「臨也さん臨也さん臨也さーん!」
パソコンいじってる小さい背中に抱きつこうとした瞬間、くるっとこちらを向いた臨也さんがにこりと笑った。やっべ、今日もマジ可愛いです俺のご主人様。
「ステイ」
にこにこと笑ったまま、臨也さんがそう言った。それは魔法の呪文なので、俺はびたりと動きを止める他ないのだ。今すぐ触りたいのにマジひでえっす。
「いい子だね、デリック。おつかいはちゃんとできたかな?」
指輪がついた指が、ちょんと俺の鼻の頭を突いた。いたずらっぽいその仕草が可愛くてほんとすぐにでも抱きしめたい。のに、いまだにステイの解除がない。マジひでえ。
「ちゃんとしてきたって。だから、誉めてよ。キスもして。ついでに口で」
「回路ぶった切って勃たないようにしてやろうか」
「ごめんなさい臨也さん」
すぐ調子に乗るのがお前の悪い癖だ、と臨也さんが常日頃言っている言葉を思い出して眉根を寄せる。自分で言うのもなんだが、しゅん、という効果音がぴったりなんじゃないだろうか。
臨也さんは俺を見て溜め息をついてから、俺が右手に提げてた袋に目をやった。その中には頼まれて買ってきた卵と牛乳と、そして――
「なにこれ、桃の花?デリック、もしかして桃の節句やりたかったの?」
「え、ちが、なんでそうなるんすか?」
「言ってくれれば雛人形買ってあげたのに」
「違うって!」
「わかってるよ」
そう言って臨也さんはくすくすと笑った。臨也さんの笑顔を見ると、顔が自然と熱くなる。初めてそうなったとき、熱暴走かと思って泣きついた俺を笑って宥めてくれた臨也さんの顔は、今でもお気に入り映像の中に仕舞ってある。
臨也さんの傍にいると、体中に張り巡らされている回路が過敏になる気がする。なんていうか、色気のない表現だけど。
人間だと、こういうときどんな言葉で伝えるんだろう。例えば、俺のモデルの静雄ならどんな風に。そこまで考えて、ぎゅっとくちびるを噛み締めた。
「デリック?」
臨也さんの声に震える鼓膜はないけれど、臨也さんの声は確かに俺の中の何かに響くのだ。込み上げるこの感情がバグだとしても、俺は壊れるまで臨也さんの傍にいたい。できれば、壊れても、ずっといたい。
「……オーケー」
「へっ」
「オーケーって言ったの。聞こえなかったかい?ステイはもういいから、ほら……カム」
おいで、の言葉に、俺は袋を床に置いて迷わず床を蹴った。ずっと飛びつきたくてたまらなかった臨也さんの細い体を腕に抱いて、肩に額を押しつける。痛いよ馬鹿、が可愛くて、もっと力を込めてしまった。
「臨也さん、臨也さん、好き。好きなんだ、大好きで大好きで、俺ほんとに壊れそう」
「それは困るなあ」
不安になったのを見透かされたんだろう。宥めるように俺の髪を梳く指が好きだ。
掴んでキスして舐めると、臨也さんは不思議な色の目を細めて息を吐く。甘い吐息に誘われるように顔を近づけたけど、てのひらでそれを止められた。
「だーめ」
「……ひどい」
「黙りなさい、万年発情期。そんなことより、俺になにか言うことあるんじゃないのー?」
そう言って、臨也さんはちょいちょいと床を指さした。その先にあるのは、袋。の中にある桃の花――ああそうだ、臨也さんに言うことがあったんだ。

俺は袋から桃の花を取り出して、臨也さんに差し出した。綺麗に切り取られた枝だから、臨也さんの肌を傷つけることはないだろう。ふっくらとした花を撫でる臨也さんの指は、本当に綺麗だ。
「俺に?」
「そう……店で聞いたこれの花言葉、ぴったりだったから。ね、臨也さん。俺さ……俺、ね……」
「……うん」
枝を握る臨也さんの手に、俺の手を重ねた。ぴくっと跳ねたような気がするけど、無視して力を込める。臨也さんの頬も、花と同じで少し桃色になってた。
見上げてくる臨也さんの目。吸い込まれそうだ。吸い込まれて、臨也さんの一部になったら、俺は幸せになるだろうか。
「臨也さん、俺はあなたの……あなたの、ことりです!!」
「……はあ?」
さっきまで、確かに漂っていた甘い雰囲気が薄まった。代わりに、臨也さんの白けた視線がチクチクと突き刺さる。痛い、痛いよ、臨也さん。視線のナイフやめて。
「……それを言うなら『あなたのとりこです』だろ……」
「あ、あれ……臨也さん、桃の花言葉知ってたの?」
「俺は素敵で無敵な情報屋だからね!お前はほんっとに!だからお前はデリックなんだよ!!詰めが甘い!このヘタレ!ホストかぶれ!!」
臨也さんは頬を赤くして、ぎゃんぎゃんと喚いて怒ってる。ヘッドフォンの上から耳を押さえて、ごめんなさいを繰り返すより他はない。
「い、臨也さん、ひどい……ごめんって……期待して待っててくれたのに、俺が噛んだから恥ずかしくなったん「だ、ま、れ」……はい」
俺に背を向けて一音一音区切って吐き捨てた臨也さんは、それでも桃から手を離しはしなかった。機械でできてるはずのこの胸だって、そりゃあったかくなるってもんだろ。
「臨也さん、愛してる」
背中から抱きしめて、うなじにキスをする。ぴくっと震えた体が愛しくて、零れた吐息が可愛くて、好きだと囁くのを止められなかった。罰としてフレンチトーストをつくれと命令されるまでは、こうしていようと思う。


110516

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桃:あなたのとりこです

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