どうしてこうなったと、赤林は回らぬ頭で考えた。

「……帝人、くん?」
「どうかしましたか?」

 穏やかに少年は笑う。自分を壁際に押しつけて、動けないように肩と腰を固定している。その気になればこの細っこい少年を押しのけることなど容易であろうことは知れていたが、赤林はそれをしなかった。否、できなかった。
 杖を奪われたわけではないし、痛めつけられてもいない。それなのにどうして抗えないんだろう、と赤林はぼんやりと考える。身長差もあるし、若くて純真そうな高校生など、敵にもなりゃしない。数々の修羅場をくぐりぬけたおいちゃんにとっちゃぁ、こんなの、杏里ちゃんと同い年の若い子、ってだけなのにねぇ、どうして動けないんだか。…あぁ、この目、かぃ?

「……いや、何でもないよぉ」
「そうですか」

 おかしいねぇ、杏里ちゃんと一緒にいるのを見たときはこんな目じゃあなかったはずなんだが。おどおどした気弱そうな子だったのにねぇ、本当に同一人物なのかい? おいちゃん、わかんないよ。

「…何考えてるんですか?」
「いんや、なんも考えてないさね」
「嘘つかないでください」

 ぎり、と握る手に力が込められた。…とはいっても、青崎のゴリラみたいな馬鹿力を知っているおいちゃんにとっちゃぁ、こんなの大したことはないんだけどねぇ、肩から移された手が今度は顎に当てられて、帝人くんの親指がおいちゃんの顎を押して、ぐっと下に向けてくる。…おいおい、こういうのは背の高い方がするもんじゃないのかい、と少々突っ込みたくはなったけど、軽口を叩ける雰囲気じゃない。じっと俺を見つめる少年の目が、鋭くどす黒い闇を帯びていて、逸らそうにも逸らせない。視線と言う名の触手が、まるで色眼鏡をすり抜けて俺の視線を絡め取って引き寄せてしまったみたいだ。圧倒的な、サディストの目だ。
 あ、と少年が今思い出したように口を開く。つい、と指先が俺の右目があったところをなぞり、くっと口角を持ち上げて微笑した。

「ここ、やっぱ見えないんですか?」
「…そうだねぇ」
「じゃ、この中は空洞?」
「や、義眼が」
「へえ、義眼」

 じゃあ、抉り取っても神経繋がってないから痛くないんですね、と事実ではあるがえぐいことを平然と口にする少年。表情は笑ってるくせに目だけは笑っちゃいない、俺もよくする表情のくせに、こいつの顔は、なんか違う。底冷えのする、支配者の目。

「ねえ、たっぷりと空洞に愛を流し込んであげましょうか」

 嘲笑にも取れる笑みで、羊の皮をかぶった狼はそう言い放った。



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