オミバシラとの一件が終わって、柊が看ていてくれていた田沼の元に駆けつけたとき、彼は眠っていた。
 おれのせいで無理をさせてしまった彼を起こしてしまうのはしのびなくて、せめて帰らなくてはいけないぎりぎりの時間までは彼を眠らせてあげようと思って、彼の寝顔を見ていることにした。
 おれのせいで無茶をさせてしまった田沼、田沼のおかげで瓶から出られてオミバシラを封印できたとはいえ、おれのせいで田沼を危険な目に遭わせたことは変わりがないんだ。たまらなくいとおしい友人である恋人を、おれは守ることができなかった。大丈夫とはいえ、おれは田沼の寝顔を見ているうちに不安が募っていった。蘇る自己嫌悪で加速していくそれに、このまま田沼が目覚めなかったらどうしようって。この夕焼けがいけない、感傷的な気分になってしまう。影の色が強い。
 早く目覚めてくれ、もう一度おまえと話をさせてくれ。おれはおまえに謝りたいし、おれはおまえを抱きしめたい。先ほどとは逆のことをもどかしく思いながら、おれは田沼の手に自分の左手を重ねた。田沼の手はいつもよりひどく冷えていて、おれはぞっとする。田沼、とおれは焦ってその名を呟いた。衝動的に右手は田沼の後頭部を引き寄せて、おれは眠る田沼にキスをした。いつもより長い、つたないキスを。

「……ん、んん」
「!」
「ぁ……あ、な、つめ……?」
「田沼! 目が覚めたんだな、よかった」

 目覚めた田沼にお礼を言ってこれまでのいきさつを軽く説明したところ、田沼はおれから目を逸らしてふいっとそっぽを向いてしまった。
 少し涙が混じった声で、おれは田沼が泣いているんだろうかとおろおろしたけど、彼はおれを見ることなくぽつぽつと言葉を紡いでいく。自分のせいでおれが危険な目に遭ったんじゃないか、って、おまえの方が危険な目に遭ったのに、彼はおれのことを真っ先に心配した。おれが思っていたことそのまま、田沼も口にする。自分ばかりを責めて、本当のことを言ってくれとおれに迫る彼に、おれは何を言えばいいのか分からなかった。

「……田沼」
「なに」
「おれも人付き合いうまくないし、こんなときどんなこと言えばいいのか分からないけど、ごめんなさいとありがとうだけは言わせてほしい」
「……」
「なあ田沼、話を少し変えてもいいか。さっき、おれ、我慢できなくなっておまえにキスをしたんだ。覚えてないだろうけど」
「……え?」
「そしたらおまえは目を覚ましたんだ。おれのキスでおまえが目覚めてくれて、らしくもなく嬉しくなってしまった。だから、今さらだけど言っときたいな。……おはよう、おれのお姫様」
「は、恥ずかしいこと、言うな……!」
「だって、事実だろう? おれのキスでおまえは目覚めた。まるでおとぎ話みたいに。おまえはおれの、凛々しいお姫様」
「……おれがお姫様なら、夏目はさしずめ王子様ってとこか」
「おれは王子様って柄じゃないよ、おまえひとり守ることもできない」
「ううん、少なくともおまえはおれの憧れの王子様さ」

 おれのためにとこっちの世界に来て、おれのことを知りたい、おれと同じ世界を見たいと言ってくれるこの勇ましいお姫様は、いったいどれだけおれをとりこにしたら気が済むのだろう。いや、おてんばなお姫様でもあるかな。おまえに何かあったらと思うと、おれはいてもたってもいられなくなる。おれをはらはらさせるお姫様。
 頬を染めて、やっと微笑みを見せてくれた田沼におれも笑顔がほころぶ。そして、王子様を気取って彼の手にキスをした。本当に、田沼が目覚めてくれてよかった。頬を紅潮させて田沼は恥ずかしがるけど、おれはさらに両手を伸ばして田沼を掻き抱いた。おまえが無事で、ほんとうによかった。田沼の耳元でそうささやくと、彼からもおれに手を伸ばして抱き返してくれた。夕焼けに色濃く映し出されたおれたちの影が、だんだんぼやけてくる。ああ、早く帰らないと夜になってしまう。でも、まだ帰りたくない。おまえとこのまま、こうしていたい。
 おれが何も言わずに田沼を抱きしめ続けていると、田沼はふとぽつりとつぶやいた。

「……でもおれはお姫様になりたくはないな、おまえに守られるだけじゃいやなんだ。おまえの隣で、おまえの支えになって、いざというときはおれもおまえを守りたい。そんなんじゃ、お姫様なんかやってられないよ」
「……そうか。でも、やっぱりおまえはおれのお姫様だよ。守りたい人たちの筆頭におまえがいるから、おれはがんばろうって思えるんだ。おまえをこっちに巻き込みたくない、安全なところにいてほしいから」
「おいおい、おれはそんなにやわなんかないよ。おまえに守られるだけっていうのも癪なんだ。だっておれはおまえと同い年の男だよ、身長だっておまえよりは高い。おまえはおれに好きだって言ってくれるし守ろうとしてくれるけど、もっとおれを信じてくれたっていいじゃないか。おれは守られるだけのお姫様じゃないんだからな」
「……はは、そうだな。田沼は凛々しいお姫様だもん。でも、おれにもかっこいいところを見せさせてくれよ。王子様って柄じゃないけど」

 名残惜しいけど身体を離して、立ち上がった。もう帰らないと、と田沼に手を伸べて立ち上がらせておれたちはその場を立ち去った。田沼の家の近くまで他愛のない話をしつつ暗い道を手をつないで歩いて、おれたちは別れた。
 明日も学校で会うんだ、そうしたらまたおはようって言おう。おれのお姫様に。


おはようおひめさま



120315




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