「あー…もうすぐクリスマスだっていうのに、真さんは帰って来ないし新一君も相変わらずっぽいし…ねえ、今年はみんなで一緒に盛り上がらない!?」

園子の突然の発言に、渚はコーヒーカップに口をつけた格好のまま何度か目を瞬かせていた。
それをどう受け取ったか、園子はぐるぐるとストローでグラスの中をかき混ぜながらじっとこちらを睨んでくる。

「あ、さては渚さんは安室さんと一緒に過ごすんでしょ!?」
「え、いや別にそんなことは…というか安室さん、そもそもクリスマスってポアロにいるんじゃないの?」

相変わらずの様子に渚はカップを置いて、それから肩を竦めて苦く笑った。
もう1ヶ月以上も前から街はクリスマス色で溢れているのですっかり感覚が麻痺していたが、確かにクリスマス当日はもう何日後かに迫っていた。
安室との関係を隠しているからそう誤魔化しているだけ――でも何でもなく、実際クリスマスの約束を彼と交わしてはいない。そもそもポアロの店員としても働いている安室が、その時期に休みが確保できるとはなかなか思えず、運よく空いたところできっと本職も忙しいことだろう。だから特別期待はしていなかったのだが、園子はそれを不満ととったようだ。

「ふうん…渚さんはクリスマスに一人でもいいんだ?」
「別に特別クリスマスだからって絶対恋人欲しい、誰かと過ごしたい!って感情は特にないけど、人と過ごすのも楽しいから好きだよ」
「じゃあ渚さんもわたし達と一緒にクリスマスパーティーやらない?」
「渚さん、ぜひ!」
「本当?じゃあお呼ばれしちゃおうかな」

園子だけでなく蘭にも誘われては、受けずにはいられないというもの。笑顔で承諾すれば、二人は楽しげにお互いを見合った。
まさか鈴木財閥による本格的なパーティー…などではないだろう。きっと違うはず。女子会の延長みたいなものだ。そう信じたい。

「で、世良ちゃんはどうする?もちろん参加するよね?」

ぎら、と鋭い眼差しが斜め前に座る世良に向けられる。
世良は初め困ったように頬をかいていたが、すぐにそのチャーミングな八重歯を見せながらにこりと笑った。

「クリスマスはボクは、いつも大切な人と過ごしてるんだけど――」
「た、大切な人!?」
「あはは!そう、大切な家族とね!向こうじゃクリスマスは家族と過ごすのが一般的だからな!」

蘭達の反応にケラケラと笑いながらも、「でもせっかくだから、今年は君たちと一緒に過ごそうかな!」と渚と同じように承諾している。ぱっと二人の顔が明るくなった。

「で、コナン君もそのパーティーに呼ぶのかい?」
「世良ちゃんは相変わらずあのガキンチョがお気に入りね…あの子がいると、まーた事件とか起こりそうで嫌なんだけど…」
「もう、園子ってば。考えすぎだよ」

正直、園子の意見に同意したい渚だったが、そこはぐっと堪えた。
コナンも呼ぶなら他の少年探偵団の面々も一緒だろう。それはそれで賑やかなパーティーになりそうだ。余計なコブはいらないと不満を漏らす園子だったが、なんだかんだ彼女は面倒見がいい。最終的にはきっと呼ぶことになるんだろうなと、蘭と目を合わせてそっと笑った。

「そうだ、どうせなら会場をポアロにしちゃえばいいんじゃない?」
「それじゃあ渚さんだけがいい思いすることになるじゃない。却下」
「(世良ちゃんのコナン君呼んでってお願いは聞くのに!?)」

だが先ほど「クリスマスだからって恋人と一緒に過ごしたいわけじゃない」と言った手前、反論するのも妙な話か。第一、そんなことをしてはまた安室との仲について色々と勘繰られるだけである。
ぐっと堪えた渚に、しかし園子はあまり興味もないようで、グラスの中をストローで吸い上げながらきょろきょろと店内を見回していた。
ちなみに、今は安室の姿はここにはない。とはいえ不在のわけではなく、ちょうどたまたまバックヤードに引っ込んでいるだけなのだが。

「プレゼント交換とかやらない?一人一つ持ち寄って、ランダムで配当するやつ」
「でも子ども達にそれは厳しいんじゃないのかい?」
「じゃあわたしらだけでも――」

そしてクリスマスパーティーについてあれこれと計画を立てる三人の会話に耳を寄せつつ、渚の視線はバックヤードのドアへと向けられたままだ。ちら、とそれからスマホに目を向ける。帰る前に、少しくらい安室の顔を見ておきたいものなのだけど。

「…そういえば渚さんはクリスマスプレゼントとか、考えてないの?」

その言葉に、渚はまたもカップに口をつけたまま眉を寄せた。
先述の通り、特にクリスマスの予定もなかった渚である。当然プレゼントのことも頭にはなかった。
ぐい、と園子が身を乗り出して顔を覗いてくる。反射的に仰け反りそうになったが、椅子の背もたれに阻まれてそれ以上下がることは叶わない。

「安室さんにプレゼント欲しいなーとか、そういう話しないの?」
「…だから園子ちゃんはすぐそういう…あのね、そんなこと言えるはずないでしょ。第一安室さんに悪いじゃない」
「ええー、じゃあ、渚さんが安室さんにプレゼントあげたりとか…」
「プレゼントねぇ…」

確かに、安室からはネックレスを貰ったこともあるし、普段からだって良くしてもらっている。せっかくのクリスマスにくらい、何かプレゼントするくらいのことはしてもいいはずだ。

(…でも今ちょっと金欠なんだよね)

――何せつい最近、趣味のグッズを買ってしまったばかりである。
流石に大人として、あまり安っぽいものをプレゼントするのもどうなのか。その資金を捻出するためにも、どこかを削らねばなるまい。無意識に伸びた手がハムサンドを掴み、それを頬張りながらじっと考え込んだ。そしてハッとする。いやまさにこれじゃないか。毎度毎度律儀に頼むハムサンドを削ればあるいは。場合によっては、少しポアロに通う回数も減らす必要があるかもしれない。
ハムサンドを口にくわえたままうんうんと唸り考え込む渚に、園子は呆れたように息を吐く。それからニヤリとその口角を上げた。

「なーに悩んでるんだか…。そこはやっぱり!ミニスカサンタの格好して『プレゼントはわ・た・し』がセオリーでしょ!」
「園子ちゃん、君高校生だよね?」

発想が古いというか親父くさいというか。いずれにせよ、その定番のネタは対安室に関してはあまり功を奏さないだろう。というのも――

「…でも安室さん、サンタの格好とかあんまり好きじゃないみたいですよ?」

そこで話に混ざってきたのは、蘭達にケーキを運んできた梓だ。
どういうこと、と蘭達は不思議そうに首を傾げている。渚はなんとなくその理由を感じ取って、苦笑しながらまたコーヒーを一口飲んでいた。

「クリスマスの日はサンタの格好して接客しようかってマスターが提案したら安室さん、珍しく顔を引きつらせて『お休み頂いてもいいですか』って…。結局サンタの格好はなしってことになったんだけど、あんな安室さん初めて見たかも」
「へえ…なんででしょうね?」
「(多分色が赤のせいじゃないかな)」

とはわざわざ口にしないでおくけれど。
それでもなお、園子は諦めてはくれないようだ。

「でも自分がサンタの格好をしたくないだけで、渚さんがするのはOKかもよ?それか外観が嫌なら中身で…サンタっぽい真っ赤な下着とかつけるのもありかも?」
「…いや待って、その下着別に見せる機会ないよね?」
「そこを見せる状況に持ち込むのよ!」

いい加減進展しなさいよだの何だのと呆れたように息を吐く園子に、渚はまたも苦笑せずにはいられない。誤魔化すようにコーヒーを飲もうとして、少しむせた。
赤い下着か、とその横で世良が神妙な顔をしている。

「そういえばイタリアなんかではクリスマスに赤い下着を贈りあったりするらしい。そしてそれを1月1日につけて過ごすと、その年がいい1年になるって言われてるんだ」
「へえ…じゃあほら渚さん、やっぱり赤い下着だよ。むしろ安室さんにおねだりしたら、真っ赤で超セクシーなやつ!」
「日本!ここ日本だから!」

そんなものお願いできるはずもない。必死に声を荒らげれば「渚さん、顔も真っ赤〜」と園子にからかわれた。もちろん蘭や世良は助け船を出してはくれず、追求を逃れるために皿に残った最後のハムサンドを勢いよく頬張った。
咀嚼している内に、バックヤードのドアが開く。どうやら安室が戻ってきたらしい。視線が合って、次の瞬間逸らしていた。こちらに近づいてくる足音が聞こえる。

「皆さん、楽しそうですね。一体何の話をしていたんです?」
「ふふ、秘密です!」
「安室さんでも、こればっかりはねぇ」

それは残念と笑って、安室は空いた皿を下げていく。
ふとスマホの画面を確認し、その時間を見て渚は立ち上がった。

「あ、ごめん。私用あるから先に出るね」
「はーい。じゃあパーティーの詳細についてはまた連絡するね!」
「うん、お願いします」

ヒラヒラと手を振って、渚は先に出ることにした。これ以上の追及を逃れるためにもちょうどいい。自分の分の会計をしようとレジに向かえば、対応してくれたのは安室だ。
ちらと渚を見て、優しげにその目を細めている。

「…それで、一体何の話だったんです?」
「…蘭ちゃん達も言ってたでしょ?秘密です」
「クリスマスプレゼントのことなら気にしなくていいですよ。あなたから貰えるなら何だって嬉しいですけど。…ああでも、赤い下着だけは止めておいた方が無難かと。多分すぐ剥ぎ取ることになりそうですし、それでも良ければですが」
「安室さん、バックヤードにいたはずですよね!?」

なのに何故先ほどの会話の内容を知っているのか。思わず睨み上げる渚に、しかし安室は笑いながら「秘密です」と囁くだけだ。

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