど、それが叶わないなら誰のものにもならないでほしかった。冤罪ふっかけたのはさすがにやりすぎだっただろうか?でも、客なら誰彼構わずやわらかい笑顔を振り撒く君を見ているのが、死にたくなるくらいに辛かったんだ。だって、俺はそんなの向けられたことがなかったから。
そんなことがあったから、しばらく池袋からは姿を消していた。思いがけず再会した彼からは、挨拶の言葉よりも先にゴミ箱が飛んできた。どさくさに紛れて逃げた俺を追おうとする、血にまみれた彼の顔――やっぱり変わらず愛してる、誰よりも何よりも。

穏やかな日々は長くは続かなかった。再会した日から数えて四日後、サンシャイン通りで捕まったからだ。後ろから不意打ちで手刀食らわされて気絶して、起きたら見たことない部屋に寝かされていた。どこだろう、動き始めた頭はすぐにまた停止することになる。他でもない彼が、彼が――俺を見下ろすように覆い被さってきたからだ。
「怖いか」
そう聞いてきた彼の声に抑揚はなく、単なる事実の確認のためだけに発した声なのだろうなと思った。怖いか、それはどういう意味なのだろう。彼を恐れたことはない。俺が恐れることは、彼へのこの想いを失うことだけなのだから。
黙ったままでいる俺に、彼が手を伸ばす。触れられでもしたら叫んでしまいそうだったので顔を背けると、彼の顔が歪んだ。
「手前は、手前だけは、俺から逃げんなよ!」
聞いたこともないくらいに悲痛な声だった気がする。気がする、という曖昧な表現しかできないのは、しっかりと認識するより先に服を引き裂かれて肌に噛みつかれたからだ。想像の中では何度も愛されたそこに、彼の舌が、歯が、触れる。それだけで射精してしまいそうなくらいに興奮した。
「勃ってる」
ぼそっと呟かれた言葉、カッと頬に朱が走る。嫌だと言って身を捩ると、全部裸にされて足首を掴んで大きく開かされた。その間に、彼がそのしなやかな身体を滑らせる。獲物を見つけた肉食獣が地に伏せた姿に似た、独特の美しさがそこにはあった。目を、そらせない。
「なあ、俺も」
俺の内股に硬くなったものをぐっと押しつけて、彼は熱く息を吐く。丸裸な俺の肌、全部が全部その吐息を欲しがって粟立った。彼はそれを嫌悪と捉えたのかもしれない、悲しそうに眉を寄せて、俺の首に吸いついてくる。力加減がまるでなってない、痛い。けど、気持ちいい、涙が出そうなくらいに。
彼になら何をされてもよかった、たとえば殺されたって。俺だけを見てくれるなら、なんだって。これが恋ではないのなら、一生そんなものしなくてもいいと思えるくらいに。
「臨也」
呼ばれたのは確かに自分の名前だった。くちびるが、触れる。キスをされている。夢に見るどころか妄想しすぎてもう何度も貪った気になっていたが、正真正銘彼との初めてのキスだった。
頭が少しも追いつかなくて、大した抵抗もできない。もっとも、たとえ頭が正常でも抵抗していたかどうかは限りなく怪しいかもしれないが。ともかく、抵抗しない俺を好都合と思ったのかは知らないが、彼の手は止まることを知らなかった。
身体をいじられて、射精させられて、後ろの穴に指を突っ込まれたときは、もう意識が朦朧としていたように思う。それでも、彼の性器が俺の中に潜り込んできたとき、俺は弾かれたように泣き叫んでいた。

やめてと言った。彼はやめないと言った。
許してと言った。彼は許さないと言った。
嫌だと言った。彼はだめだと言った。
痛いと言った。彼は、ごめんと、言った。

俺を揺さぶって傷つけているはずの彼の顔こそ、深く傷ついているように見えた。俺のためにそんな顔をする必要はないのだと教えてやりたかった。でも、優越感がそれを許さなくて、ただ手を伸ばして形のいい頭を抱き込むしかできなかった。そうでもしなければ、彼が泣いてしまうような気がしていたからだ。
「臨也、いざや……臨也、」
繰り返し繰り返し、迷子のように俺の名前を呼んで、彼が俺の中で爆ぜた。出されている、身体の内側から彼に汚されている――そう悟った瞬間、俺も射精していた。浅ましい身体だ、返吐が出る。でも腹に飛び散った俺の精液を撫でる彼の指が思いの外優しくて、どうでもいいかと思えた。でも、さすがにその指を舐めようとするのを見逃すことはできずに慌てて手を伸ばしたら、彼はその手を掴んで、俺のてのひらにキスをした。てのひらへのキスはどんな意味があっただろうか。おそらくキスが持つ意味など知らないであろう彼に聞いてみたかった。
きつく抱きしめられることには、慣れていない。夢うつつに見上げた彼の瞳には、まだ薄暗い欲望がちらついていた。熱を持つそこに、再び硬く張りつめたものが当てられる。息を殺して受け入れながらも、その背中に手を回すことはできなかった。揺れる視界の中で意識を失うまで、ずっとシーツを掴んでいた。





がんぜない幼子のような寝顔を見つめる。目に焼きつけるために。忘れないために。
俺が折原臨也であり、彼が平和島静雄である以上、甘い夜など望めない。彼の気まぐれか気の迷いかでこんなことになってしまったものの、やはりどこまでも殺伐とした性行為に鼻が鳴った。俺を殺したいだけだったのだろうか。わからない。でも、幸せだ。いっそ可哀想になるくらいに。
「……静雄」
もう一度名前を呼んで、さらりと額にかかる髪をかき上げる。つるんとした額にくちびるを落とし、未練を断ち切るためにあたたかな場所から抜け出すことにした。このままここにいられたら、一緒に朝を迎えることができたらどれだけ幸福だろう。けれど、それはできない。だって俺は折原臨也で、彼は平和島静雄だからだ。
このまま縛りつけて、誰も知らない場所に閉じこめて、俺だけの彼にしてみたい。そんな気持ちを抱えながら足を外気に触れさせたとき、左手を引っ張られた。背中に感じる体温、血液が沸騰する。
「どこ行く気だ」
起きてたのか、そう問う前に顎を掴まれてキスをされる。滑り込んできた舌に歯を立てると、咎めるように胸の突起をつねられた。腰に走る甘い痺れにふるりと身体が震える。俺の顔を見ながら、彼はひたすらに愛撫を施してきた。
「行くな、行くなよ。もうどこにも……手前だけは俺の前からいなくなるな……」
縋るような、祈るような、悲しい悲しい顔と声。君がそんな風になる必要はないのだと、心の中でだけ教えてやった。歪な執着を抱いているのは俺だけではないらしい、その事実だけで今は十分だ。
「……臨也ぁ……」
潤んだ目、泣きそうな頬、どれをとっても愛しくて、どうしたらいいのか本気でわからない。だから、俺もただ名前を呼んだ。夜の帳が下りきった彼の部屋で、ただ、ただ、ひたすらに名前を呼び合っていた。くちびるを寄せ合う代わりに、ずっと、ずっと、





この時間もまた、俺の中で永遠になっていくのだろうか。そうであればいいと思う。そうしていくつもいくつも重ねた永遠の、ほんの一瞬だけでいい、彼の心の片隅にも同じ時間の欠片を置いてはもらえないだろうか。愛と呼ぶ他にどうしようもないこの想いを、分かち合ってはもらえないだろうか。
震え続ける心で彼の名前を呼びながら、俺の名前を聞きながら、ぐるぐると渦を巻く思考に溺れていた。



20111008

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