「浮竹ー」
「なんだ京楽。まだ勤務中だろ、帰れ」
「浮竹、つれないねぇ…」
「普通は今の時間仕事してるだろうが。伊勢が探してるぞ?」
「あー七緒ちゃんは優秀だから大丈夫。ね、それより浮竹、花見しない?」
「花見なぞ今じゃなくてもできるだろう」
「今がいいんだよ。せっかく上物の酒や肴も手に入ったんだ、行こうよ」
「しかし、なぁ……」

 生来生真面目な性質の浮竹は眉間に皺を寄せて思考する。そうしている合間に海燕が書類を隊主室に持ってきた。隊長印ください、と言いかけて途中で形相を変える。

「京楽隊長!何やってんスか、うちの隊長の邪魔しないでくださいッ!」
「海燕くん、ボクはただ浮竹に訊いていただけだよ」
「それを邪魔してると言うんです!浮竹隊長、今日は体調が良いんですから…」「そーなんだ。で、浮竹、決まったかい?」
「あ、ああ…構わない」
「じゃ、そーいうわけだから。浮竹借りてくね」
「すまん海燕、ちょっくら借りられてくる」
「ちょっ……浮竹隊長ーっ!」

 海燕が慌てて引き留めようとしても時既に遅し。京楽は浮竹をさっと抱き抱え、瞬歩で立ち去ってしまった。肩を落として溜め息をついてると、一拍遅れて七緒が入って来て、二人揃って慰めあった。


「はい、ついたよ浮竹」
「ん。ていうか女みたいに抱えるんじゃない」
「いいじゃないやりやすいんだから」
「そういう問題じゃない」

 しかしまあ、と浮竹は呆れたように間抜けた声を出した。

「これ全部呑む気か?」
「勿論。今年の桜が終わるまでには全部呑むよ?」
「…呑みすぎには気をつけろよ」


 京楽が連れてきたこの場所は、周りを取り囲むように桜木がそびえ立っている。大樹は思い思いに枝を広げ、空を縁取る。
 ねえ、ここ、いいところでしょう?と京楽が問えば、確かにいいところだな、と浮竹は同意した。

「うんうん。こないだ昼寝場所を探してたら偶然見つかってね」
「お前らしいな」
「はは、で、満開になったらキミを連れてこようと思ってたんだ」
「そっか。ありがとな、京楽」

 さあ始めようか、と笑って京楽は赤い番傘をばっと開く。用意周到にもいっぱしの茶席のように真紅の布を掛けた椅子の横に置き、盃と酒瓶を持って浮竹を招く。誘われたので浮竹はとことこと自分の盃を手に取って京楽の横に座る。酒を注がれ、まずは一口ぐいっとあおると桜木を見上げる。

「しかし、本当に見事なものだな」
「うん。ボクも見つけた時はびっくりしちゃったよ」
「空も今日は澄んでるし…赤と青の対比が綺麗だ」
「ボクに言わせりゃキミの方が全く美しいんだけどね。キミの髪には緋が本当によく似合う」
「またお前はそんなことを…」

 酒のせいかやけに機嫌が良く、ふふふ、と浮竹は陽気に笑った。今日もそんな浮竹を見ながら満足そうに盃を重ねてゆく。一瓶空いた頃、突如京楽はぽつりぽつりと呟きはじめる。

「夫れ月日は万物の逆旅にして、光陰は百代の過客なり、而して浮生は夢のごとし、歓を為すこと幾何ぞ……」

 すらすらと何かの詩を諳じていく京楽に、浮竹はじっと聞き入っていた。一通り諳じ終わると、浮竹は素直に感嘆の声を洩らした。

「すごいな春水、それ何の詩だ?」
「んーとね、現世のすっごく昔の詩」
「…お前意外と博識なんだな」
「一言余計だよ、浮竹」

 くすりと笑ってうっすらと頬が桃色に染まった浮竹の髪を片手で櫛いてやる。


「んっ…こら、くすぐったいぞ春水」
「いいじゃない」
「ん、ぅ…たまにはいいか」
「さっきの詩ね、」

 変わらず浮竹のさらさらな白髪を櫛かしながら、京楽は言葉を続ける。

「この詩を思い出すだびにいつも思うんだ。これってボクたちにも言えるんじゃないかなぁ、って。まぁ、これ夜なんだけど」
「うん」
「この世界は宿屋みたいにここにあって、時間、ってのは永遠に通り過ぎていく旅人みたいなもの。そして水面に浮かぶ花弁みたいに不安定すぎるボクらの一生は、言ってしまえば夢のようなもの。ならね浮竹、人間よりもずっと長いボクらの一生の間、どれくらいだけこういった歓びがあるんだろね」
「……俺は、」

 酒のせいでさっきまでとろんとしていた瞳ではなく、聡明な瞳になって。ああ自分はこの瞳が好きなのだ。翡翠色の、この凛々しい瞳に。

「お前みたいに博識じゃないからそういう小難しいことはよく分からん。ただ、俺の一生が何かの夢だって言うなら、俺はひどく良い夢を見ているものだ。体はともかく、周りの人間に恵まれ、死神としての力もある。そしてお前がいる。これを良い夢と言わずに何と言う?」
「うき、たけ、」
「俺はな、この体のせいでこの人生が絶対に幸せに満たされることはないって思ってた。それまでだって十分だったはずなのに。だけどな、お前に会って、こうして付き合うようになったらな、不思議と幸せに満たされてる気になれるんだ」
「例えばお前が笑ってたり、例えばお前が睦言を囁いたり、例えばお前が…その…俺を抱いてたり。いつものことなのに、飽きもせず嬉しくなる。そんなのいちいち数えてたら気が遠くなる」
「……十四郎…ああ、キミってばどれだけボクを煽れば気が済むのさ」
「煽ったか?」
「天然なのが嬉しいけどタチ悪いね。キミ、今自分が何言ったか分かってる?」
「なに言って………ッッ!」

 がばっと口を塞ぎ、かああっと顔を紅潮させていく浮竹。やっと自分が言ったことの意味が分かったようだ。にやにやと笑う京楽の手から酒瓶を引ったくり、手酌でどばどば注ぐとぐいぐい呑んだ。

「春水、酒だ。酒をよこせ」
「はいはい…」
「あ、」

 京楽に注がせた酒を口元に運ぼうとして、浮竹は空を見上げた。虚空をはらはらと舞う花弁を眺め、盃に受けようとする。ひらひら舞い落ちる花弁が盃に着水すれば、浮竹はにいっと笑った。

「これぞ花見酒」
「おっ十四郎やるねぇ。じゃあボクも」
「お前には負けるが、まあこれも風流だろ?」
「確かに。…あー、花は盛りに、月はくま無きをのみ見るものかは、って昔の誰かが言ってたけど、ボクはやっぱ満開がいいなぁ、華やかで」
「風流にはなりきれないな」
「やっぱさあ、ちょっと俗っぽいのがボクに合ってるから」

 くくく、と笑うと何時もの笠を外し、笠いっぱいに花弁を受けるとそれをばっと上にばらまいた。ごろん、と身を横たえ、桜雨の景色を見ながら、聳え立つ薄紅い大樹と蒼い空を感じる。


「しあわせだねぇ」
「ああ」
「本当に、いい夢だ。たとえこの花の命みたいに短くたって、」

 キミといるなら。

「ボクは本当に、しあわせに思うよ」






初稿:080405
改稿:100421
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