「……なんか、えらい久しぶりな気がしますわ」
「せやなあ。合宿中なんやかんやで忙しゅうて全然会われへんかったもんなあ」
「今も合宿中ですがな」
「せやな。いやーユウジに感謝やわ、もーお前と水入らずしとうてたまらんかった」
「はあ」

 ぎゅう、と謙也さんが俺のことを唐突に抱きしめてくる。一瞬しばいたろかと思ったけど、一応先輩で恋人やし久しぶりやしと思ってその腕に甘んじる。謙也さんが腕に力を込めているというのを計算に入れても、その力は記憶にあるものよりずっと強くなっている、気がする。
 謙也さんの部屋、同室の人らは都合のいいことにそれぞれどっか行ってもうてるらしい。さらにはもう一人の忍足先輩にベッド交換をいきなり言い渡された。「謙也の頼みやねん。まあ、俺のベッドを使うかどうかはお前次第やけどな」と理由を告げられて、俺は頭を抱えたくなった。
今俺はユウジ先輩の付き添いできた合宿になぜか参加してしまってる。最初は参加するつもりなかったのに。しかし、謙也さんとゆっくり話し込む機会はそういやなかった。

 しばらくは近況報告やった。大阪の話やら学校や部の話やらがほとんどだ。とりとめもなく語る俺の言葉に耳を傾けている謙也さんは、よう頑張っとるなあと俺の頭を撫でた。
 ガキ扱いせんといてくださいとむくれても、謙也さんはくつくつ笑うのみだ。ええ子にはご褒美やらんとなぁとキスを寄越してくる謙也さんを押しやった。

「何すんですか、っ、誰か帰ってきたらどない言い訳すんですか」
「あーそりゃ大丈夫や、同室の奴ら、今夜は帰ってきぃへん」
「は?」
「一生のお願いつこて拝み倒しといたわ、今夜は財前と水入らずにしてくれって」
「アホちゃいます!? むしろバカなんとちゃいますかあんたそれ」
「アホ言うな! お前と水入らずの空間作るにも一苦労やったでほんま」
「……何て言い訳したんすか」
「そりゃあれや、うちのかわいい財前光くんと一晩いちゃこらしたいから……ってそんな目すなや冗談やって! テニスのコツとか直々に教えたいし、ラケットぶん回すかもやし、かわいい後輩のお悩み相談したりたいしとかいろいろまともなのつけといたわ、安心せぇ」
「はあ……」

 明日以降冷やかされませんようにと俺は心のなかで神さんに祈っとく。ほんま、相変わらず謙也さんはアホやなぁと息を吐いた。
 やからええやろ、と上機嫌で謙也さんは笑う。今夜は俺とお前でふたりきり、鍵もかけたから誰の邪魔も入らへん。じゃんじゃん甘えてくれてええんやで、と先輩ぶったどや顔を決める謙也さんに、アホですかとしごく冷静に返しておく。

「ところで財前」
「何すか」
「なぁ、セックスしようや……」
「言うてることが完璧スケベオヤジっすわそれ。いろいろ台無しやないすか」
「ええやん、真面目な話して疲れたわー。ほんま最近抜く暇のうてもーアカン、はよ財前とエッチしとうてムラムラしとった」
「……練習とかには影響してへんでしょうね」
「してへんしてへん、それはそれ、これはこれや」
「はあ」
「財前かて溜まっとるやろ。……な、光。やろうや」

 ごく自然な仕草で俺のジャージに手を伸ばして、謙也さんが耳元で低く囁く。……ずるい、人や。そんなんしたら、俺が流されると知って。
 しゃーないなぁ、と大いなるため息を吐き出した。せっかく謙也さんがここまでお膳立てしてくれたんを無下にするんももったいないから、おとなしゅうやられたりますわ。俺やって健全な男子中学生や、テニスで性欲はいくらか発散してるとは言え、溜まるもんは溜まる。と、自分に言い訳しよう。
 謙也さん、と俺は囁き返す。そうして、彼の背中にそっと腕を回して引き寄せたのだった。


 ことが終わって気だるい余韻、時計の針はもう十二時を過ぎている。早いとこ寝んと明日に響く、ただでさえいつもより夜更かししとるのに。せやけど、寝るには惜しい。
 最中が終わるとどうしても感傷的になって、らしくもなく謙也さんに甘えたくなる。甘えろと言い切ったどや顔を思い出して、癪になりつつも肌を摺り寄せる。最中にも実感させられた謙也さんの身体は、明らかに大阪で見送ったときよりも逞しくなっている。この人は俺の知らぬうちに、また俺の先を駆け抜けていったのだろう。感傷に締めつけられる寂寥感が、無意識に形になっていた。

「――謙也さん、お星様、みたいやなぁ」
「うん?」
「スピードスターって、ほんまやなぁ思うて。流れ星みたいや」
「そしたら俺、シューティングスターになってまうわ。墜落しとうはないなあ。落ちないかんのやったら、そりゃお前んとこに落ちるで俺は」
「……」
「どないしてん?」

 ひどく優しい声音で、謙也さんが俺のことを見つめる。なんでもあらへんっすわ、と答えようと思ったけど、その言葉を引っ込めた。
 首を傾げて、前髪で目元を隠す。謙也さんの視線を遮って、ぽつりと言葉をこぼす。今ならまあ、少々の甘えを見せたって、いいやろう。

「――俺は凡人やから、減速してくれな謙也さんには追いつかれへん」
「財前」
「せやけど、俺のせいで減速するあんたは見とうない、っちゅー話っすわ」
「……したら、お前が加速してくれな、俺には追いつかれへんなぁ」
「っすわ」
「頑張りや財前、次期部長さんやろ? 俺のこと、追い抜かしたってええんやで? まー簡単にはさせへんけどな」
「言われんとてやりますわ」

 あんたは俺のスピードスター、やなんて台詞は、君は僕の太陽、って陳腐な口説き文句と同じくらいこっ恥ずかしいから言えるはずがない。くさすぎて鼻が曲がりそうになるわ。今でさえ頬が熱いのに。
 屈託なく、しつこいくらいに俺をかまってくる謙也さんに押されてほだされて惚れさせられて始まったような恋だ。猛スピードで疾走する流星に、スピードスターの軌跡に残った光で、きらきら輝く場所を、四天宝寺テニス部に見つけられた、のだと思う。本人に言ったら絶対に調子に乗るから言わへんけど。謙也さんがあやすように撫でるのも知らんぷりして、俺は謙也さんのベッドのシーツを握りしめて目を閉じたのだった。


130113



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