春水、と俺は小さく呼んだ。聞こえるか聞こえないかの瀬戸際だったのだが、ばっちり聞こえたらしい。あいつはゆっくりと振り向いた。

「どうしたの、十四郎」

 帰り道、寮へと向かう道すがら。他の院生たちがうるさいからさと寄り道をして見つけた誰もいない校舎の踊り場で、きしきし軋む階段に足をかけていたあいつは穏やかな表情で俺と目線を合わせた。

「あの、さ」
「うん」
「接吻、したい」
「うん。………って、え?」

 ぴしいと固まったあいつはすぐにおずおずと手を額に当ててきた。ぬるい手が前髪の下から滑り込んできて、俺は反射的に目を閉じた。

「熱はないみたいだね…変な物でも食べた? 拾い食いはしてないだろうね?」
「当たり前だ!」
「なら良いんだけど……どうしちゃったの、珍しいねキミがそんなこと言うなんて」
「………悪いか?」
「悪くはないんだけど……驚いたな」

 いっつもキミ、ボクがキスしたら殴るじゃないと春水は言った。それはお前がこっちの心の準備ができていないときにするからだ。
 それで? したいのか、したくないのか?
 はっきりしろ、と詰め寄ったら、参ったねえどうもと呟きながら、あいつはそっと俺と目線を合わせた。


「キミから接吻しておくれよ」

 キミからされたこと、ってないからさと言って、さっさと目を閉じた春水は黙って俺の唇を待っている。
 自分から言い出したことなのに無性に恥ずかしくなって、それでもここでやめるとは言い出せなかったから俺ははあ、と息を吐いて決意した。
 目をぎゅっとつぶって、恐る恐る春水との距離を詰める。普段俺にくちづける肉厚の唇に、やんわりと俺は接吻する。顔が熱くなって、でも触れるだけでは物足りなくて、尖らせた舌先でれろ、と舐めてついでに唇の合間からぬるぬるした口内に侵入して、ぺろりと歯の裏をつついて満足した。
 くぐもった声が春水から洩れたことに満足して、唇を離したら参ったねえどうも、とまた聞こえた。

「……っは…キミ、不器用な割にはうまかったねえ」
「お前にさんざんやられたからな」
「ふふ、誉め言葉として受け取っとくよ」

 次はボクの番ね、とされた接吻は、ひどく甘くてとろけそうだった。




不器用な、キス
(まだまだ上達の余地あり)



090406


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -