夏目の部屋に招かれて、おれは今お言葉に甘えてお邪魔している。ニャンニャン先生は散歩に行ったようで、室内にはおれと夏目しかいない。
 学校帰りの夕方、夕食を食べていかないかと誘われたので受けることにした。夏目だけならともかく、夏目の大事な人にまでそう言われては断れないからだ。

 夏目の目がじいっとおれを見ている。夏目の本を借りてぱらぱらと眺めているのだが、どうも気まずい。おれ、夏目に何かしただろうか。夏目の、まっすぐな目が、じりじりとおれを焦がすようで、焦がされてしまいそうで、なんだか胸が痛い。なあ、おれのこの心の中まで、おまえは焦がすのか。
 きれいなおまえをよこしまな目で見て、汚してしまう後ろめたさがおれの中に巣食っていて、おまえのまっすぐな瞳を正面から受け入れられないんだ。こわいんだよ、おまえが。この気持ちを知られてしまえば、おまえはおれを避けてしまうだろうから。

「すきだよ、田沼」
「……っ」
「なぁ、まだ信じてくれないのか?」
「………」
「断るなら断っていいからさ、おれの気持ち、まずは信じてほしいのに」
「………」
「ごめんな、田沼。困らせちゃって、おれはおまえを困らせたくなんかないのに。でも、おれがおまえを好きなんだってことは真実で、どうしてもおまえに伝えたかったんだ」
「………」
「返事がもらえるまでおれは何度だって言うよ。おれは、田沼要を愛していますって。好きで、好きで、こんなの初めてだからどうしたらいいかわかんないくらいに」

 夏目のまっすぐな目がおれを見すえて、愛の告白をする。これで3度目だ。告白されて、嬉しかったけどおれは断り続けている。きっぱりと断り切れなかったから、彼は辛抱強くこうやっておれに告白をしてくれるのだ。何かにこんなに執着する彼を見るなんて初めてで、おれはその執着に戸惑いと、えも言われぬ優越感を覚えて、それがなぜだかひどく心地よくて、こうやってはっきりした返事も出さぬまま彼の告白を甘んじて受けているのだ。

「田沼」
「……」
「これで三度目だよ。いい加減、イエスかノーかはっきり答えて」
「……怒って、る?」
「……怒って、はない。ただかなり焦ってる。なんでだろね、おまえのその返事に関してはおれはもうこれ以上長くは待てない」
「………そうか」
「断るなら、今度はどんな理由をつける? 田沼」

 夏目が、こわい。抑圧されている執着と焦燥をありありとぶつけてくる夏目の瞳が情欲に濡れていた。こんな瞳、見たことない。挑発するような物言いをする夏目に、思わず喉がごくりと鳴る。動けない。夏目が手を伸ばしてびくりと反射的に身がすくむが、彼の指は俺の頬をとらえて彼の顔の方に向けるだけだった。目を逸らしてしまいたいのに、逸らすこともできない。

 彼と恋人関係になるというのが想像できないから断った一度目。彼とはつかずはなれずのほどよい距離感で、おれたちは清き友人関係にあったから。そこから距離を縮めていくのが、おれが望んでいたこととはいえなんだかこわかった。だって、きれいなおまえをおれがよごしてしまうんじゃないかって。それに、おれがおまえを好きになれるほど、おまえはおれにおまえ自身を見せてくれないじゃないか。おれに迷惑かけたくないだとかおれの体調に差し障るだとかなんとか理由つけて。そんなにおれを信用していないのか、おれのことを好きだって、愛してるだって言うくせに。
 彼に愛されるというのが想像できないから断った二度目。そんなことだから、おれはいまいち夏目の告白というものが信じられないでいた。若気の至りだとかいう気の迷いだと解釈して、動揺する自分の心を納得させていた。本気にしちゃいけないんだって、きれいな彼がおれなんかを愛してくれるだなんてあるわけないだろうって。おれは彼に愛されていい存在じゃない、きれいな彼につりあう人がいるはずだって。
 今度はどう言い訳をしようか。断る理由に言い訳というのもおかしな話だけど、おれの本音は彼の気持ちを受け入れたっていいのだ。受け入れたら、彼と距離が縮まって、彼のことをもっと知れるんじゃないかという打算もあるのだけど。どうしよう、断る理由が見つからないんだ。もう言い尽くしてしまった。男同士だからとかそういうのは頭の中から消えていて、おれは男だとか女だとかそういうのじゃなくて夏目というひとを知りたいと、愛されてみたいという好奇心を抱いている。

 ……ああそうだ、簡単な答えがあるじゃないか。夏目が本当におれのことを恋人として愛したいのならしてくれるはずの簡単な仕草が。恋人どうしなら当たり前にやるであろうむつみあい。
 くす、と笑みが洩れたおれに、夏目が怪訝そうな顔をする。あ、いつもの夏目だ。断る理由、思いついてとおれが言うと、……なんだいと不機嫌そうに夏目が言う。普段の夏目しか知らない人は穏やかな笑顔だとか数パターンの表情ぐらいしか知らないと思うけど、おれは人より多くの夏目を知っているのだ。飽きずに三度目の告白してきたってあたりで、夏目はおれを好いているんだろう? 三顧の礼という言葉だってあるんだ、使い方間違ってるけど、いい加減おれも覚悟を決めないと。きれいなおまえをよごさないように愛してあげないと、抑圧されている執着と焦燥を解放してぶつけられても、おれがちゃんと受け止めてやらないと。だって、ほかにそこまで気を許せる相手はいないし、そうしようと思うのはおれにだけ、なんだろう? 優越感だとか好意だとかが入り混じった感情でよければおまえにあげる。きれいなおまえに相応しくない、どろどろした感情混じりの愛情を。

「夏目」
「……なに?」
「返事。決めたよ」
「そっか。……それで、理由は?」
「おまえがキスしてくれないから、やだ」
「……はい?」
「だって、ほんとうに好きで、恋人どうしならキスをするんだろ? それもしてくれないってことは、やっぱりおまえはおれを好きじゃないんだよな。でも、キスしてくれるんだったら、それを本気にする。おれはおまえの告白、受け入れるよ」
「………なんだよ、それ。キスは付き合ってから、って思ってたのに」
「え、そうなのか?」
「そうだよ!」

 ていのいい断り文句だと思ったのだが、どうやらそうではなかったようで。悔しそうな顔の夏目にきょとんとして、でもせっかく手に入れたイニシアチブを手放したくないからおれは強気に出たまま微笑んで見せたのだ。のちにこれは寺の息子らしくない色気があったと夏目に言われることになるのだが、そんなの知らない。おれだってただの男子高生なのだ。夏目に押されっぱなしというのもおもしろくない。
 精一杯背伸びした笑みで、おれは頬に添えられた夏目の親指をずらして自分のくちびるにやった。かさついた男のくちびるでよければ、どうぞ。そう挑発してやれば、我慢できないとでも言いたげに衝動的なキスをよこされる。もう逃げ口上なんか言わせてやらないからな。ぎらついた夏目の瞳に生唾を飲んで、おれはそのキスを甘受するのだった。



そしてキスを強請りましょう




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