好奇心の恋をおひとつ。



 「…なんだい少年」、と赤林は呻いた。池袋の裏路地、雑踏ざわめく袋小路にて赤林は追い詰められていた。いきなり襲われただとか抗争に巻き込まれたというわけではない。油断した、と心中で赤林は舌打ちをした。杏里の知り合いで、前にも会ったことがある。そのときは、おとなしいごく普通の男子高生と言った風情で警戒する必要性を特には感じなかったが、その認識は誤っていたようだ。
 表の仕事でカニを売りさばいた後、一応事務所に顔を出そうと池袋の街を歩いていたら偶然竜ヶ峰少年に出会った。お久しぶりですね、と害のない笑顔で屈託なく話しかけられて、急ぐ用もないので歩きながら話をすることにした、のだが。
 僕、この辺少し詳しくなったんですよぉと笑う少年の歩みに任せて適当に相槌を打っていたのだが、それがまずかった。いつのまにか、あれよあれよと言う間に裏路地、袋小路に到着していた。

「……帝人くんさぁ」
「はい」
「………もしかして、迷った?」
「いいえ」
「え?」
「わざとです。こうでもしないと、あなたと二人きりになれないでしょう?」
「何言ってんだい、」
「単刀直入に言います。僕はあなたを愛してみたいと思っています」
「………………はい?」

 あ、園原さんへの気持ちとは別ですよと少年は言った。間違っても彼女を泣かせる方面には行きませんから安心してくださいと付け加えて、少年はじりっと赤林との距離を詰める。周囲に人の気配はない。先ほどまではその辺にいるおっとりした学生そのものの表情だった彼の微笑が一変したのは分かる。赤林とて、長年伊達に修羅場をくぐり抜けてきたわけではない。本能的に危険を感じとったが、ここで下手に後に引くわけにはいかない。未知なる空恐ろしさを、赤林はこの少年から感じ取っていた。あまり刺激しないようにしつつ、様子見をしようと少年の出方を窺う。少年は相変わらず屈託なく笑っていた。

「興味があるんです、あなたに」
「おいちゃんに?」
「ええ。あなたの纏ってる空気は、ちゃらんぽらんしてるように見えて、堅気のそれではない気がします。そのあなたが、どうして園原さんとあんなに親しいのか。詮索趣味はないんですが、気になって」
「……あまり、おもしろかないと思うよお。あの子はただ縁があってね、女の子ひとりじゃあ心配だからおいちゃんがいろいろ世話焼いてるだけで、おいちゃん自身、ただのカニ商人だしねぇ」

君みたいに普通の男の子が、何も考えずにこんな、やくざの男に手を出すもんじゃないよぉと言う言葉を赤林はすんでのところで飲み込んだ。じっとこちらを見据えてくる少年の目が穏やかな光を失って、不敵な色に塗り替わっている。本職のやくざ相手でも十分に渡りあえそうだ、と赤林はぼんやりと思った。現に、自分は今、この少年に気圧されている。
赤林さん、と少年はあくまでも静かに呼びかけた。試しに、一晩一緒に寝てみませんか。僕の家で良ければ今からでもご案内しますよ。ボロくて狭いですけどね、セックスをするだけならそこで十分です。

「……ねぇ、おいちゃんが武器を持ってたらどうするんだい? そっちは丸腰だろう?」
「………ねぇ赤林さん」
「ん?」
「何も、銃や刀ばかりが武器であるとは、限りませんよね?」

 手近なもの、なんでも使いようによってはいい武器になりますから。例えば、ボールペン。あれだって、勢いよく振り下ろせば相手の手を貫通したりする。というか、赤林さんはただのカニ商人ですよね? だから僕、今のところ身の安全は大丈夫かなと思ってます。
 にこにこと笑みながら、少年は返事を要求した。…おや、これは一本取られたねぇと思いながら過激なことをさらりと言ってのけた少年の空恐ろしさに内心舌を巻き、ならば一晩だけ試してみちゃおうか、おいちゃん、ゲイではないし少年趣味もないんだけどねえと赤林は言った。僕もそんな趣味ないですよと少年は笑って、赤林を部屋に招いた。

 勉強はしてきましたので、僕が上でいいですよねと言って返事も聞かずにボロアパートの自室で少年は赤林を押し倒してセックスにもつれこませる。赤林は抵抗をしなかった。抵抗をする余裕もなかった。傷痕を舐められ、かわいいですねとくすくす笑われて、最初から最後まで少年のペースに巻き込まれたままだった。

「っく、ぁ」
「ああ赤林さん、唇は噛まないでください。切れてしまうでしょう?」
「って、ね、声、出したかない、んだよォ」
「僕は聴いてみたいんですけど。だって、色っぽい声、してるじゃないですか」
「、こんな、おっさんの声の喘ぎなんか聴いた、って、つまらないでしょ、ぉが」
「えー、でも、僕、現にこうして興奮してますから、ぞくぞくしてるんですよね、新感覚だ」
「な、」
「赤林さんだって、気持ちいいでしょう? 僕にこうやってペニスいれられて、女役してるっていうのにそうやって喘いでる、じゃないですか」
「それは、みかどくんが」
「僕のせいですか? 原因をつくってるのは僕ですけど、初めてでこんなに感じるのってあんまりないですよ。ネットとか本とかいろいろ見てみたんですけど、うまくいったみたいですね」

 ああもう、最近の情報化ってやつは恐ろしい! こんな無垢そうに見えた少年ですら、ホモ・セックスのやり方を知るのだ。揺さぶられながら、いつしか殺すことを免れた喘ぎ声がぽろぽろと口をついて出てくる。わけもなく縋りたくなる手でシーツを握り、無意識のうちにアナルを締め付ける。そのたびに少年は口角を上げて笑んでいたが、余裕のなさはその瞳の奥から透けて見えていた。背伸びしちゃって、かわいいねぇと赤林はまどろむ脳内で感じた。もしかして童貞だったのかねぇとふと思ったが、知ったこっちゃないことなのですぐに頭の中から消去した。それでも童貞だったのならば、おいちゃんなんかで童貞卒業しちゃってよかったのかねと赤林はいらぬ心配もしていた。
 つらつらと情事に関係のないことを考えていると、不機嫌そうな色が滲んだ声音で少年が赤林を呼び、前立腺を抉ったり乳首をつねってきた。
 射精はあっさりしたものだった。コンドームを着用していたため少年の精子が中に出されることはなかったが、体位の都合上赤林の精子は少年の顔面にいくらか飛び散った。射精後のけだるさで赤林はそれに正常な判断を下せなかったが、特に動じたふうもない少年が頬についた赤林の精液を指ですくい取ってぺろりと舐めてみせた仕草にだけは、喉がごくりと大きく上下した。


 翌朝。目が覚めた赤林が知覚したのは腰の鈍痛と傍らですやすやと眠る竜ヶ峰少年の姿だった。少年を起こさないように退出したかったが諦めて、あどけない寝顔を眺める。…昨夜のあれとは大違いだ、とため息をついて、水でも貰おうかと立ち上がろうとしたところで手首を掴まれた。

「おはようございます。あっ…あの、昨夜はよく眠れましたか?」
「おかげさまで。おいちゃん、腰が痛いけどねぇ」
「うう…すみません、無理させちゃいましたね。お水、持ってきます」

 あれ、と赤林は拍子抜けした。昨夜の毒気がすっかり抜けてしまっている。表情がいつものものに戻っている。その豹変ぶりに改めて驚き、息を吐いて少年が持ってきた水を受け取る。腰、大丈夫ですか、何か羽織るものでも…。あの後、ちゃんと処理はしたはずなんですけどとかいがいしく世話を焼く少年に甘んじながら、赤林は笑いがこみあげてきた。わたわたとする少年を横目に、面白いねぇと一言つぶやいて、わしわしとその頭を撫でてみる。

「……おいちゃん、気に入ったよ」
「へ?」
「帝人くん面白いからねぇ、君さえよければもうしばらく続けてみないかい」
「………いいんですか?」

 ぱあああっと少年の表情が明るくなり、かわいらしいねえと赤林がほだされていると一転、ありがとうございますと暗い光を湛えた瞳で少年は薄く笑った。
 どちらかが飽きるまでセックスはしましょうか、恋という感情は後付けでも構わない。むしろこの関係には不要かもしれませんし。ねぇ、そうでしょうと少年は笑う。…その歳からそういう動機はちょいとどうかと思うけど、それでいいんじゃないと赤林は同意した。不純だろうが、普通の色恋とは一線を画した感じで、僕は楽しみですよと少年は返した。

「……ま、手加減は頼むよ。おいちゃん、君みたいにもうそんな若くないからねぇ」
「分かりました」

 それでは、改めて。よろしくお願いしますね、赤林さんと少年は言った。右手を差し出されたので握手をし返したところ、もぞりと動いた少年の手が指を絡めてきた。指、長いですねと呟きながら、少年の視線はその手にばかり向かっていた。
 ……帝人くんの手は暖かいねぇと赤林は手を振りほどくこともせずひとりごちた。細くて小さくて、ああ少年の、子どもの手だ。あんな表情ができるくせに、この手はきっとナイフを持つ感覚も人を刺す感覚も知らないのだ。無知とはいいものだ。彼には自分の本業を知らせないでおこうと赤林は決めた。いくら好奇心でも、知っていいことと知らないでいいことがある。この少年には、それを教えてもいい気がしたが今のところは黙っておくほうが賢明だと判断したからだ。触れてくる少年は、まだ若い。大きく息を吐いて、赤林は少年の好きにさせることにした。

絡められた暖かな少年の指が、やわやわと赤林の手を握り、もう片方の手が赤林の傷痕を撫ぜた。そうして、少年は恐る恐る赤林の唇に触れるだけのキスをしてきたのだ。そういやキスもまだだったか、…まったく、純粋なんだかそうじゃないんだかわかんなくなっちゃうよ、おいちゃんは。



110109


魔性の右林合同誌に寄稿


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