静雄は、今日は機嫌が悪いらしい。 先ほどから減り続けている煙草の量が、それを私に教えていた。 なにかあったのだろうか、と思いたいところだが、十中八九臨也が関係しているのだろうと思う。静雄をここまで苛立たせるのは、あいつくらいなものだ。 『静雄、少し落ち着け。周りの人間が怯えてるぞ』 カタカタとPDAを叩いて静雄の顔面に突きつける。一瞬ぎろりと、それこそ眼光だけで人を殺せそうな視線を向けられたが、彼はすぐにばつが悪そうに頬をかいた。根は素直でいいやつなのだ、ちょっと人よりキレやすいだけで。 「あー……悪ぃな、セルティ。どうも……イライラしてよ……」 『見てればわかるさ。どうした?なにかあったのか?』 そう入力したPDAを、また静雄に向ける。本当は『また臨也となにかあったのか?』と聞きたいところだが、そんなことをしてこれ以上機嫌を損ねられたらたまったものじゃない。 「……いや……」 そんな私の心中など知る由もない静雄は、言いにくそうに口ごもっている。昔、新羅がまだとてもとても幼かったころ、私は何度かこれに似た表情を見たことがあった。反応が怖くて言いたいことが言えない子供のような……そこまで考えて、思わず笑ってしまいそうになる。 なんだ、今さら。静雄が臨也のことで怒り狂うなんて、私はもう慣れっこだというのに。そう思って、静雄の発言を促そうとしたときだった。静雄の口から、妙な言葉が転げ落ちたのは。 「……なあ、セルティ。お前、顔見るだけで胸が締めつけられるくらい嫌いなやつっているか?」 『……いや……いない……けど、』 ちょっと待て。ちょっと待て、静雄。 その表現はおかしくないか?だって、胸が締めつけられ……って、え?それは嫌いな相手に使う表現じゃないだろう!? PDAを叩くことすら躊躇しながら黙っている(いや、喋れないけど!)私をどう思ったのかはわからないが、静雄もまた、黙ったまま長さの残る煙草を携帯灰皿に押しつけた。今日の静雄は、なんだかいつもと違う。苦しそうな、切なそうな、けれどそれでいてどこか熱を感じさせる顔だ。 ああ、そうだ、今度は幼い新羅ではなく、まだ私が彼の愛を受け入れられなかった頃によく見かけた表情に似ている。そこまで考えて、私はふと思い出した。リッパーナイトなどと呼ばれるようになったあの長い長い夜の入口で、新羅はなんと言っていた? 『静雄、一つ聞いてもいいかな?』 「ん?」 どうした、セルティ?と首を傾げる静雄はなんとも可愛らしい。まあ、怒るだろうから、今は行方不明であるところの口が裂けても本人には言えないが。 私にとって静雄は、数少ない大切な友人だ。だからこそ、私は静雄には幸せになってもらいたい。今の私が幸せであるのと同じように。 『その嫌いなやつが、お前以外の誰かに恋をしたら、お前はどうする?』 私なりの覚悟を決めた質問に、静雄はまばたきすらせずに見入っている。一字一句なぞるように滑る視線を追いながら、私は葛藤していた。静雄の幸せを願っている。だから、どうか私の考えすぎであってくれ。誰が、誰が好き好んで大事な友人をあんなひどい男にくれてやりたいものか!! 「……こ、い……?いや、別にどうもしねえよ……つうか、あいつが恋なんてできるわけねえし。人間みんな愛してるとか頭おかしいよな」 あ、ああ……やっぱり……やっぱり臨也なのか!! 勘違いであってほしかったことの一つがあっっっさり現実認定をされてしまったことに、ショックを隠せない。けれど、そんな私よりも静雄の方がよっぽど動揺しているらしい。ずれてもいないサングラスを何度もかけ直す仕種がそれをよく物語っていた。 「そう、だよな。そうだよ、あのクソ野郎にそんな人間らしいところがあるってんなら……俺だって……」 俺だって、なんだ?なんなんだ、静雄!! 「……おい、セルティ?お前、大丈夫か?今、メットが一瞬浮き上がったぞ?」 『だ、大丈夫だ。問題ない』 しまった、衝撃が大きすぎて、うっかり影を撒き散らしてしまったらしい。 心配そうにこちらをうかがう静雄の目は、とても優しい色をしている。本当の平和島静雄という男を知らない人間を、私はとても気の毒に思う。彼はほんとにいい男なのだ……新羅の次くらいにね。 そんな静雄が、まさか、まさかのまさか、あの折原臨也を?これは悪夢だろうか、否、現実なのである。 ああわかったよ、静雄。そうとなれば、私も腹を括ろうじゃないか。だって私にしてやれることなんて、一つしかないんだから。私はそう決意して、キーに指を走らせた。 『静雄、お前なら大丈夫だ。臨也の一人や二人、絶対惚れさせられるからな!』 「は!?な、い、いきなりなに言い出すんだよセルティ…俺とあいつがどんだけ殺り合ってきたか知ってんだろ?」 『じゃあ静雄はいいのか?臨也が他の誰かのものになっても!?』 「……っう……」 ずずいっとPDAを片手に迫ると、静雄は気圧されたように数歩後ずさった。忙しなく視線をうろうろとさまよわせ、拳を握ったかと思えばすぐさま開いてみたり、なるほど、なかなかにうろたえているらしい。 「……あいつが……他のやつのもんになる?俺以外の男に脚開くってのか?」 いや静雄、さすがにそれは発想が自由すぎるだろ。というか、なんで男限定なんだ?お前は臨也をそういう目で見てたのか!?そうつっこみたかったが、思ったよりも深く悩み出してしまった静雄を見ると、とてもじゃないができそうもない。 私は待った。ひたすら待った。太陽がゆっくりと赤に染まってゆくまで。静雄の口から、意味のわかる呟きが落ちてくるまで。 「……セルティ、俺よくわかんねえけどよ……嫌かもしんねえ、それ」 『え?あ、えっと、臨也が誰かのものになるのが、か?』 「おう。なんかよ、あいつの顔見かけたときとはまた違うムカつきがあるんだよな」 『そうか』 多分、嫉妬か独占欲、だよなあ。自覚してるんだかしてないんだかよくわからない静雄の横顔は、夕陽に照らされて静かに燃えている。ここではないどこかを見つめている瞳の先には、きっと臨也の姿があるのだろう。 『静雄、私はいつでもお前の味方だからな』 「……ありがとな、セルティ」 そう言って頬をかいた静雄の顔が先ほどより赤くなっている気がしたが、それが沈みゆく夕陽のせいだけだったのかは、私にもよくわからない。 思えば、人間をみんな愛してると言う割には一人だけを例外に置いていたり、殺したいくらい嫌いなくせにわざわざ新宿まで押しかけたり、こいつら変な関係だな。 とりあえずあれだ、狩沢は正しかったんだね。悪いことしちゃったなあ。 20110904 |