くそみそシキアック



「うう〜、バスバス…」

 今、黒塗りのリムジンでは行けない堅気の取引先に行くためバス停に向かって全力疾走しているおいちゃんは右目が義眼なごく一般的なやくざ。強いて違うところを挙げるとすれば日本刀に操られかけたってとこかな……。名前は赤林。
 そんなわけで、近道にある自販機にやって来たのだ。おいちゃんも歳かねぇ、ちょっと走ってるだけで息切れして喉がカラカラなんだ。まだバスには少し余裕があるし、あのバス停に至るまでの道にある自販機に少し寄り道したって時間は大丈夫だからね。

 ふと見ると、ベンチに一人の若い男が座っていた。ウホッ! いい男…
 そう思っていると、突然その男がおいちゃんが見ている前でワイシャツのボタンをはずしはじめたのだ…! クイクイッとやけに手際よくボタンがはずされる。ハッとなって、こいつぁ危険だと本能が一瞬でおいちゃんの脳に囁いた。非常に見覚えのありすぎる顔なのだが、おいちゃんの頭の中にある彼と今目の前にいる男とはキャラが一致しない。だからさ、おいちゃん考えたくないわけ。分かる? なのにそいつはおいちゃんの顔をじっと見つめて、低く一言、こう言った。

「やらないか」

 そう言えばこの近くはハッテン場のトイレがあることで有名なところだった。イイ男に弱ぇおいちゃんは誘われるままホイホイとトイレについて行っちまったのだ …って、んなことあるわけないでしょうが! ならなんでついていったかって? そいつに無理矢理連れてかれたせいだよ。おいちゃんの手首を掴んでる手を振りほどこうとしてみたが、やたら強ぇ力で振りほどけなくてさ。だからおいちゃんはこうして連れ込まれているわけ。逃げようとしてみたが、やたら俊敏な動きで防がれちまったせいで逃げられなかった。

 彼…ちょっと悪っぽい男で、四木と名乗った。ホモ・セックスもやりなれてるらしく、トイレにはいるなり俺は素裸にむかれちまった。
 ……信じたくねぇ。でも、おいちゃんの頭にある情報はすべてが同僚の四木さんを指していた。旦那ァ…疲れちまってるんですかぃ? それか何か変なもんでも食っちまったんですかぃ? ってんなこたぁどうでもいい。なんでおいちゃんは全裸にさせられて、目の前の旦那も全裸なんだい、おかしいだろう?
…旦那、とうとう頭までおかしくなっちまったんですかい? 痛む頭を押さえながらどうにかできるだけ平静を装って尋ねてみたが、帰ってきた答えは全く的外れのとんちんかんなものだった。

「よかったのですか、ホイホイついてきて。私はノンケだってかまわないで食っちまう人間なんですよ」

 いやいやよくないでしょう! 旦那が強引に連れ込みやがったんでしょう! というかノンケってあれですかぃ、ヘテロ愛のことですかぃ。食っちまう、という表現で嫌な予感は全身に伝わるどころか全力で逃げなければならないという警告が頭の中で鳴り響く。だが、どういう魔術が働いてんのか、おいちゃんの頭はなぜか霞みだした。いつもの自分を見失っちまったみたいに、統制がきかない口はこいつが望むであろう言葉を勝手に紡ぎだしていた。

「こんなこと初めてだけど、いいんでぃ…。俺ァ…旦那みたいな人、好きだからなぃ…」
「うれしいこと言ってくれるじゃあありませんか。それじゃあとことんよろこばせてさしあげますよ」

 え、よろこばされたかないよおいちゃんは! なんだい、その陳腐で安っぽい口説き文句と言うか甘ったるい台詞は? 四木の旦那らしくもない、こりゃあ明日は大雨どころか台風とか霰とか雹が降るな間違いなく。それ以前に、旦那がかすかに浮かべている微笑みがたちの悪いことに、気持ち悪いぐらいにいい笑顔。茜のお嬢に向けるような、そういう人好きのする笑顔なはずなのに、その本性を知っちまってるおいちゃんとしちゃあ、寒気しか背中を走らない。……とまぁ、いろいろ突っ込みを入れたかったんだけどもね、身体をいやらしくまさぐってくる手に、喉から出かかった言葉が引っ込んでしまうんだ、情けないことにね。というか、こんなところでやるんですかぃ旦那。あんた、何考えてんですか。いっぺん殴り飛ばしたくなったけども、旦那はニヤニヤと口角を上げて、非常に腹が立つ笑みを浮かべていた。
 言葉どおりに旦那はすばらしいテクニシャンだった。うんまあ分かってるけど。身をもって何回も経験してるけどおいちゃん。だからおいちゃんはというと性器に与えられる快感の波に身をふるわせてもだえていた。

 しかし、その時予期せぬ出来事が…

「うっ…! で、出ちまぅ…」
「ん? もうですか? 意外に早いんですね、今日は」
「ち、ちがう…。実はさっきからバスに乗りたかったんでさぁ… このへんに来たのもそのためで…」
「そうですか…。いいこと思いついた、赤林さん、あなた私の車で行けばいい」
「えーっ!! 旦那の車ですかァ?」
「男は度胸。どうせ、堅気のところにでも行くのでしょう? 何でもためしてみるのさ、きっとあちらさんも気に入るかもしれませんし。ほら、遠慮しないで乗ってみませんか」

 ……はぁ? 何でそんな……旦那が俺の仕事内容をなぜか把握しているという事態には慣れてしまったのだが、いきなりこんなこと言われて、快感に浸っていた頭は少し正気を取り戻した。旦那、あんた分かっているでしょう。茜お嬢に配慮する幹彌さんの意向もあって、そんなやくざ全開の状態でとまっとうで健全な取引先に行けやしませんぜ。 ……だから俺がまごついていると、じゃあ私の手に乗ればいいでしょう、ほら、こうやって後ろ手にして尻のところに擬似肛門のように置いておきますから、あなたのペニスを挿入してみてイッてみせてください。それぐらいはいくらノンケの赤林さんだって、私と今まで何回もセックスしたんですから、できるでしょう?
 彼はそういうと素肌にまとったワイシャツを脱ぎ捨て細身の割に逞しい尻を俺の前につきだした。…なんでそうなる。しかも尻じゃなくて腰でしょうが。ああもう、わけわかんねぇ。旦那、ほんとう何食べたんですか、それとも怪しいヤクでもキメちまったんですかい、もう普段の旦那と大違いすぎておいちゃん何が何だかさっぱり分かりゃしねぇですって!   
ったく、こんな昼時にこんなところでこんなことをするなんて何て奴なんだろう…。これが普段の旦那の抑えきった本性だとしたら俺ァ泣きますぜ。しかし彼の堅くひきしまったヒップを見ているうちにそんな変態じみたことを試してみたい欲望が………。

「それじゃ…やりますぜ…」

 正直に言うと、これは腹くくった。ある意味あの罪歌とやりあったときのような本気を呼び出して。そうでもしねぇと、絶対に俺の良心とかが悲鳴あげて逃げ出しちまいそうな気がするからだ。ここで旦那に逆らうのは簡単、だがここで逆らっちまえばのちのち仕置きと称した面倒なあれこれをされるに決まってる。旦那が人払いをしたのか、周りは何の気配もしない。ならば、ここで思い切ってこの頭がイカれちまったた旦那に付き合う方が俺にとってまだましだ。そう結論づけて、俺は旦那の丸められた後ろ手が形作る穴の自分のペニスをズ…ズズッと挿れる。

「は…入った…」
「ああ…つぎは移動です」
「それじゃやるぜぃ…」

 これを狙ってか寸止めにされていた上、旦那の前でみっともなくイきたくなくて堪えていた俺のを容赦なく旦那の親指が先端を抉る。痛いはずなのに、なぜだか俺ァ先走りを大量に漏らしていた。……あー、俺も旦那のこと変態だなんて言えねぇかもしんねぇ。なんで痛いのに気持ちいいんだ、おいちゃんマゾヒストの性癖は持ち合わせちゃいないはずなんだけどねぇ。

「いいですよ。手の中にどんどんはいってくるのがわかります。しっかり手の穴をしめとかないと」
「くうっ! 気持ちいい…!」

 この初めての体験はオナニーや通常のセックスでは知ることのできなかった絶頂感を俺にもたらした。あまりに激しい快感に先走りを出しきると同時に俺のペニスは手の先走りの海の中であっけなく果ててしまった。

「ああーっ!!」

 そして、俺のペニスが抜かれた旦那の手がゆっくりと開かれる。開かれた結果、中に溜まって溢れていた先走りや精液が重力のなすがままにドローッと便器に落ちていった。正直直視できるもんじゃない。
 なのに旦那ときたら、羞恥で死にそうな俺を見て、ニイッと笑ってこう言ってのけやがったのだ。

「このぶんだとそうとうがまんしてたみたいですね。手ン中がパンパンですよ」
「はっ、はっ、……」
「どうかしましたか」
「はぁ… あんまり気持ちよくて…こんなことしたの初めてですしねぇ…」
「でしょうね、私もはじめてですよ。ところで私のペニスを見てください、こいつをどう思います?」
「すごく…大きいです…」
「でかいのはいいんですが、このままじゃおさまりがつかないんですよ」
「あっ…」

 ヒョイ!と俺の片脚が持ちあげられる。え、旦那、こんなシチュエーションしといて勃ったってわけ? 
うわぁもうだめだこいつ…早く何とかしないと……しかも真顔なのがよけいタチが悪い。おいちゃん、間違いなく快楽のせいだけじゃなく目が潤むのを感じたよ。細身のくせにさすがやくざと言うべきか、意外と力はある。ヒィ、と喉が鳴って、逃げ出したい俺には構わず旦那はぬめった指を俺の穴に突っ込んでおざなりに拡げるようにかき回し、がくがくと脚が笑いだしている俺の耳元で低く囁いた。

「今度は私の番でしょう?」
「ああっ!!」

 さも当然のように言い放ち、俺の了承を得ないまま旦那のペニスが突っ込まれる。もうやめてくれよ旦那ァ、ちったぁ年上をいたわっちゃくれませんかねぇおいちゃんもう泣きそう! もうやめてくれと目で訴えてみるが旦那に通用するわけがなく、やたら悦に入った吐息が返事代わりに来ただけだった。

「いいですよ…よくしまって吸いついてきます…!」
「で…出る……」
「なんですか? 今出したばかりなのにまた出すんですか? 精力絶倫なんですね」
「ちっ違う…!!」

 尻の痛みとか倦怠感とかいろんな感覚がないまぜになった状態で俺は必死にその言葉を否定する。違ぇよ旦那ぁ、俺ァ、当初の目的が、あるんでぃ、

「何ィ? こんどは取引時間? あなた私を取引先とまちがえてるんじゃないですか!?」
「しーましェーン!!」
「しょうがないですねぇ、いいよ、いいよ、私が送ってさしあげますからこのまま続けちまってください。あなたがなぜか気にしまくる、クソみたいな時間まみれでやりまくるのもいいかもしれないですしね…」
「えーっ!?」

 ……と、こんなわけで、おいちゃんの初めてのハッテン場体験はクソミソ(・・・・)な結果に終わったのだった…





110109


魔性の右林合同誌に寄稿


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