幸村に、俺を刻みつけたい。
 きっかけは稚拙な独占欲であった。薄ぼんやりとした思考が一片、思考の片隅に滲みを作った。何がきっかけなのかも分からぬ。これまでの幸村との親しいつきあいのなかで、そういったことに及ぼうとは考えようもなかったのだが。その欲はとどまらず、ついには左近に尋ねることとなった。

「おい左近、聞きたいことがあるのだが」
「へえ? この左近に分かることでしたら」
「男と契るにはどうしたらよいのだ」
「!? っげほ、ほっ、な、何だっていきなり!」
「うるさい。いいから教えろ、どうせお前のことだ、知っているのだろう」
「ははーん……。ま、いいでしょう。お教えしますよ」

 衆道の嗜みはないので手順は知らぬ。男同士も契ることができるという事実を知っているだけだ。ただ、惚れた相手と契りたいと思った。他でもない、幸村と。
 失礼なことに、酒を噴き出してからは非常に愉快そうな顔をしている左近から手順を聞き出し、万事手筈を整えて、幸村との晩酌中に居住まいを正す。
 殿にも春が来たってことですねとにやつく左近には構わず、手順や準備物一式を聞き出した。まあ、あとはうまいことよろしくやってくださいよと、左近は香油を置いていった。万事手筈を整えて、幸村との晩酌中に居住まいを正す。

 酔いを手段に使うなど不埒だが、こうでもしないと素面ではうまく切り出せそうになかったのだ。俺は緊張で酔えないままだが、幸村は程よく酔いが回っているようだ。寝落ちるまでは飲ませないように加減はしている。

「――幸村」
「はい、何でしょう」
「頼みがあるのだ」
「はい」
「……俺と、契ってはくれないか」

 口の中が渇く。誤魔化すように、味のしない酒で唇を湿らせた。
 幸村ははぁ、とか、うん、とか要領を得ない音を漏らしている。当然のことながら、逡巡しているようだ。驚きがあまり見えないのは酔いのせいだろうか。
 ややあって、幸村は閃いたとばかりに口を開く。三成殿は、と前置きをする声がとろりとしている。

「つまり、幸村に共寝をせよとの仰せですか」
「端的に言えばそうなるな。無論、お前が嫌なら無理強いはしないが」
「幸村愚鈍故、閨での作法も知りませんが」
「構わん。むしろ知っているほうが複雑だ」
「そういうものでしょうか」
「……俺も経験はないのだ」
「そうですか。それは少々、……なんというか、意外ですね」
「秀吉様の供で花街に行ったことはあるが、俺はああいう場所は好かん。逃げてきた」
「……大丈夫なのですか?」
「案ずるな。俺に全て委ねればいいのだよ」

 決まり悪さを、そっぽを向くことで誤魔化した。女すら抱いたことはないので、まったくの未経験状態だ。
 恥ずかしいが、暗くては手元も見えぬ。俺も初めてなのだ。燭台の灯を頼りに、香油を手に垂らした。左近が言っていた手順を反芻する。
 幸村の魔羅を左手で擦ってやりつつ、右手で幸村の菊門を拡げていく。言葉にすれば単純だが、覚束ない手つきで苦戦する俺に、お手伝い致しましょうかと快楽と苦痛の入り混じった表情の幸村が申し出る。お前は何もしなくてよいのだと却下した。
 幸村は善がることもせず、歯の隙間から息をしゅうしゅう洩らしている。声を出してもよいのだぞ、と声をかけても、いいえと首を振られた。

 指が三本、幸村の菊門を拡げる。幸村には後背位を取らせているので、俺の眼前には蠢く穴が奥の暗がりを覗かせている。俺の魔羅はここに入るのだろうか。ごくりと、生唾を飲む。
 幸村、と呼ぶ。指ではなく、次は俺の魔羅を挿入してもいいだろうかと許可を求める。幸村が構いません、と言うので、褌を寛げて幸村の菊門に亀頭をあてがう。

 幸村の腰を強く掴み、慎重に腰を進める。ひいふうと呼吸する幸村の、荒い吐息が室内に響く。
 蝸牛の歩みの如くのろのろと、幸村のなかに魔羅を埋めていく。充分に拡張したはずだが、きつく締めつける幸村の肛が軋むのが分かる。腰を引こうとしたら幸村に制止された。
 やっとのことで根元まで埋め込み、息を吐く。幸村を撫ぜようと手を離したら、その腰には鬱血痕がくっきりと残っていた。痕をさすると、くすぐったいですと幸村がくすくす笑う。指痕をつけてしまった、すまん、と詫びを入れたが、幸村は頭を振った。

 魔羅の圧迫感を馴染ませるよう、動きたいのを堪えてじっと待つ。手持ち無沙汰に幸村の肌を撫でる。
 傷の名残が散見される身体に、汗が浮いている。傷は、治りの悪いものはこうして痕が刻まれ続けるが、この鬱血痕はいずれは消える。張り出した腰骨のあたりにふれる。俺がこれに残せるものなど、何も、
 それが妙に悔しく、口惜しい。鬱血痕を永久に残したいという馬鹿げたことではない。それよりももっと深く、魔羅よりも何よりも奥の、幸村の根幹に俺は俺の痕跡を残したいのだと気づく。
 脱線した思考を振り払うべく、頃合いを見計らって腰を動かし始める。俺の手はまた、幸村の腰を掴んだ。


 処女地に踏み入る悦びは格別だと、いつか秀吉様が言っていた。何も知らぬ処女の初めての相手は自分だというのがたまらないと。変なこと言わないでください、おねね様のお叱りを受けますよと窘めたことをふと思い出す。
 今なら秀吉様の気持ちがよくわかる。これは、この俺しか知らぬのだ。この俺の手によって初めて暴かれたのだ。処女もへったくれもない男相手だが、その趣は同じであろう。
 幸村の悦いところは先程探し当てた。そこを狙って亀頭を擦りつける。あまり強くやりすぎると過ぎる快楽のせいか幸村が藻掻くのでゆるゆると擦るに留める。じわじわと悦を高める方が俺の性に合っている。

「愛いな、幸村」
「……ふふ」
「どうしたのだ」
「三成どのは、愛らしいですね」
「嬉しくないのだよ……」

 愛らしいと言うなら、それはお前のほうだろう、幸村。不本意なので言い返しておく。
 あの幸村が斯様に蕩けた顔をしているなど、誰が想像しようか。 燭に照らされた幸村の肌も、仄かな灯を反射する潤んだ瞳も、布団を掻く節ばった指も、すべて。 俺はこれを初めて見るのだ。この表情は誰も知らない。あの信之ですら知らないのだ。想像もしないだろう。愛らしいものだとつい口元が緩む。

「それに、これは……戦とはまた違った高揚感がありますね」

 振り向いた幸村は口角を上げた。妙に艶めいた笑みだ。
 すっかり悦に浸って気を抜いていた俺は、幸村のその表情にぞくりとする。今日曝け出されたどの表情とも違うし、幸村がまさかこんな、淫靡な表情をするとは思わなかったのだ。幸村とは別人ではないのかと馬鹿げた錯覚が引き起こされる。

「――お前は、何だ」

 口を衝いて出た言葉に、幸村が首を傾げる。これは異なことをおっしゃる、と幸村が陶然と口を開く。

「みつなり、どの」
「……っ、」
「幸村は、ゆきむらですよ」
「幸村」
「真田幸村という、ただひとつの個体であり、武士です。ただそれだけです」

 幸村の瞳の奥に、焔が揺らめいている。紅の、美しい焔だ。燃え盛る、鮮やかな火群だ。
 ここは戦場ではない。閨だ。燭の灯のせいだと理由もわかる。だが、錯覚してしまう。
 幸村の目元に指を這わせる。じわりと指先が濡れる。だが、焔はまだ消えぬようだ。なぜだかひりつく喉から声が洩れる。

「ゆき、むら」
「はい。どう、されましたか、三成、どの」

 何でもないのだよ、と返す。まるで強がりのような感傷が、その応えからはしていた。


141201



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