「っ、んっ、ふぅっ」
「ん……」
「んぅ、ふっ」
「……っ、おい、徐庶!」
「んあっ、ほ、法正殿!?」
「前々から思っていたが、もう我慢がならない! お前は接吻が下手すぎる!!」

 徐庶は接吻が好きである。法正との恋人づきあいでも、頻繁に口づけてくる。二人きりになった途端、「ええと……。法正殿、口を吸ってもいいでしょうか……」と伺いを立ててくる。
 拒否する理由もないので法正が頷いて許可を与えてやると、法正の肩に手を置き、おずおずと身を屈めて法正の唇に己のそれを触れさせてくる。徐庶の鼻から吹いてくる風が法正の産毛を揺らした。

 しかし、徐庶は接吻が下手である。下手くそではあるが舌を咥内に入れるのが好きである。んぶんぶと拙い口づけをしてくる徐庶を見るに見かねて、普段は法正が徐庶を口内で導いてやっている。大胆にも差し込まれる舌を噛んでやるわけにもいかず、己の舌を絡め、唾液を吸い、歯列をなぞる。
 いざ情事になっても、初めは法正が優位であるが徐庶が勢いづけば形成は逆転する。身体を幾度重ねても、それ以上に回数の多い接吻は下手なのが徐庶である。

「えっ……あの、それは」
「前にも言わなかったか? 接吻中、お前は鼻息が荒すぎる」
「ええっ!? 気をつけていたんですけど」
「それでもお前の鼻息が荒い」
「うう……。も、もう一度しても、いいですか」
「ああ、してみろ」

 再び徐庶が口をつけてくる。今度は一陣の風も吹いてこない。法正が目を開けてみると、徐庶が息を止めているのが見えた。恥じらいか、呼吸が止まっているせいか、顔が紅潮している。涙すら滲んでいる。これがいつも自分を抱いているのかと思うと、法正は少し愉快になる。
 心中で笑っていると、それに気づいたのか徐庶がそうっと目を開く。常日頃の法正の、じっとりとした眼差しに睨まれてすぐに目を閉じた。情事では強気になれても、接吻では苦手意識故に強く出られない。法正の機嫌を損ねないように注意する。いつも法正殿にされているけど、俺だって……!とは思うものの、実力が追いつかないのが徐庶の悲しい性である。
 けれど、やはり接吻は気持ちいいのだ。性感につながる行為をまだしていなくても、頭の中がぼんやりと快楽に支配されてくる。口の中に引き入れた法正の舌をぺちゃぺちゃと舐めて吸う。唾液の甘みを飲み下していると、菓子のようだと朧な脳髄が錯覚する。

「いっ……ッ!」
「いたっ!?」

 ぼんやりしていたのがいけなかった。法正の舌に強く歯を立ててしまった。
 甘噛み程度なら許容範囲だが、強く噛まれた驚きで法正は反射的に徐庶を突き飛ばす。どん、と強い衝撃は咄嗟の事で受け身を取れなかった徐庶を寝台の下に突き飛ばす。 床でしたたか背を打った徐庶は目を白黒させて法正を見上げた。

「す、すみません……!」
「お前、何をする!」
「ごめんなさい! 法正殿の舌が美味しくて、その……うう、俺、口吸うの下手で……つい……。い、痛かったですか?」
「いや……驚いただけだ」

 泣き出しそうな顔で自分を見上げる徐庶に毒気を抜かれて、法正は素っ気なく返す。徐庶のこの顔に、どうも弱い。本人に言ってやったことはないが、自覚はあるので法正は内心舌打ちをする。些細な報復がどうでもいいと感じてしまうあたり、徐庶に毒されている。
 一方、徐庶の方はさあっと血の気が引いていた。俺が下手なせいで、法正殿を怒らせてしまった。これ以上法正殿の気を悪くするわけにはいかない。
 その晩は結局、同衾をするのみにとどまった。一応互いに情事をするつもりではいたのだが、場の雰囲気が冷めてしまったのだ。徐庶が意識しすぎてぎくしゃくとしてしまい、それどころではなかった。

 この夜以降、徐庶はぴたりと接吻をねだらなくなった。それらしい雰囲気になってもせいぜい口角に口唇を押し付けるか、法正の唇を舐めるにとどめている。法正が誘ってもするりと避け、法正の舌が徐庶の唇を割ろうとすれば固く引き結ぶ。徐庶は己の理性と闘い、法正との接吻を我慢していた。
 2日や3日であれば法正も接吻がなくて清々した心持ちになる。が、それが5日以上続くと法正の苛々も募っていく。接吻を我慢しているだけであり、徐庶は接吻が大好きなのだ。物欲しそうな顔をするくせに、実行には移さない。軽いところでやめてしまう。ちっとも足りないくせに、と法正は毒づいた。


「おい、徐庶」
「何ですか、法正殿……んっ?」
「……」
「ぁ、だめ、だめです、ほうせいどの」
「――くそっ!」

 7日ほどが経った。徐庶は杳として口づけをねだらない。
 寝台に共に上がっても、軽い口づけと同衾がせいぜいだ。そこで法正は触れるだけの口づけをひとつ与えて、唇を食んで誘惑をしてみたが徐庶はぐっと我慢をして靡かない。とうとう痺れを切らし、法正は噛み付くような接吻をした。徐庶の胸ぐらを掴んで、がちりと唇が触れ合うような口づけだ。
 目を見開いて硬直した徐庶は、それでも歯列を割って侵入してきた法正の舌を唇を拒まなかった。目を閉じ、鼻呼吸の強さにも注意を払い、数日ぶりの接吻を甘受する。
 唇が離れ、唾液の糸が引く。法正がじろりと徐庶をきつく見据える。ぺろりと己の唇を舐め、徐庶はへにゃりと眉を下げた。

「あ……俺、口吸いしたら法正殿に迷惑をかけてしまうと思ってたんですけど……、嬉しいです」
「……俺がいつ迷惑だと言った?」
「え、でも俺、こないだ法正殿の舌を噛んでしまったし、そもそも接吻も下手くそだし……」

 もじもじと徐庶が言い訳するのを見て、法正が聞こえよがしの大きな溜め息を吐く。お前は、そんなことで、と呆れ返った声が出る。
 だって、と徐庶が言い訳を重ねる。よほど先日突き飛ばされたのがこたえているらしい。「……俺は、下手くそな接吻のせいで、法正殿に嫌われたくない……」と文末が窄まっていく。
 いよいよ法正は二度目の大きな溜め息を吐いた。びくりと徐庶の肩が竦む。大きな図体をして、全く情けない。

「おい」
「はっ、はい!」
「口を開けろ」
「あがっ……」
「いいか、これから俺がたっぷり教え込んでやる……。早く俺を楽しませるようになるんだな」
「は……はい!」
「まったく……この恩は高くつくぞ」

 ぱあっと顔を明るくする徐庶とは逆に、法正が苦虫を噛み潰した顔をする。だが、その頬はうっすらと朱に染まりかけている。
 法正の表情は照れ隠しなのだと徐庶は気づいている。己の口をこじ開ける法正の指をちろりと舐めたものの、それを指摘することはしない。教授してもらうという名目で、接吻をする機会が増やせるのだ。それよりも、問題は法正の教授に報いるすべだ。これまで接吻をしても、自分はちっとも上達しなかったのだ。

「俺に、返せるでしょうか……」
「うん?」
「法正殿に接吻を教えてもらえるのはとても嬉しいんですけど」
「上達してもらわなければ、俺の面子にも関わる。……せいぜい練習するんだな」

 言いながら、法正は再度徐庶に口づけをくれてやる。今度は自ら口を開け、徐庶の反応を待った。
 徐庶の舌がそうっと、数日ぶりに法正の咥内に忍び込む。法正の口の中を満遍なく舐め、唾液を吸う。震える鼻息が法正の産毛を揺らした。

「――やれば、できるじゃないか。この調子で、上手くなれ」
「あ、ありがとうございます。……でも」
「ん?」
「俺は法正殿としか口吸いをするつもりはないので、法正殿の面子を立てる機会はありませんよ」

 さらりと述べられた台詞に、法正の頬が目に見えて紅潮する。もしかすると、自分はとんでもないことを口走ってしまったのではないだろうか。徐庶の接吻を上手くすれば、睦み合いのときに下手くそな接吻にさらされずに済むと思っただけであるが。
 考えていると無性に恥ずかしく、苛立ってきた。何か些細な報復でもしてやろうと思って徐庶を見据えると、その前に徐庶が口を開く。「ええと、その……。もう一回、口吸いをしてもいいですか……」と伺いを立ててきたので、不本意ながら頷く。じゃあ、と再び這い寄る厚い舌に、精一杯の意趣返しも込めて法正は歯を立ててやった。



140701

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -