今日も可愛い俺の臨也さんが、何やら紙袋を抱えて帰ってきた。どんな美人よりもサマになってて、ほんとにもう好きです俺のご主人様。 「デリック、ただいま」 「おかえりなさい、臨也さん! お風呂にする?ごはんにする?そ、それともっ」 「おみやげ買ってきたよ」 「はい、お茶っすね。はい、ただいま」 笑顔から漂う脅迫に気づかない俺じゃない。いそいそとキッチンに引っ込んで、臨也さんお気に入りの葉っぱが入った筒を取り出した。 お湯の温度とかポットあっためとくとか、別に臨也さんはこだわらない。けど、ちょっとでも喜んでほしいから俺はいろいろ勉強した。だって、外でお茶飲んだときに、俺が淹れたやつの方が美味しいなあって思ってもらいたいから。 十分くらい経ってから、ポットとカップセットを乗せたトレイを両手に抱えて臨也さんの仕事場兼リビングに戻った。若干機嫌を損ねたような顔をした臨也さんが俺を出迎えてくれる。 「待ちくたびれた」 ソファに体育座りした臨也さんの足元では、ウサギがゆらゆら揺れている。似合う。可愛い。似合う。好き。 「ごめんって……電気ケトルのスイッチ押したつもりになってたんだよ」 「お前はほんとに馬鹿だね」 「ぐっ……」 「馬鹿な子ほど可愛いと言うよ」 「えっ」 「よそではね。よそはよそ。うちはうち。ほらさっさと注いでよ」 抱えていた足を下ろしてソファに腰を据え直し、臨也さんはトントンとテーブルを指で叩いた。女王様然としたその態度も、あんたがやったらただのご褒美なんだよなんでわかんねーの?それともわかっててやってんの? 「いい匂いだ」 そう言って笑う顔はやっぱり綺麗で、ほぼ毎日見てるのにいつまでもどきどきするのは俺の容量の問題だろうか。赤くなってるだろう顔を隠すのも今さらな気がして、俺は視線をテーブルにさまよわせた。 池袋に行ってきたんだろうなってのは、おみやげを見たらわかる。なんたらいう店のケーキが、臨也さんは好きだから。いや、臨也さんが、というよりは――ムカつくからやめよう。 「どうしたの?座れば?」 ぽふぽふとソファを叩いて、臨也さんは俺を隣に呼ぶ。それに従って隣に座ると、ごく自然に膝の上に乗ってくるから質が悪い。近くなった臨也さんの髪からは、甘い匂いがした。 「いい匂いがする」 「えー?匂いとかやめてよ、お前までそんな」 けらけら笑いながら言うことじゃないでしょ、少なくとも俺には言っちゃだめでしょ。だめだよな?だめだよなあ?だって俺は臨也さんの所有物だけど、嫉妬くらいするんだし。それを言ったところで鼻で笑われるだけってわかってるけど。 「匂いねえ……あーこれ?かなあ、わかんないけど」 臨也さんは手を伸ばして脇に置いていた紙袋を掴んだ。がさごそと中を探ってから、パッと顔を輝かせる。お目当てのものがあったらしい。可愛い。 「じゃーん!」 臨也さんは口で効果音入れながら、瓶を抱え上げた。ちょっと顔の角度を上げてそれを見る。黄金色の、液体?が入った瓶は、ちょっと中身が減っていた。 「なにこれ」 「え?あ、そっか、初めて見るのかな?蜂蜜だよ」 「あー……ネズミーランドの熊が食うやつ?」 「……まあそうなんだけど」 こないだテレビで見たネズミーランドの熊が美味いとか言ってた気がする。微妙な顔してる臨也さんの肩に顎を置いて蜂蜜をじっと見つめた。綺麗な色だ。 「綺麗だろ?」 「……うん」 同じものを見て、同じことを思ったのがうれしくて、臨也さんの肩に額をすりつけるようにして甘えてみた。くすぐったいなあって笑った臨也さんが好きで好きで好きで好きだ。きっと、多分生まれる前から。 「臨也さん、好き」 細い体に腕を回して縋るように抱き締めると、臨也さんが頭をぽんぽんと叩いてくれた。子供扱いされてることが悔しくないのが、すげえ悔しかった。 「しょうがない子だ」 臨也さんはやれやれと肩を竦めて、瓶の蓋を開けた。甘い甘い甘い香りがする。でも、臨也さんの髪からする匂いとはちょっと違うからやっぱり臨也さん自体がいい匂いなんだと思う。とは口にしなかった。だって、また引き合いに出されてはたまらない。 どういう風に食うんだろ、とぼんやりしてたら、臨也さんが瓶の中に指をつっこんだ。えっと思う間もなく、てらてらと濡れて光る指が口元に寄ってくる。 「あーん」 「えっ、い、いざっ」 「あーん」 「っ……」 恐る恐る遠慮がちに口を開いたら、臨也さんがなんとも色っぽい顔で笑った。細い指が、俺の口の中に入ってくる。歯をなぞり、舌を撫でられて、息が震える。臨也さんは、ただ笑ってた。俺で遊んでるのかな、遊んでるんだろうな。それでいいよ、だって好きなんだよ。 「ん、……」 「美味しい?デリック」 「うん」 「そう。じゃあもっとあげる」 引き抜かれる指を名残惜しく吸ってから口を開くと、臨也さんはまた指を瓶につっこんだ。掬うように指を曲げてから、ゆっくりと引き抜く。けど、さっきより量が多かったせいか、蜂蜜は臨也さんの指に留まらず、皮膚を伝って手首へと落ちていく。 「あ……」 「あーあ、べったべた。ねえ、綺麗にしてよ」 「綺麗にして、って」 「俺の手、綺麗にして」 臨也さんが笑う。なんていうか、ほら、あれ、すっげえ色っぽい顔で笑う。だから、俺はいつだってこの人には逆らえない。 舌を出して、臨也さんの手を舐める。犬呼ばわりされても文句言えないなって思ったけど、ちらりと盗み見た臨也さんの顔に興奮の色が見えてぞくぞくしたからもうなんでもよかった。 「いいこ」 舐めている方とは逆の手で、臨也さんがヘッドフォンを優しく撫でてくれた。その指の噛み痕になんて、気づかなきゃよかったと切実に思う。いつの間にかテーブルの上に置き去りにされていた蜂蜜の瓶の、多すぎる空白に溜息が出そうになる。 「……あいつとも蜂蜜で遊んだの?」 そう聞いたら、一瞬だけきょとんとしてから、臨也さんはふっと息を綻ばせた。 「勝手に蜂蜜ぶっかけられて舐められて噛まれただけ。俺が自分で蜂蜜食わせてやったのはお前だけだよ」 これって喜ぶとこだろうか?よくわからないから、蜂蜜まみれのくちびるで臨也さんにキスをした。甘いのは俺だろうか、それとも臨也さんだろうか。零れる吐息だけがいやに現実的で、不意に泣きたくなった。 甘いだけの恋、してみたかったなあ。 110805 |