死神の恋、天使の純情。1
賑やかな露天の角の花屋で、何となく目についた白い小さな花。思わず手に取ってお金を払っていた。
「カトル喜ぶかな……」
頭に浮かんだのは朗らかな微笑み。死神の俺が絶対惚れちゃいけない天使のようなあいつは、まだ、俺の気持ちを知らないでいた。
死神の恋、天使の純情。1
ウィナー家所有地の別荘。たまには息抜きしようって事で、俺達はカトルの世話になっていた。息抜きっていっても、あいつらは相変わらずのお堅い雰囲気だし、カトルはウィナー家のなんやかんやでバタバタしていて、エンジョイしてるの俺だけなんだよな。
今日も朝からカトルは不在。正直、カトル目当てでこの話に乗っかった俺は肩透かしくらいっぱなしでへこんでいた。
「ま、仕方ないよな」
はなから何も期待しちゃいない。期待しちゃいけないんだ。俺は天涯孤独の死神、あいつは恵まれた家の愛される天使。立場が違いすぎる。
「それでも、惚れちまったんだよ……あーあ」
花屋の店主は気を利かせて白い花にリボンをつけてくれた。「彼女にやるんだろう?」その言葉に俺は苦笑いしか返せなかった。
手の中の花を見つめる。
「これから彼女さんに渡しに行くの?」
突然背後から声をかけられ、「うわっ」と振り向く。
「そんなに驚いた?」
カトルがにこにこして佇んでいる。珍しく周りには親衛隊の姿がない。
「カトル、お前仕事は?」
「終わったよ」
「親衛隊は?」
「お花屋さんにデュオが居るの発見したから帰ってもらった。みんなが居ると目立っちゃうから」
俺の質問に笑顔で答え、カトルはもう一度「デュオはこれからそのお花渡しに行くの?」と訊いてきた。
「何で知ってるんだ?」
「さっきお花屋さんで話してるの聞いちゃったから」
俺は頬を掻いて「彼女じゃなくて……」とカトルに渡そうとした。
……けど花を持つ手が自然と止まる。
渡してどうなる?
俺の気持ちを知ったら、カトルは俺から離れていくんじゃないか……?
カトルは天使のような人間だ。汚れちゃいけない。汚しちゃいけない。
俺みたいな人間が、本当なら、こんな風に声もかけられない存在なんだ。
「デュオ?」
困ったように首を傾げるカトルの、大きな瞳が俺を見つめる。
好きだ。
カトルの優しいとこも、自分に厳しいとこも、怒ると怖いとこも、何もかも。
大好きだ。
……大好きなんだ。
「……気持ち、伝わるといいね」
「え?」
カトルは花を持つ俺の手を両手で包み、そっと目を閉じた。
「デュオの想いが伝わりますように」
「カトル……」
伏せられた長い睫毛が震え、目を開けたカトルはゆっくりと微笑んだ。
「これで大丈夫」
カトルの手が離れる。俺はたまらなくなってその手を掴んだ。
「うわっ」
カトルの体を引き寄せて、抱きしめる。
「……この花、カトルにあげたくて買ったんだ」
「え……?」
「だから……ごめん。せっかく祈ってくれたのに」
そっと体を離し、きょとんとしているカトルの目の前に花を差し出した。
伝わらなくていい、伝わったら終わってしまうから。
「いいの?僕が貰っても」
カトルはおずおずと手を伸ばし、白い花を受け取った。
「ありがとう、デュオ」
嬉しそうな微笑みが俺に向けられ、これでいいんだ、と俺も笑った。
今はただ、目の前の幸せを守りたい。死神の俺が出来るのはこの手でカトルを守る事。
少しでも天使が悲しまないように。少しでも天使が傷つかないように。
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