八ツ原の外れにある古神社で夏目が何やら妙なことをしていた。
 鳥居から拝殿の前にある賽銭箱まで、袋から紅葉をぶち撒けては真っ直ぐに並べているのだ。小さな神社とはいえそれなりに距離のあるそこに紅葉を撒き、なくなればまた紅葉を調達しては丹念に撒いている。今朝からこの調子だ。

「――何してるんだい、夏目」
「あ、ヒノエ。紅葉を敷き詰めているんだ」
「それは見れば分かるさ。朝から何をそんな真剣にしているんだい」
「紅葉で道を作っているんだ」

 それも見れば分かる。夏目は楽しそうに作業をしているが、私にはその紅葉撒きの何が楽しいのかとんと理解できない。
 怪訝な顔で眺めていたら、「……ヴァージンロードのつもりなんだ」と夏目がぽつりと言う。

「ば……何だって?」
「人の結婚式のときに歩く赤い道のこと」
「で、それとこれが何の関係があるんだ」
「その真似事をしたいと思って、さ」
「お前にそんな浮いた話があったとはね……婚礼の真似事か」

 ひょろっちいばかりだと思っていたが、人の成長とはそういうものなのだろう。まったく、人間のやることは理解できない。
 手伝ってやろうか、と口をついたのは無意識だった。けれど夏目は首を横に振った。これはおれひとりで準備をしたいんだと言われたので、部外者がそこまで出しゃばることでもないと納得した。

「で、その式には呼んでくれるのかい」
「ううん……それは恥ずかしいぞ」
「そうかい」


*


 ヒノエが去ってからもおれは作業を続ける。早くしないと、何も知らない田沼がここに来てしまう。田沼は今日用事があるので、夕方ここに来る約束だ。
 ゴミ袋何袋ぶんもの紅葉を敷き詰めて作ったヴァージンロードもどきだけど、意外とそれっぽくなった。田沼、驚くだろうな。


「夏目! 待たせてすまない……うわっ」
「田沼」
「なんだこれ、すごいな……紅葉?」
「ああ、紅葉を集めて」
「へえ。きれいだな」
「……ところで田沼、こないだの指輪、持ってるか」
「あっ……悪い、なくしたくないから机の引き出しにしまってる」
「じゃあ、いいや。――なあ、結婚式ごっこしよう」

 そのためにヴァージンロード、作ったんだ。そう告げると、意味の理解が追いついた田沼の頬が紅潮する。
 田沼はあの指輪を持ち歩いてないだろうなと思っていた。おれはいつも鞄に入れてお守り代わりに持ち歩いているので、今日はそれを指に嵌めている。

「こないだ、プロポーズはしたけどそれだけじゃ足りないかなって」
「お、おれは……あれだけでも、じゅうぶん、嬉しかった」
「おれがしたかったんだ。自己満足だけど、……付き合って、くれるか?」
「――おれで、よければ」

 頬を染めてはにかんだ田沼がかわいい。
 結婚式の作法は知らないので、自己流だ。まずは田沼の手を取る。おれより少し大きな田沼の手はいつもあたたかい。

「……あのさ、結婚式って腕を組むんじゃなかったか」
「そ、それはなんか恥ずかしいだろ。おれは田沼の手が好きだし」
「そ、そうか」

 ということで、おずおずと手をつないでみる。少し勇気を出して指も絡ませてみた。いわゆる恋人つなぎってやつだけど、……もしかしてこれ、腕を組むよりだいぶ恥ずかしいんじゃないだろうか。
 手にじっとり汗がにじむ。田沼の手も湿っぽい。行こう、と情けなく掠れた声で告げて、おれたちは鳥居の入口から紅葉の道を一歩ずつ進む。夕方にかけて風が少しずつ冷たくなってきたけど、熱い。どきどきと、心臓が高鳴る。
 ぎゅっと田沼の手を握りしめたら、田沼も握り返してくれる。嬉しさとか気恥ずかしさよりも、今は緊張の方が強い。

 突き当たりまで来て、ポケットから5円玉を出して賽銭箱に入れる。からん、と乾いた音がした。

「……こういうとき、ってどうお参りするべきなんだろうな。三三九度?」
「それ、違う気がするぞ」
「じゃあ、普通にお参りするか」
「ああ」

 二礼二拍手一礼して、どちらともなく見つめ合う。これでいいのかな、たぶん、と言い合う。教会だったらここは神父さんの前で、キスもするんだろうけど、なんか違う気もするし。
 そんなことを思いながら田沼を見ていると、ふと、イメージが湧いた。

「……田沼って」
「ん?」
「白無垢、似合いそうだな」
「……え?」

 本物は見たことないけど、あの真っ白な着物は田沼に似合うと思った。大きな帽子みたいなやつをかぶって、口紅をさした田沼はとてもきれいなんだろう。
 田沼が女子なら、将来は白無垢姿で式を挙げる田沼が見られたかもしれないのか。……もしそうなら、それでもその横にいるのはおれであってほしいとは、思った。

「おれ、それなりにでかいんだけど」
「田沼はきれいだから、似合うはずだ」
「喜んでいいのか……?」

 首を傾げる田沼をよそに、おれは田沼の手を引いてその場に座り込んだ。とりあえず結婚式ごっこは終わりだ。
 田沼を好きだという気持ちや、日頃の感謝とかいろいろあって、それをもっと伝えなきゃいけないっておれは学んでいるのに、口下手でうまく言葉にできない。だから、せめて行動で伝えるしかないんだ。

 田沼がいたからおれは、妖絡みの悩みを抱えているのはおれひとりじゃないじゃないと知って、似た苦しみを分かち合えて、友人になって、恋もできた。
 タキや名取さんもいるけど、おれにとって田沼は特別なんだ。無茶をしてまで、おまえがおれを助けようとしてくれたときは悲しいのに、本当に嬉しかった。おれはどうしたらいいんだろうって、おまえを守るために、妖とどう付き合えばいいんだろうって悩んだ。おれは人を守りたいから、強くなれる。でも、妖にも情は移る。
 おれも人のことは言えないけど、田沼も言いたいことを溜め込んでしまいがちだ。強がって、不安も飲み込んでおれを見ていてくれる田沼を、おれがうまく伝えきれなくて不安にさせてしまって、そのせいで田沼が無茶をする悪循環はもう断ち切りたい。


「……で、なんで結婚式ごっこをしようって思ったんだ?」
「え? それはこないだだけじゃ足りないかなって」
「それだけじゃないだろ」
「――さっきの話じゃないけど、もしおまえが女子だったら、おれたち結婚できただろ。……おまえが受け入れてさえくれれば」
「……」
「でもおれたちはそれができないし、もしかしたら大学は離れ離れになって、そのまま疎遠になっちゃうかもしれない、だろ。おれ、こないだ考えたんだ」
「……」
「だから、せめて今のうちに、おまえとこうやって、結婚式ごっこしときたいって、思ったんだ」

 おまえが無理に平気なふうにしなくても、不安を飲み込んでしまわないように。今は、おれとおまえは一緒だ。
 友人よりも、恋人よりも、もっと深い場所へ。何の憂慮もなくおまえと一緒にいられたら、それはどんなに平穏なんだろう。
 そうか、と田沼が呟く。それきり無言になってしまった田沼に、おれはまた言葉を間違えただろうかと不安がよぎる。
 けれどおれの意に反して、田沼は穏やかに微笑んだ。おれを見て、おれの薬指の指輪をなぞって、口を開く。

「……おれたちが結婚したら、苗字はどうなるんだろうな」
「な……夏目要?」
「田沼貴志の方が語感はいいぞ」
「う……」

 白無垢が似合うのは田沼だから、どっちかというなら田沼をお嫁さんにしたいところだけど語感があまりよくないのは問題だ。おれが婿入りすればいいのか。

 他愛のないことを賽銭箱にもたれながら話していたら、ひらひらと紙吹雪が降ってきた。色とりどりの紙に紛れて花びらや葉っぱも。
 こんなところに誰かいるのかと田沼が慌てて手を離して辺りを伺う。おれも急いで上を向いたら、拝殿から見覚えのある腕が数本伸びているのが見えた。田沼には見えないそれは、どう見ても、いつもの妖。

「……田沼、行くか」
「あ、ああ……。誰がいったいこんなことを。夏目が用意したのか?」
「ああ……いや。妖たちが用意してくれたみたいだ。おれは頼んでないんだけどな」

 ヒノエが中級たちに声をかけたんだろう。声は聞こえないが、面白おかしくしているんだろう。
 そっか、と田沼ははにかんだ。体調に影響はないらしい。田沼の手を引いて立ち上がった。紙吹雪やらが舞うヴァージンロードを、おれたちは手をつないで歩くのだ。花道みたいだなとも思うけど、胸を張って歩けばいい。人には秘密のこの結婚式ごっこは、妖たちに祝福されたのだ。

 さっき来た道をふたりで歩く。強く指を絡めて鳥居をくぐって、おれはちらりと後ろを振り向いた。見慣れた妖たちが拝殿の屋根でヨイショをしたり紙吹雪を投げたりしている。
 ありがとうと笑いかけて、おれは田沼の横顔を盗み見た。髪の隙間からちらりと見えた耳は赤く染まっている。悪戯心がくすぐられて、要、と呼んでみた。おれを見る彼の、さらに深まった赤みに気を良くして、少し背伸びをしてその唇にキスしてみた。
 目を白黒させて唇を抑える彼に、おれは笑ってお誘いをかける。なあ要、どこに帰ろうか。


140619

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