ガラスの靴は脱がないで | ナノ

シズデレラ×継母
若干新←臨表現あり







昔々あるところに、とても美しいシズデレラという青年がいました。青年は優しい父と二人仲良く暮らしていました。そんなある日のことです。父親がとてもとても美しい継母を連れてきました。白磁の肌、紅茶色の瞳、桃色のくちびる、黒雲母の髪。まるで人形のように美しい継母は、名を臨也といいました。
「喜んで、静雄。君にお母さんができたよ。まあなんていうか僕と彼は仮面夫婦というやつでね!僕が愛してるのはセルティただ一人だからね!」
と、意味のわからないことを言う父親にデコピンを食らわせてから、シズデレラは継母に向き直りました。つくりもののように美しい顔が、つくりものでしかない笑みを浮かべます。シズデレラは血管が浮くのを感じました。それはもうびっきびきに。
「気に入らねえ」
手近にあった皿をひっつかみ、シズデレラは継母に向かって投げつけました。継母はにやりと微笑み、軽々と床を蹴ったかと思うと、次の瞬間ナイフを皿に投げつけて真っ二つに割ってしまったのです。猫のようにしなやかな動きで床に着地した継母は、袖から取り出したナイフの刃先をぺろりと舐めました。その瞬間、シズデレラのお腹の底は火箸を押しつけられたように熱く熱くなりました。
「乱暴なお嬢さんだね。安心してよ、俺も君のことだーいっきらい!」
継母はそれはそれは楽しそうにそう言って、手にしていたナイフをシズデレラの顔面に向かって投げつけました。交わしたナイフが壁に突き刺さる音を聞きながら、シズデレラは継母を力いっぱい睨みつけました。これが二人の、最悪にして運命的なファーストコンタクトだったのです。





それから数年後、父親は最愛のデュラハンと手に手を取り合って遠くの国へ行ってしまいました。シズデレラはデュラハンのセルティとは親友だったので、快く二人の門出を見送りました。継母はその横で、無表情で腕を組んでいました。シズデレラは不愉快でたまりません。だってこれからは広いお屋敷に二人きり。大っ嫌いな継母と、二人きりなのです。
「ノミむ」
「俺、寝る」
父親がいなくなったら、きっと継母の傍若無人ぷりはさらに増すのだろうとシズデレラは思っていました。だからこそ、先制攻撃という名の牽制をしかけようと思ったのですが、肝心の継母はふらふらと寝室に引っ込んでしまいました。
「……そのまま永遠に寝てろよ」
残されたシズデレラはとりあえず煙草に火をつけてから、思いきり煙を吸い込みました。家の中では禁煙!と口うるさく言っていた継母が飛び出してこないことに妙な苛立ちを覚えたシズデレラは、乱暴に煙草を消して寝室の扉の前に立ちました。ノックをしようか迷っていたシズデレラの耳に、苦しそうな継母の声が聞こえてきます。
「……?」
シズデレラは、その類稀なる膂力のせいで勘違いされがちですが、とても心根の優しい青年なのです。大嫌いで大嫌いでぷちっと潰してしまいたいくらいに大嫌いな継母でも、一人で苦しそうにしているのを放っておくのはほんの少しだけ良心が痛みます。シズデレラはまた少しだけ迷ってから、そっとドアを開けました。どうしてノックをしなかったのか、なぜ音を立てないように気をつけたのか、シズデレラにもわかりません。虫の知らせ、だったのでしょうか。

「あっ、……ああっ、ふ……や、い、やぁ……っ」

広いベッドの上を、紫色の美しい魚が飛び跳ねていました。たくしあげられたドレスの裾から覗く白い脚にそれよりもさらに白いものが伝う様はひどく淫靡で、思わずシズデレラは喉を鳴らしました。ナイフをいじる細い指がドレスの裾に潜り込み、忙しなく動いています。揺れるたびに跳ねる細い体――初めて見る継母の、ひどくいやらしい姿。
「あっあっあっ……や、し……ら……新羅ぁ……っ」
泣くように喘ぎながら継母が父親の名前を呼んだとき、シズデレラは訳もなく泣きたくなりました。切なくて苦しくて、とても優しい音でした。シズデレラは気づいてしまいました、首のない妖精にしか愛を注がない父親のことを、継母がどんな風に思っていたのかを。そして――それにひどく衝撃を受けている自分の気持ちにも。
「ふっ、あっ、あん、イく……イく……っ」
甲高い悲鳴を上げて仰け反る継母の晒された喉の白さから、シズデレラは目を離せませんでした。燻る熱は体を巡り、どろどろと渦を巻いては劫火の如く燃え上がります。その日から、シズデレラは継母と二人きりで暮らすことに対して、また違った種類の葛藤を抱くことになったのでした。





シズデレラが自分の気持ちを自覚してから、早くも半年が過ぎようとしていました。そんな時です、お城から舞踏会の招待状が届いたのは。
「なになに……招待状もらった人は参加してください……?王子様の?お見合い?はあ?」
「見合い?」
「シズちゃんにも招待状あるよ」
はい、と差し出されたそれを、なるべく継母の手に触れないようにしてシズデレラは受け取りました。訝しげな視線を無視して、シズデレラは文面を追います。かいつまんで説明すると、大規模なお見合いパーティーが開催されるようでした。くだらねえ、と紙を握りつぶそうとしたときです。継母がとんでもないことを言ってのけたのは。
「俺、行こうかな」
「は?」
「王子様と再婚、いいねえ楽しいかも。一人で寝るの、飽きちゃった」
「ふっ……」
ふざけてんじゃねえ!と言いたかったシズデレラの耳に、ヒュン!という音が立て続けに聞こえました。視線を下にやったシズデレラはぼろぼろになった自分のドレスとご対面しました。戻した視線を受け取った継母は、意地悪く笑います。
「あーあ、その服じゃシズちゃんはいけないね。お留守番してお掃除でもしてな、灰かぶり」
「おい、臨也!」
じゃーあね!と言い残して、継母はお屋敷を出ていきました。ふつふつと湧きあがる怒りと焦燥を抑えつつ、シズデレラは蜂蜜色の髪をガシガシとかきむしりました。継母が王子とやらにあんな姿を見せるのかもしれないと思うと、腸が煮えくりかえる思いです。ずっとずっと夢の中では何度も愛したあの体を、自分以外の者に渡してなるものかとシズデレラは歯噛みしました。
「おい、そこの」
「んだコラ俺は今忙し……臨也!?戻ってきたのか!?」
かけられた声に反射的に返答したシズデレラでしたが、窓枠に座る見覚えのある顔に慌てて駆け寄ります。継母と同じ顔をした青年は、けれど継母よりもずっと気だるげな仕草で首を振りました。
「俺はお前の臨也じゃないよ。名前は六臂、魔法使いをやってる」
「……臨也より……中二……」
怯んだシズデレラに、六臂は美しい顔を嘲笑の形に歪めました。六臂が目を閉じて細い指をすっと上げ何事かぶつぶつと唱えた途端、シズデレラのドレスが見る見るうちに修繕されていきます。いいえ、元のドレスよりもずっとずっと美しいドレスになったのです。
「う、わ」
「信じた?」
「お、おう」
「そ、よかった」
継母と同じ顔で色っぽく笑われると、どうしても胸が高鳴ります。六臂はそんな静雄には興味なさそうに、指を振っては様々なものを出してくれました。
「ほんとはかぼちゃとかネズミとか使うんだけど、今回はサービスしておいてあげる。俺の可愛い子を助けてくれたお礼」
「可愛い子……」
「三日前かな、迷子を助けてくれただろ」
言われてみれば、三日前に森で彷徨っていたネムリネズミに餌をやったことがありました。あれが六臂の可愛い子なのでしょうか。首を傾げる静雄に、六臂は笑って何かを差し出しました。これが仕上げ、と呟いた六臂の手には美しいガラスの靴がありました。
「行っておいで。愛は惜しみなく奪うものさ。でも気をつけて、0時の鐘が鳴ったなら魔法は全部消えてしまうよ」
継母とよく似た美しい声に背中を押されながら、シズデレラはかぼちゃの馬車に乗り込みました。見送る六臂は首を回し、疲れたように肩を鳴らします。
「愛されてるね、臨也。ほんとの愛が見つかってよかったじゃないか。さて俺も帰ろう、可愛い可愛いあの子のところへ」
歌うようにそう呟いて、まるで溶けるように六臂は風の中へと消えていきました。





聳え立つお城を守る門番が、美しいシズデレラを止めることはありませんでした。はやる気持ちを抑え、シズデレラは馬車を下りて舞踏会の会場へと走ります。ガラスの靴がきゅっと鳴きました。美しい細工も華やかなのドレスの海も賛辞の声も気になりません。シズデレラが欲しいのはたったひとつだけ。憎たらしくて可愛いあの継母だけなのです。人の波の中で見つけた甘ったるい香り――シズデレラは思いきり手を伸ばしました。
「臨也!!」
振り向いた継母の驚いた顔と、その継母の手を握る顔に包帯を巻いた優男――恐らく王子様――の姿に、シズデレラの怒りは怒髪天を衝きました。
「臨也に、」
手近にあった柱を掴むと、表面がシズデレラのてのひらの形にへこみました。ひっという悲鳴がいくつか聞こえた気がしましたが、今のシズデレラにはどうでもいいことでしかありません。
「触ってんじゃ、」
ミシミシと鳴る音は、柱と床のさよならの挨拶です。ついでに天井ともお別れした柱を両手で抱え上げ、シズデレラはぐっと体を反らしました。なぜって、投げるために。
「ねえええええええええええええええええええええええ!!」
すさまじい轟音は、王子様と柱がこんにちはをした音です。条件反射で目を瞑った継母に疚しいときめきを覚えながら、シズデレラはその細い腕を掴みました。慌てて目を開いた継母にぐぐっと顔を近づけ、シズデレラは低い声で言います。
「臨也、一人で寝るのに飽きたって言ったな」
「あ、え、し、シズちゃん?ほんとにシズちゃんなの……?なに、そのかっこ」
「手前にそっくりな魔法使いにやってもらった」
「っ……六臂……あいつ!」
悔しそうにくちびるを噛む継母の頬に指を滑らせ、シズデレラは紫色のドレスに包まれた細腰をかき抱きました。コルセットなどつけなくても十分に細いその感触を楽しむように撫でまわすと、継母がナイフをシズデレラの首に押しつけてきました。染まった頬は美しく、鋭利な視線はナイフよりも目を奪ってやみません。
「調子に乗るなよ、坊や。どういうつもりだ」
「……好きだ」
「は?……六臂におかしな魔法をかけられたかい?」
これっぽっちも信用していない継母のナイフを掴み、シズデレラは少しだけ力をこめました。折れたナイフが赤い絨毯の上に落ちます。その音を合図のようにして、シズデレラは継母の桃のくちびるに噛みつきました。閉じられる前に滑り込ませた舌で口の中をくすぐると、継母の鼻から艶めいた息が零れ落ちます。ぞくぞくと震える胸の奥の熱を継母に伝えるための魔法が欲しくてたまりません。
「好きだ、臨也。ずっと、好きだった。一人寝が寂しいなら、俺が一緒に寝てやるよ。いやらしいことだってしてやるし、甘やかされたいならそうしてやる。だから誰とも再婚なんかすんな。手前は俺のだろ、ずっと俺だけのお継母様でいてくれよ」
「……ば、かじゃないの。鬱陶しいよ、君みたいにでかい子供なんかいらないったら」
「臨也」
「そう、だよ、君みたいにでかい子供はいらない、だから……」
ちゅっという音を、シズデレラはまるで夢の中にいるような心地で聞きました。離れていく真っ赤な継母の顔――キスをされたのだと気づいたときには、継母はシズデレラの腕から逃げ出していました。翻るドレスはまるで蝶の羽根のようで、見惚れるしかないのです。
「だから、捕まえてごらん。0時の鐘が鳴る前に、君の魔法が解けるその前に。そしたら、ダンスよりも楽しいことをしてあげる」
「……上等」
そうして、シズデレラと継母の追いかけっこは始まりました。置いてけぼりの衆人など、二人の世界にはいりません。ガラスの靴が消えてしまう前に二人が熱い抱擁を交わすことができたのかは、きっと森の魔法使いだけが知っています。


110719

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