ボクたちは限りなく近くて、でも密着はしていない場所で、お互いを求めあっている。そこがどこか、誰も分からない。
 そうやって中途半端な場所で、ボクたちはもう長い時間を共に過ごしてきた。何十年、何百年になるかは分からない、人が聞いたら呆れるような長さを、ボクたちはその場所に甘んじていた。
 けれどそこにあるのは安寧ばかりではない、苦悩も懊悩も、焦燥も躁暴も、全部含んだ感情だ。


「京楽、春水?」

 困惑した声が下から聞こえてくる。木の枝で昼寝をしていたボクは自分の名前が呼ばれたので仕方なく起き上がった。

「いかにもボクが京楽春水だけど…キミ、誰?」
「ああ、俺は浮竹十四郎って言うんだ。お前と同じ授業を受けてるんだが…今は授業中だ、山本先生に言われてここに来た」
「山じいがねえ…」

 放っといてくれていいのに、と思いつつ帰るぞ、と待つ彼に引きずられるように木から下りた。それがボクたちの出会いだった。
 それからボクたちは、なぜか二人でつるむことが多くなった。共通点なんて歳と斬魄刀が二刀一対だってことぐらいしかないのに、どうして気が合うのか不思議だと思う。
 でも、彼といる空間はこれまでに感じたことがないほど心地よくて、ボクは彼を愛しい、と感じはじめていた。友情という一線を知らず知らずのうちに越えてしまうほど、ただ純粋に彼を愛した。
 思えばこれが、ボクの初恋だったのかもしれない。数えきれないほどの女の子と付き合ってきたくせに、どこか心が冷めていた。しかし彼と出会ってから、じわりと心に沁み入る温かさが芽生えていた。それを恋と呼ぶのなら、ずいぶんと遅すぎる初恋だった。

 この想いは伝えない方がどちらにとっても良い。そう信じ込んだ。彼には好きな娘がいたようだし、それを邪魔する権利はボクにない。
 当たり前だ。男が女を好きになる、その逆も然り、それは世の中の道理。ボクが彼を愛すのは道理に反していて、ましてやボクたちは親友同士だ。苦労してここまで築き上げてきた地位を崩すような勇気は持ち合わせちゃいなかった。

 どこで道を間違えたんだろう、ボクは今でもそう思うことがある。若さゆえの過ちと言うには単純すぎる、ではボクはなぜあそこまで強く彼に惹かれたのだろう。

「……死ん、だ?」

 彼が好いていた娘が、死んだ。現世実習中に虚に襲われて死んだ、事故死だ。ボクはその一報を級友から聞いたけど、そのとき彼は発作を起こして保健室で休んでいた。見舞いに行ってやれよ、と勧められて、ボクはいつになく重い足取りで通い慣れた道を歩んだ。
 伝えようか伝えまいか、ぐるぐる考えていた。今伝えなくてもやがて人づてに彼女の訃報は彼の耳に入るだろう。それよりも恐ろしいのは、この胸の中に渦巻く感情だ。ほっとしていた。本来なら級友かつ親友の想い人の死を悼まなければならないはずなのに、ボクは安堵していた。
 話したことはなかったけど、可愛らしくて頭の回転も速い、将来を有望視されていた娘だった。彼と結ばれたら、理想の夫婦となっただろう。
 ボクは彼の前で上手く『親友の想い人を悼む心優しき親友』を演じられるだろうか。自分に言い聞かせながら、そっと保健室の扉を開いた。

「十四郎。入るよ」
「…春水」
「どうしたの、元気ないじゃない」
「……死んだんだろ」
「…何、いきなり縁起悪いこと言っちゃって」
「とぼけなくていい。聞いた、あの娘が死んだんだろ」
「…情報が速いねえ」

 当たり障りのない相槌を打って、黙り込む。十四郎は、小刻みに肩を震わせていた。翠色の綺麗な目に涙をいっぱい溜めて、ボクを見もせずに低く呟いた。

「すまないが、春水……出て行ってくれないか」
「十、四郎」
「本当に悪い。だが、今は一人にしてくれ」
「…うん」
「明日には、また戻るから」
「分かったよ」

 仕方なく言われたとおり、十四郎に背を向けてボクは保健室を出た。後ろ手にからからと襖を閉めて、気配を消して留まっていると、やがて十四郎のすすり泣く声が聞こえてきた。抑えた、悲しみと哀悼に満ちた泣き声。彼にそんな声を出させるあの娘が少し羨ましく、憎くもあった。力になれない自分が腹立たしかった。ボクが死んでも、彼はあんな風に泣くのだろうか。

 翌日、彼は何事もなかったかのように笑っていた。不自然なところが見当たらないほど快活に、いつも通りに振る舞っていた。傍らで見ていたボクはずっとはらはらしていた。薄氷を踏むような危うさは、いつ割れてもおかしくないものだったから。


「………十四郎」

 誰もいない夕暮れの教室で、彼はぼんやりと虚空を眺めていた。ボクが呼びかけるとはっと振り向いて、小さくはにかんでみせた。

「すまん、ぼーっとしてた」
「そうかい。…大丈夫?」
「大丈夫だ。ちゃんと俺は、笑えているだろ?」

 頬をぽりぽり掻きながら彼は言った。人当たりのいい笑顔で、無理して笑っているのはすぐに分かった。どうして誰も気づかないんだろうと不思議に思うくらい。その表情を見た瞬間、ボクはたしかに頭の中が熱くなるのを感じた。

「好きだよ、十四郎」

 え、と聞き返す彼の顔を見られずに、ボクは早足で駆け寄って抱きしめた。細くて頼りない彼の身体は力を入れたらぽきりと折れてしまいそうに脆く感じた。

「友人としてじゃなく、恋人として、ボクはキミが好きなんだ」
「…春、水?」
「繕わないでおくれよ、ボクの前では思う存分泣いていいから。ねえ十四郎、ボクはあの娘の代わりになれない、でもボクも見ておくれよ」
「お、まえ、…何言って、」
「愛してるんだよ、十四郎ッ……!」

 痛々しいほど強い声音で、あのときあいつはそう吐き出した。そこまで真剣なあいつは見たことがなくて、普段は飄々としているあいつがあそこまで取り乱した風にしたのは長い付き合いの中でもその一回きりしかなかった。

  じわりと、春水の頭を載せた肩口が濡れた。俺を強く抱きこんで、まるで親にすがる子供のように大きな身体を丸めて弱々しい嗚咽を洩らしていた。
 返事をしないわけにもいかなくて、残酷だとは思うがゆっくりと、前を見たまま俺は言葉を紡いだ。

「……すまない、春水。俺はお前の気持ちに応えられない」
「………そう」
「お前が優しいのは知ってる、甘えられたらどんなにいいか分かる、でも俺はお前に甘えるわけにはいかないんだ」

 本当はその、すがる広い背中に腕を回したかった。撫でさすってやりたかった。だが俺が想っていたあの娘のことを思うと、昨日の今日で俺の中でのけじめがつけきれてなかったし、あの娘に失礼だ。それに、あの娘を失ったからと言っても、今となってはあいつの前で泣いてはいけないのだ。あいつの前で俺があの娘を想って泣けば、優しすぎるあいつをさらに傷つけてしまうことになる。だから俺はぎゅっと拳を握って、目を閉じて涙を堪えた。


 ボクたちは誰よりも近いところで、誰よりも狂おしく互いを求めあっている。
 ボクたちの指に糸が結ばれているとするなら、その糸は間で複雑に絡み合っていることだろう。決してほどくことのできない、ほどけばぷつりと切れてしまうぎりぎりの狭間で。そのくせぴんと張りつめたそれは、少しの油断も許してやくれない。

 あれからボクたちはあの娘の死に蓋をして、同じ道を歩んできた。卒業して、十三隊に入って、隊長になって、今に至る。その間に女ができたり見合いもしたけど、二人とも未だ独り身だ。学生時代からの唯一無二の友として、切磋琢磨しあう好敵手として過ごしてきた。何のさざ波も立たない、穏やかな朝凪のような間柄だったはずだ。
 そういう日々の中、ボクはまたしても訃報を聞いた。


「……海燕くん、が?」

 彼が口説き落として迎えた副隊長が、死んだ。妻の仇を討とうとして、逆に虚に身体を乗っ取られて、ルキアちゃんの手によって死んだ。ルキアちゃんにそう命令したのはほかでもない彼だ。
 …何やってるんだよ、とボクは思わず奥歯をぎりりと噛んだ。海燕くんは次世代を担うであろう優秀な若者だった。病がちの隊長を補佐し、あの隊の空気を作りだしていた。キミがいなければ、誰が彼を支えるんだ。悔しいけれどボクじゃその役目はできないのに。なのにキミがそんな風に死んだりしたら、彼は自分を責めるだろう。直接手を下したルキアちゃんの分まで責めを一人で負おうとするだろう。

 ボクはしばらくの間彼に会えなかった。二人の第三席が海燕くんの代わりに置かれ、少しやつれてしまったルキアちゃんが復帰してもボクは彼に避けられているようだった。慰めも同情も受け取ろうとしない彼は、隊主会のときも弁解しなかった。全ては自らの不徳の致すところ、とだけ言った。

 ざあざあと雨が降りしきる。やみそうにないねと七緒ちゃんと話しながらボクは溜まった書類を片付けていた。黙々と判子を押していたら、海燕副隊長がお亡くなりになった日もこんな雨だったのでしょうかと七緒ちゃんがぽつりと言った。雨はざあざあ降りしきる。七緒ちゃんの独り言には応えずに、外に行ってもいいかいと尋ねたら珍しくすんなりと許可が出た。傘を、と二本差し出されたのを一本受け取って、ボクはあらかじめ聞いておいた場所に向かう。やはり足取りは重かった。

「やっぱり、ここにいた」

 ざあざあ降りしきる雨の下、浮竹は一人で傘もささずに濡れていた。清音ちゃんたちが心配しているよと言いながら傘の中に入れても何も言わなかった。聡明な翠の瞳は空っぽで、物騒な剥き身の短刀を持って木を見ていた。

「……ここで死んだんだ」
「…………」
「あいつは、俺が殺した。見殺しにしたんだ、朽木が気に病むことはない、殺せと命じたのは俺なんだから」
「でも、それしか道がなかったんでしょ、キミのせいでもない。こんな物騒なもの持っちゃって」
「いや、俺のせいだ。あいつの誇りを守るためとは言え、本当にそれは正しかったのか? ……俺は死ねないんだ、死に近いのは俺のはずなのに」
「…馬鹿言わないでよ」

 言いながら、口が滑ったと思った。頭の中が熱くなって、すぐ氷のように冷めた。ボクの方を向きなと彼の言葉を遮って、ボクはいつになく早口でまくしたてる。

「……な、京楽、お前…!」
「海燕くんはこれで良かったんだよ、キミやルキアちゃんにお礼言ったんだろ、おかげで心は此処に置いて行ける、ってルキアちゃんも証言してたじゃないか。彼はキミに感謝してるはずさ、キミが手出ししなかったから最後まで誇りを守って戦えたんだから。キミがいつまでも引きずって感傷に浸ってるだけさ」
「…………」
「ねえ浮竹、優秀な副隊長を亡くした痛みはボクもよーく分かる、でもそれをいつまでも嘆き悲しむわけにはいかないんだよ、死者は帰ってこないしこうしてる間も新たな虚は出てくるんだし。……それにボクたちは隊長だ、上に立つ者として強く在らなければならない。キミの隊の子たち心配してるよ、浮竹隊長が元気ないって。隊の士気にも関わる、もうあんまり考えなさんな」

 言いすぎたか、と思って口を閉じた。ボクが言ったのは多分正論。だけど時として正論は精神的に人を追い詰める。彼のように真面目な性格だと、尚更。だからもう泣かないでおくれ。これ以上キミに泣かれると、ボクは嫉妬でどうにかなってしまいそうだ。
 ……追い詰めすぎて、谷底に突き落としてはいけない。いったん突き放してみせてから、間髪入れずに善人ぶって手を差し出してあげる。俯いている浮竹の頭をいたわるように撫でてから、耳元で低く囁いた。

「ボクの前では泣いていいんだよ、十四郎」
「……俺、は………」
「うん」
「お前がどう言っても、俺は救われてはいけないし、俺が殺したことには変わりがない」
「…まだ、そんなことを、」
「…………泣いてもいいか、春水」
「……いいよ、思う存分お泣き」

 あやすように撫でながら、深い追及を避けた。弱っているところにつけこんで、一度突き放してから優しくするなんてボクも滑稽なほど酷い男だとは思うけど、詰めは甘いみたいだ。
 …海燕くん、ボクはキミの死を悼む。けど、同時に少し恨ませてもらうよ。キミは彼の心にいすぎて、彼の心から消え去らないから。彼は一生、キミの影に詫び続けるだろう。

「……………これは、いらないね」
「…っあ、血が」
「こんなの、痛いうちにも入んないよ、刀身持ったら血が出るの当たり前じゃない」

 奪い取って深く食い込んでたらりと伝う血をそのままに、ボクは手にした短刀を手近な木に投げつけた。しゅっと風を切って、幹に刺さった。

 ざあざあと雨が降る。十四郎は肩を小刻みに震わせて嗚咽を洩らして泣き始めた。海燕くんが死んだらしい木に背を向けて、ボクにすがりついて泣いている。
 ひどい利己主義だとは分かっちゃいるけど、ボクは何だか無性に嬉しかった。昔は寄せ付けてくれなかった彼の心中に、ほんの僅かだけ踏み込めた気がした。雨はざあざあと降りしきる。十四郎の泣き声と雨音だけが響いて、ボクは何も言わずに血がべったりついた手を彼の背中に置いた。羽織に染み込む涙や彼の指先などから伝う雨、ボクの胸元に顔を埋めている十四郎がたまらなくいとおしかった。ぎゅっと掴まれた布地が、握りしめられて赤く滲んだ。


 ボクたちの間には、あまりにも多くのしがらみがありすぎた。学校に社会に職場に家に個人に。それらを超越するには若すぎて、捨てるのをためらわないには老いすぎた。
 たまたま霊術院で同級生として出会い、同期として離れられないまま生きてきた。よくある恋愛物みたいに、小指に結ばれた糸で繋がってるような。断とうと思えば断てたのに、綻びすら見いだせないままボクたちは互いに求めあっていた。ほとんど本能に近い無意識下で。

 ボクたちの間に張りつめた糸は、一体何色に染まっているのだろうか。赤なのか、何色なのか、暗闇の中では見えないから。けれども二人を結ぶ糸は元々は白だったに違いない。彼の髪のように純白で、何の干渉も受けない色、あらゆる干渉を受けやすい色だった。
 今、糸は虹染めのように様々な色に染まっている。友として同僚として彼と歩んできた道は、たくさんの歴史を埋めてきた。
 ボクの指には残った刀傷があり、時々痛んで古傷からは血が滲み出てくる。重力で糸を伝う血は、醜い赤に白を染めている。
 彼の指はボクのよりはまだきれいだ。けれど吐血を覆おうと口元に持っていかれるせいで、手のひらから広がるどす黒い赤が白を染めていた。

 糸みたいにつながってしまえば楽なのに、ボクたちは進んで歩み寄ろうとしなかった。否、できなかった。
 見えない境界線がボクたちの間には横たわっていて、警告をしていた。深入れば戻れない、修復できない亀裂を事前に防ごうとしている。失う恐怖から作られたそれは溝のように可能性すら飲み込んでいた。


 あいつは臆病な男だと時折思う。のらりくらりしているように見せかけて肝心のところには踏み込んでこない。俺を壊れ物か何かだと思ってるんじゃないんだろうか。勘違いするな、俺はお前が思うほどひ弱じゃない。
 あいつが俺を恋愛の対象として好いているのは覚えている。忘れられるものか、あんな告白をされて忘れる方がおかしい。あれから長い時が経ったけども、未だあいつの気持ちは変わっていないらしい。雨の中で触れてきた手は、びっくりするぐらいあのときと同じぬくもりだった。

 俺だって愛されてると分かったら嬉しいさ、拒めないだろう? 安心できる。その分失う空白も怖くなるけど、甘えて寄りかかりたくなる。でも俺はお前に愛されてはいけないはずなんだ、俺と格が違うあいつが選ぶべきなのは高貴な娘たちが相応しい。こんな病持ちの、間違いなくあいつより先に死ぬ男なんて選んではいけない。
 それでも俺を愛すと言うのなら、俺は全身全霊をかけてお前に報いよう。それしか俺にはできないのだから。あの娘が死んだときも、海燕を喪ったときも、揺れる俺を支えたのはあいつだった。そしてこないだ、双極を破壊して山本先生と戦ったときも、あいつは俺に付き合ってくれたんだから。あの旅禍は海燕に非常によく似ていた、あの若さで俺も何かが吹っ切れたらしい。

 …春水。なあ、越えられない一線をいつもみたいに飄々と越えてこいよ。そしたら俺も腹をくくる。抱きとめてみせるさ、お前が俺を抱きしめるのと同じくらい強く。
 長い間暖められてきたこの気持ちは、愛と呼ぶにはいささか醜すぎるものなんだ。喀血みたいに濁っている。それが俺の愛だ。今まで叶わなかった分、溶けちまってどろどろしている。清くなんかないさ、愛なんてものは総じてどろどろしている。
 清い愛はありふれた純愛で、透き通った恋と同じものに決まってる。でも俺は、そんな分かりにくいきらきらした恋は欲しくない。夢想家じゃないんだ、現実に過剰な夢なんか見てないし、小娘みたいに生ぬるい恋を欲しがる年頃はとうに過ぎた。火傷しそうに熱い恋もいらないから、ただ真っ直ぐに愛してくれ。俺は鈍感だから、分かりやすすぎるくらいがちょうどいい。だからな、分かるだろ春水? 見ろよ、お前なら言わずとも分かるはずだ。

 見せろ、本当の愛を。お前が俺を愛すなら、それを実際に見せてみろ。本当の愛を見せろ。お前なら、できるだろ?



 見えない運命の赤い糸、なんてちゃちなおとぎ話みたく何度も手繰り寄せてもボクの糸は十四郎としか繋がっていない。その白く細い指には鮮やかな赤が見えた気がしたんだ、ボクの見間違いでなければね。彼の優しさが見せた幻影じゃなかったらいいんだけど。

 キミは優しいよね、いつかのあの子のためにも、海燕くんのためにも涙を流せる男だ。人の痛みを分かりすぎる。だって、ボクのために泣いてくれたこともあったじゃないか。…ボクはキミみたいに優しくないから、人のために泣いたりなんかできない。自分のためにしか泣けない。
 知ってる? あのとき泣いたのも、自分のために泣いたんだ。キミのために、と言うかキミが好きすぎて泣いたように見せかけておきながら、その実自分がふがいなくて泣いた。キミの中に入れないし支えにもなってやれない、そういう自分が悔しかった。

 ボクたちはずっと隣同士にいた。他の誰にも侵させない、聖域を作り上げてきた。キミはどうだか知らないけど、ボクはそのつもりさ。がらがらと瓦解なんてさせやしないし、キミを渡さない。逃さない。渦巻く独占欲は、ボクしか知らなくていい。渦に飲み込まれるときは、キミも一緒だ。どこまでも二人でおちていこうじゃないか。酔狂で愛してるんじゃないんだよ。いたって本気だ。………見せておくれよ十四郎、ボクはこんなにもキミを愛してるんだから、キミは一体どれだけボクを愛しているのかを。友情でも何でもいいよ、とにかく見せてよ。
 くちづけ一つさえないような初々しい恋を、ボクたちは知らず知らずのうちに育んでいたのかな。構えすぎて適切な距離が分かんなくなって、ただ生ぬるい親愛の情に甘んじてた、だけ?

 そうだと言うのなら、ボクは今からでも越えてみせようか。長年迷ってたのが馬鹿らしくなるほどあっさりと、キミを絡めとってみせようか。
 ボクはキミの全てを手に入れることはできなくて、純情と言うには濁りきった希望をキミに抱いている。
 ざり、と一歩踏み出した。それでもいいなら、ボクはキミの望むように見せてあげよう。さあ、恐れずにボクのところにおいで。

 見ろ、本当の愛を。これがボクにできる、本当の愛の全てだ。





*京浮アンソロ「桃色の天然翠」寄稿


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